八話・3
やや血走った目をしたオレリアは、キョロキョロと食堂を見回してした……、いやキョロキョロなんて生易しい感じじゃなくて、何だか野生の猛禽類を思わせる動きだ。
あれはきっと、常軌を逸する一歩手前とみた。
そんな金髪ドリルの様子に、春輝は心の底から思う。
あんなのとは、全力で関わり合いになりたくない。
どうかターゲットは自分以外の人物でありますようにと願っていると、オレリアの蒼い目が突き刺さる勢いで春輝を捉え……
「やっぱりここに居ましたのねっ!」
無惨にもターゲット確定の発言をして、ズカズカとこちらへと向かって来た。
腹を空かせたハゲタカでもあそこまで強烈な雰囲気纏ってないだろうに、あんなのに絡まれる我が身が本気で不憫に思える。
春輝がやれやれと千切ったままだったパンを皿に戻すと、到着したオレリアがすぐ横に来て止まった。
何やら勝ち誇ったような笑顔で、やっぱりトラブルの匂いがする。
「フフ……間に合ったようですわね。
急がば回れとか急いては事をし損じるとか言いますけど、やはりこの厳しい競争世界では電光石火、先手必勝ですわ!」
やや息を荒くさせてまた訳の分からないことを言いだしたオレリアは、攻撃的な笑みのまま春輝を見下ろして、
「ですからこうして、わざわざこのような所まで足を運んであげましてよっ!
さあっ、身に余る光栄に感謝を全身で表した後、同意の言葉を唱えるといいですわ!」
「相変わらずお前の言うことは常識人の俺には意味不明だから、とりあえず断る。
なんかよくわからんけど断る」
「今の言葉に同意しろとは言ってませんわよっ。
同意をしろというのは、これですわ!」
冷静に突っ込んでみると、オレリアは春輝の目の前にあるテーブルに強く平手を叩きつけた。
こっちは食事中だっていうのに、マナーがなってないぞこのお嬢。
文句の一つでも言ってやろうと思った春輝は、口を開き……かけたところ、テーブルに何か置かれていることに気が付いた。
オレリアが今さっき手をついた場所。
そこに残っている、名刺大の一枚のカード。
同じような物に見覚えがあったので、手に取ってまじまじと見てみると……案の定だ。
「これ、試験の……パートナーカード?」
「ええ、そうですわ。
そしてもう一つ」
そこで言葉を止めて勿体ぶるように腕を組むオレリアを、春輝は疑惑の目で見上げた。
もう夏休みだってのに従育科試験が行われること自体知らなかったし、まだ出てくるらしい何かの想像がつかない。
なのにそれが自分にとって幸せに繋がることは無いなんて確信があるのが虚しすぎる。
春輝がなんかもう半ば捨て鉢になっていると、オレリアは腕組みしたまま胸を張った。
偉そうにしたいのかもしれないけど、そうするとただでさえ大きい胸が強調されまくりで正直、目のやりどころに困る。
なんか負けたような気になるから目はそらさないけど。
「この間の清算をして貰いますわ。
何でも言うことを聞くと、そう言ったはずですわよ」
「あ……?
それは、確かチェスに負けた時の話だろ?」
言われて春輝も、そんなことがあったのは思い出した。
追試の後、オレリアとチェスで勝負をしていた時に鳳凰寺の姉に呼ばれ、負けそうにないしちょっといい気になっていたから『この局面から勝てたら何でも言うこときいてやる』と言ったはずだ。
……けど。
鳳凰寺がいつものドジっぷりを発揮してチェス盤を引っ繰り返したので、普通に考えればノーカウントのはずだ。
なのにこのドリル、事もあろうに、
「だから、見事に負けたでしょう?
残念ながら鳳凰寺さんによって盤面は壊されてしまいましたけど、事実は摇らぎませんわ!」
「いやお前、」
「私の命令は『今回の試験で私をパートナーに指名すること』ですわ!」
暴論もここに極まりといった感じの発言に春輝は常識的に突っ込みをしようとしていたが……オレリアの言葉に、それを取り止めることになってしまった。
今、なんて言った?
命令が、パートナー指名?
なんだそれ?
春輝は混乱気味の頭で整理しようと努力しつつ、片手を挙げて『へい、ちょっち待てよ』とアピールした。
「えーと、それは、何だ……?
つまり、次の試験でお前をパートナーに指名するだけで、チャラになるってことか……?」
口に出してみると、もう全くと言っていいくらい現実味がなかった。
これだとオレリアに旨みが少しもないし、罰っぽくもない。
むしろこっちが得をするくらいだ。
なんか裏があるんじゃないかと思うのも当然だが、
「勿論、反対は受けつけませんわ。
何でも言うことを聞く、そう言ったのは貴方ですわよ兵頭春輝っ!」
鼻息荒くそんなことを言われると、本当に反対出来ないような気がしてくるから不思議だ。
いや従属観念とかじゃなくて、 単に『逆らっても時間の無駄に終わりそうだなぁ……』という諦観で。
そんな物分かりのいい自分がちょっと嫌になるけど仕方ない、と春輝は判断した。
もっとえげつない願いを言われるよりはマシだ。
ため息を一つ挟んで、春輝は置かれていたパートナーカードを手に取り、
「了解した。
次の試験では確実にお前を指名するこれでいいんだな?」
「ええ、十分ですわ」
余裕たっぷりに笑みを深めるオレリアを見ると、やっぱり判断を誤ったんじゃないかと不安になる。
やっぱりもう少し考えるべきだったか、と春輝が早くも後悔し始めた時、開けっ放しの入り口の方からまたもバタバタという足音が聞こえてきた。
今度は何だよと思いつつそちらを見ると、
「……朱音?」
肩を上下させて息を荒げる、幼馴染みの藤條朱音がそこにいた。
どうやらこいつも走ってきたらしい。
ここのお娘は割と平気でマナー違反をしているような気がする。
まあ、朱音は自分と同じ庶民の出だけど。
それにしたって、こいつがこうも慌ただしく登場するなんて珍しい。
猫被りは役者顔負けで、優等生を演じている以上はもっと慎み深い行動を心がけているだろうに。
何かあったのかと春輝が勘繰っていると、オレリア同様に現れた朱音はすぐにこちらへと視線を飛ばし、悔しそうに唇を噛み締めた。
「っ……フレイム、ハートさん……やっぱり、ここ、だったんですね……っ!」
「ええ、そうですわ。
たった今、そこの庶民に次の試験で私を指名するよう約束を取り付けたところですわよ」
まるで勝利宣言のように言うと、オレリアは口元に手をやって不敵に笑い出した。
こいつはどこの悪組織の女幹部なんだろう。
色々と疑問点と突っ込みポイントがあるので春輝は言葉を挟むタイミングを見計らうも、空気がギスギスしていてとても割り込めない。
……というか、割り込んで被弾したくない。
なので自然と、二人のやり取りを見続けることになった。




