八話・2
「あと少しで一学期も終わりだな」
まだ朝の七時半、という理由で人気の少ない従育科寮の食堂。
その一角六人掛けのテーブルを同室の二人で陣取り静かに朝食を摂っていた時だった。
不意に倉木がそう切り出したのを聞いて、春輝はロールパンにバターを塗りながら「そうだな」と無難な言葉を返した。
期末テストもその追試も終わった七月の半ば。
ここ一週間は午前授業か劇やコンサートのイベントだけという優雅でのんびりし過ぎなスケジュールが続いていて、既に気分は半ば夏休みモードになりつつあった。
それでも従育科は午後もしっかり授業が入っていて死にかけることも何度かあったけど。
真夏日に南極と同じ寒さを体験しながら裁縫だなんてイカれたことをやった時は流石に教師代表の深閑にクレームをつけて、何故かこっちが説教を受ける羽目になったりもした。
雪山遭難を想定した訓練をする前に体を慣らすのと、極限下で体力を維持する為だっていうけど……いつから執事はデンジャーゾーンで人命救助をする人になったんだろーか?
ともあれ、今週一杯で一学期も終わりだ。
ラベールブロンシュに編入してからやたらと一日一日が長く感じたけど、ようやく夏休みが来る。
「倉木は夏休みに入ったらすぐ家に戻るのか?
それともしばらくこっちに残るとか?」
「そうだな……盆になったら一週間程帰省すると思う。
あとは特に決めていない」
「そっか。
まあ、折角の夏休みだから少しはのんびりしたいよなー」
夏休み中も希望者は奉仕活動が出来るそうだけど、流石に手を挙げる奴は少なそうだ。
長期滞在する生徒向けのカリキュラムもあるらしいけど、現段階では不明だし。
まあその辺は夏休みになってから考えればいいかと思考を切り上げ、春輝はパンを一口食べた。
焼き立てなので香ばしさもふわっとした食感も申し分なくて、塗ったバターもどこぞの牧場から送られてきた絞り立ての牛乳を自家製で作ったものということで、口の中に入れると濃厚なのに食べ終えたときには僅かな風味を残すだけというなんていうか、匠の技?
ただの朝食だっていうのに、凄い満足感が。
見た目は大して豪華でもないのに、一つ一つの品質がとても高いってすぐに分かる。
オレンジジュースも明らかに絞り立てのヤツだし。
一応、将来を見越し上流階級の人達に合わせて舌を肥えさせるっていう目的でこんな美味しい料理を食べさせて貰えるらしい。
盗めるなら味も盗めと深閑は言っていたけど、これは無理だ。
こんなの一朝一夕じゃ盗めないな。
なので三年間、美味しく食べさせて貰いたいところです。
いつもの朝食にいつものように満足して、春輝は思考を倉木との話題に戻した。
「そういや倉木の実家はどの辺なんだ?
都内か?」
「実家は都内にあるが、帰るのは本家のある田舎だ。
近畿の方だな」
「あー、家族で墓参りとかそういうことか?」
「……似たようなものだと思う」
表現に迷うような質問じゃなかったはずなんだがと思いつつ、春輝はジュースを口にした。
倉木との距離感は未だによく測れないので、こういう時は深く突っ込まないように注意しないといけない。
誰にだって触れられたくないことはあるし、言いたくなったら自分から喋るだろうし、気長に付き合わないと。
「墓参り……そういや俺も行かないとなあ。
日帰りで済むから盆になったら適当なタイミングで行けばいいけど」
「実家か親戚の家には泊まらないのか?」
「まあ、親は死んでるし親戚ともそう仲が良いわけでもないし。
ああでも祖父さんは心配しているかもしれないか。
やっぱ顔を出しておくべきかな」
ラベールブロンシュに入ってから無駄金を一切使って無いし、旅費くらいどうとでもなる。
折角だから会いに行くのもいいかもしれない。
「久しぶりに渓流釣りとかしたいしなぁ。
そういや、そっちの田舎はどんな感じだ?」
「うっ……その、なんというか……山奥で、何もないところだ。
人は少ないけど、鹿や猪、熊も出る。
兎や山羊も見かけるな。
蛇や蝙蝠、それに蛭も出るから注意がいる」
「……そこは本当に田舎なのか?
それともにぎやか動物ランドか?」
なんというか日本かどうかも疑わしくなるので突っ込みを入れると、倉木はふて腐れたように少し頰を膨らませて、
「どうせうちの実家はど田舎だ。
けど、電気くらいは通っているぞ」
「いやその基準がかなりおかしいんだが……って、なんだ?」
興味が湧いたので深く訊こうと思った春輝は、俄に眉を顰めた。
何か物音がした。
というか、今も継続的にしている。
バタバタと慌ただしい、どこかを走っているような音が。
向かいにいた倉木も目を細めて、さっと視線が食堂の入り口へと向けられた。
それを追って、春輝も観音開きのドアへと視線を移し、
その瞬間バンッ、と大きな音を立ててドアが開け放たれた。
耳に優しくない音に顔を顰めつつ、春輝は廊下側に立っている人物を見て……さらに訝しく思い、困惑してしまう。
従育科仕様のメイド服やモーニングコートじゃなくて、赤いワンピースタイプの上育科制服を着た縦ロールなんて冗談みたいな髪型にしている日英クォーターの女は一人しかいない。
目を爛々とさせて、肩で息をしているオレリア・紫苑・グランヴィルが、どーいう訳かこんな所にいた。
「何なんだ、あいつ……?」
「……誰かを捜しているように見える」
倉木の意見に春輝も頷いた。




