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お嬢様たちの恋のバトルが過熱して、結果として色気が出てしまう  作者: 神泉 朱之介


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八話・5

 そして訪れた試験当日。


「あー くそやっぱり勘違いだったなぁ!

 ありえねえよこの仕打ちは!」


 春輝はヤケ気味に叫んで、汗を拭くことさえままならないこの状況に不満をぶちまけた。


 過酷な状況下でもう既に三十分以上歩いているんだから、普通ならとっくに熱射病か熱中症で倒れてる。


 それがこの二ヶ月、変態ちっくな授業を受けていたから体に妙な免疫が出来たらしい。


 嬉しくねえ。


 前を行くオレリアは軽快に歩いていて、たまにこっちを振り向いては「遅いですわよ、グズグズしないで歩きなさい!」とか「フン、貧弱ですわね」と挑発してくれやがる。


 おかげで暑さに負けないくらい心の中は熱くなっていた。


 こうやって歩かされているのだってこのドリルの我が儘だっていうのに、どこまで振り回されないといけないのか。


 こんな仕打ちをされて、それでも好意を持たれていると思い上がれる程、自分に都合の良い想像なんて出来るはずがない。


 香取辺りなら『それが愛情表現なんやがな!』とか言いそうだけど、そんなSっ気に溢れた愛情なんてノーサンキューだ。


 なので苛々の半分くらいは……ちょっとだけ、本当にミクロ単位でちょこっとだけだけど、期待してしまっていた自分への恥ずかしさと怒りだったりする。


 あと、期待が外れたという意味でもう一つ。


 これはもう完璧にこっちの思い込みだったから、仕方ないと言えば仕方ないんだろうけど、


「クォーターなんだから、てっきり外国だろうと思っていたのによ……いやパスポートが要らないって言われた時点で国内の可能性も考えたけど、旧軽井沢とか六麓荘とか、都内なら白金とか代官山とか麻布とか……」


「ちょっと、何をブツブツ言ってますのっ。

 そんな暇があるならもっと速く足を動かしなさい!」


「だああっ、うるせえ!

 庶民の幻想を見事なまでにぶっ壊しておいて、もっと他に言うべきセリフがあんだろーが!」


 塞ぎかけていたところに今日何度目かも分からないオレリアのキンキン声が振って来て、春輝は思わず声を張り上げ返した。


 庶民代表の痛ましい訴えに、お嬢様であるところのドリルは訝しげに眉を顰めて、


「何を訳の分からないことを言ってますの?

 ちっとも伝わってきませんわよ」


「だからな、俺が言いたいのはこの場所だ!

 クォーターなお嬢様であるお前の、日本での家がっ、どうして、どうして熱海にあるんだよっ!」


 魂の底から出したような疑問の矢に、オレリアは息を詰まらせたような顔になる。


 けど、春輝はもっと深刻にダメージを受けていた。


 だって、熱海だ。


 空は高いし海も青いしロケーションとしてはかなりのものだけど、ここはどうしたって熱海だ。


 有名な温泉地だ。


 すれ違う人は、かなりの割合で老人だった。


 街中には土産物屋がたくさんあって、温泉饅頭が売っている場所だ。


 潮の香りより硫黄の匂いの方が強いんじゃないかって感じの場所だ。


 めっさ観光地だ。


 ここが……ここか天下のラベールブロンシュに通う、日英クォーターの金髪女の家がある場所だなんて、どう考えてもおかしい。


 凄い騙された気分だ。


 春輝が色々な恨みを込めて睨み上げると、ようやく気まずそうな顔になったオレリアがぷいとそっぽを向いて、


「……仕方ないじゃありませんの。

 お父様が、どうしても良質の温泉のある自宅を建てたいと仰るんですもの。

 草津と湯布院も候補に挙がっていたところを、お母様が説得してまだ都心に近い熱海になったんですわ」


「……だからって、こんな……違う意味で癒される場所にしなくても……」


「だから仕方ないんですのよ!

 仕事の関係でお父様は都内にデザイナーズマンションを購入して週に五日はそっちに住んでいるんですから、週末は温泉で体の疲れを取りたいと言われれは私達としては頷くしかありませんわよ!」


「断固抗議しろよっ!

 それでも英国貴族かてめえ、もっと異国情緒溢れる場所か金持ちのステイタスっぽい場所に住めよ!!」


「温泉は凄いんですのよ!?

 一度嵌まったらもう抜けられませんわ!」


「お前も虜なんじゃねえかよ!」


「それの何が悪いんですのつ?!」


「悪いわっ!

 俺の夢と希望と憧れをぶち壊しやがって、十分悪い!」


「そんなこと知りませんわよっ!?」


「うるせぇいいから謝れ!

 俺の気持ちを弄んだことを謝りまくれっ!」


 ヒートアップしまくりで自分でも何を口走っているのか意味不明だけど、でも止められない止まらない。


 もうこうなったら酸欠でぶっ倒れるまで怒鳴り散らしてやろうと、春輝は大きく息を吸い込んで……


 不意に何かがオカシイ気がして春輝は怒号を中断。


 それとほぼ同時に……怒り肩でこっちを睨んでいたオレリアも慌てた風に周囲を見回して、顔を引きつらせる。


 無理もないというか、春輝も似たような顔になっていた。


 口論に夢中で気付かなかったけど、いつの間にか辺りにはぽつぽつと人だかりが出来ていた。


 しかもそれが、ただの勘違いと自分を誤魔化せないくらい、バッチリこっちを注視してひそひそと何やら言い合っていた。


「……奥さん、あれ……」


「……グランヴィルさんの……そう、ラベールブロンシュの……」


「……痴話ゲンカ……」


「この暑いのに、若い人はお盛んねえ……」


「……弄んだらしいわよ……」


「……まあ……弄んで……」


 あちこちから聞こえて来る声に、春輝は思わず膝をついてしまいそうになった。


 そんなつもりは微塵も無いのに、昼下がりの奥様方のいい暇潰しになっちまってる。


 しかも、どーやら、片方の素性は完璧にバレてしまっているようだった。


 ラベールブロンシュの従育科男子制服がこんな執事服だなんて知ってる人は少ないだろうけど、地元にラベールブロンシュに通うクォーターのお嬢様がいるっていうのは有名なんだろう。


 目立つ容姿の若い金髪美人に、目立ちまくる格好をしたガラの悪そうな若者。


 どんな風に噂されているのか、考えただけで気絶したくなる。


 とにかく、今すべきことは一つ。


 一刻も早くこの場を離れて、これ以上の醜聞は避けないと。


 春輝は素早くオレリアに目配せすると、向こうもすぐさま小さく頷いた。


 緊急事態なだけに意思の疎通は完璧だ。


「走りますわよっ!」


「了解っ……」


 野生の狐のような身のこなしで踵を返して走り出したオレリアの後を、春輝は全力疾走で追いかけた。


 顔の熱さは陽射しのせいか、死ぬほど恥ずかしいと思っているからか、もうちっとも分からなくなっていた。




「……それで、ここがお前の家か?」


「正確には、日本での家ですわ。

 イギリスの本宅はこの十倍以上の建物ですわよ」


 さらりと自慢するオレリアの言葉に、しかし春輝は珍しく反発せずに感嘆の声を上げた。


 不毛な口論をしていた場所からほんの数分で辿り着いたグランヴィル宅は、春輝から見れば立派な豪邸だった。


 ただ、テレビで見る海外の豪邸じゃなくて、あくまでも日本レベルの豪邸。


 琥珀色の壁にワインレッドの屋根というのは目立つけど、それ以外はそこそこ広い敷地にそこそこ大きな二階建ての家を建てちゃいました、という感じで、ビビるくらいの圧迫感はなかった。


「部屋数は八。

 大広間とワインセラー、それに天然温泉が湧き出る檜風呂がある以外は、庶民の家とそう変わりないでしょう?」


「……いや部屋がそれだけある時点で変わりあるけど……まあ、そうだな。

 こんな言い方をすると悪いが、予想よりは大したことなかったかもしれない」


「仕方ありませんわ。

 金銭的問題ではなくて、土地の確保が難しかったんですもの。

 海が見下ろせる場所に、庭にへリポートを作ることの出来る広さを求めた結果、これが順当な大きさということになったんですわ。

 何事もバランスが大事ですもの」


「そんなもんなのかもなー……いや、趣味のいい家だとは思うが」


 デザインの善し悪しなんて春輝には分からないけど、変にゴテゴテした豪邸よりはずっといい……


 って、待て。


 スルーしそうになったけど、ヘリポートが基準に含まれるってなんだそれ。


 そしてそれを当たり前に流しそうになった自分の感覚か本気で分からない。


 ラベールブロンシュのへンテコ金持ち感覚に毒されすぎだ。


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