八話・10
ワインボトルをどこかうっとりとした目で見ながら解説をするオレリア父に、春輝はこいつ何も分かってねえと言いたい気持ちを堪えて、叫んだ。
「それアルコール!
俺達未成年!」
「ハハ、そんなことを気にしているのかい?
大丈夫、外で飲むのは多少間題だと思うけどね、家の中で嗜む程度の量を飲む分には構わないさ」
「どんな判断っすかそれは!」
「そういえば知っているかい?
イギリスでは十八歳で飲酒が認められるんだよ」
「いやイギリスがそうでもここは日本で、第一俺もあんたの娘もまだ十六歳だっての!」
「まあまあ。
家主の私が許すんだ、大いに酔っ払うといい。
そして酔いが回ったところでもう一勝負だ。
うん、別に他意はないけれど、酔った後の勝負で勝った方が真の勝者というのはどうだろう?」
「あんたどこまで負けず嫌いなんだよ!?
確実に酔い潰してまともな勝負が出来なくするつもりじゃねえか!
つーか万が一のことがあったらどうすんだ!」
「大丈夫、アンナは医術を嗜んでいるから急性アルコール中毒になっても死ぬことはないと思うよ。
ハハ、春輝君は心配性だなあ」
駄目だ、本格的に話が通じない。
金持ちや貴族っていうのは別世界の人間だとラベールブロンシュに入ってから十分に理解していたつもりだったけど、分別がついているはずの大人でもこうか。
いやむしろ大人の方が酷い気がする。
最終目的がゲームに勝つ為て。
本当に大人かどうかも疑わしいよ。
ともあれ、ピンチだ。
これはとても危機迫る状況だと、春輝は固唾を呑んだ。
こっちがそんな状態だっていうのに、オレリアは父親がコルク抜きを駆使しているのを嬉しそうに見ているし、使用人のアンナはグラスをテーブルにセッティングしているし、誰もこの流れに突っ込んでくれない。
「ビンテージワインはコルクの交換がされている物も多いけど、その際に風味が逃げるという理由で交換を行わない物もあってね。
これもそうなんだが、流石に百年近く経っているだけあって、コルクを崩さずに抜くのもちょっとしたコツがいるんだ」
そんな説明求めてないし、そもそもアルコール自体求めてない。
なのに、ポンッといい音を立ててコルクが抜けて、微かに酸味が香った。
いよいよカウントダウンが始まったらしい。
長い間、それこそ春輝の曽祖父が生まれた頃から瓶の中に閉じ込められていたワインがグラスに注がれる音がする。
風情のある詩的な人ならそれを『封じられていた時が動き出した音だね』なんて言い出すかもしれないけど、春輝にはジェイソンがチェーンソーのエンジンタスタートさせる例の音に聞こえた。
「まあ綺麗な色ですわね。
香りも豊かで、落ち着きますわ」
「見事に熟成されたワインはそれ自体が芸術品だからね。
味だけではなくて、見た目も人を愉しませるものだよ。
ほら、春輝君」
何やら格好の良いことを言っているオレリア父から渡されたワイングラスを反射的に受け取って、それからしまったと顔を歪める。
倫理観に訴える作戦は既に失敗した。
なら次の手段を講じるべきなんだろうけど、グラスを手にしたからには残された時間はもう無い。
実際、早くもグラスには深く紅いワインが注がれてしまった。
どう説得すべきか、春輝は頭を悩ませる。
トイレに逃げるっていうのは有りかもしれないけど、どれだけ粘ってもグラスの中身が消えているってことはないだろう。
自然蒸発するまで逃げれば別だけど。
ならいっそ、正直に言うべきか。
恥ずかしいことじゃないんだから、見栄を張って下手な言い訳するよりはずっとマシな気もする。
選りに選ってこの金髪ドリルに知られるっていうのが痛いけど、こっちもこいつの父親をチェスで負かした後だからそのネタをちらつかせれば大丈夫……の、はず。
そうと決めれば後は思いきりが勝負の鍵だ。
勢いのあるうちに言ってしまわないと、手遅れになる。
よし、言おう。
今すぐ言おう。
覚悟を決め、春輝はグラスを握る手に力を込めて口を開、
「まさか……とは思いますけど」
……こうとした瞬間、オレリアがカウンター気味に言ってきた。
ただ雑談をするだけなら別に構わない。
それはもう全然構わない。
……けど、こちらを嘲るような笑みをたっぷりと口元に浮かべた表情を見れば、ただの雑談が出てくるとは思えなかった。
そして、春輝の懸念通り。
「高校生にもなって、たかがワイン一杯も飲めない……だなんて言いませんわよね?」
今正に言おうとしていたことをとんでもなく言い辛くする発言が飛び出した。
そうきたか。
こっちが弱味を見せる前に、降参する前に、喜び勇んで突いてくるか。
こうなると、春輝はもう、
『いやー、そうなんすよ。
酒、飲めないんすよ』
とは言えない。
これは意地だ、プライドの問題だ。
怒りとかむかつきとかそういう負の感情じゃなくて、もうどうにでもなれって感じのやけくそで投げやりな気分になる。
「……後悔、するなよ?」
それは自分にじゃなくて、そうだろうと気付いている癖に挑発して来やがったオレリアへの言葉。
負け惜しみにも聞こえそうな発言に、オレリアはやや怪訝そう眉を顰める。
そして春輝は、オレリア父が満足そうな笑顔で軽くグラスを掲げて乾杯の仕草をするのとほぼ同時にグラスに口を付け……




