七話・11
「早苗さん、どうかしました?
昨日あげたお菓子、別に地面に落としてしまったものじゃありませんよ?」
「違います!
ちょっと口の中じゃりじゃりして気になったけどそのことじゃなくて、もっと大事な話があるんですっ!」
真剣そのものといった感じの鳳凰寺だが……いや気付けよ、土が付いてたら。
そして妹に落ちたものあげるなよ、姉。
突っ込みどころ満載の姉妹なのに、茶々を入れられる雰囲気じゃない。
なので春輝は大人しく待機。
オレリアも空気を読んだのか、むすっとしたまま腕組みをして佇んでいる。
「さっき電話でお母さんから聞いたんです!
お姉ちゃん、卒業したら結婚するって本当なんですか!?」
「ええ、本当ですよ。
まだ相手は決めていませんけど」
「そんなの駄目です!
結婚したい人がいるのなら応援しますけど、お父さんやお母さんや私の為に結婚するなんて、そんなの絶対に駄目!」
目を赤くして、泣きそうになりながらの鳳凰寺の訴えに、空気が固まる。
さらっと無視された祖父さんがちょっと可哀相だけど、この流れだとそこは突っ込めない。
春輝が固唾を吞んで見守っていると、沙織が妹へと寂しげな微笑みを向けて、
「でもね、早苗さん。
お父様もお母様も、それにわたしも……真っ当にお金を稼ぐなんて、とてもじゃないけど無理なんですよ?
運良く雇って貫えても、三日と経たずに解雇されてしまうでしょうね……早ければ数時間以内に」
……本気で切ない発言をした。
どれだけ生活力が無いんだ、鳳凰寺一家。
「だからわたしは結婚して、皆に不自由のない生活をさせてあげたいんです。
お父様は骨董品を磨いて、お母様は貝を拾いに行って、早苗さんも奉公に出ないで済むように」
「私がなんとかします!」
カフェテリアの敷地外にも響き渡るような力強い声で、鳳凰寺が叫んだ。
その迫力にマイペースな沙織も言葉を止めた。
春輝も少し驚いて、そそくさとオレリアの横に移動する。
何となく一人でいるのが心細くなったので。
そして今までにない強い意志の光を瞳に宿した鳳凰寺は、メイド服の胸元をキュッと握り締め、
「私っ、従育科で頑張ってたくさんお勉強して、立派なメイドになってお給料を貰えるようになりますから!
それでお父さんもお母さんも、お姉ちゃんのことだって養えるように頑張るんですから!
だからお姉ちゃん、そんな風に結婚なんてしないで下さい!」
決意溢れる感動的な発言だけど……また祖父さんが無視された。
どんな扱いなんだろう。
それに気付いているのかいないのか、姉の沙織は感極まったように口元に両手をやり、
「早苗さんいつの間に、そんな立派な考え方が出来るように」
「私だって成長しているんですよ?
だからきっと、ここを卒業するまでに、一人前のメイドになってみせますから!」
「……いやー、無理じゃないかなー……」
春輝は堪えきれずにぼそっと呟いて、オレリアに脇腹を小突かれる。
しかしそんな間にも姉妹の感動のシーンは続いていて、
「分かりました。
早苗さんの心意気に甘えて、玉の輿計画は中止します」
「お姉ちゃん……!」
「早苗さん……!」
駆け寄った二人は優しく、けれどしっかりと抱き締め合った。
観客気分でそれを見ていた春輝は、 同じく観客のオレリアを横目で見やり、小声で囁く。
「……これで一件落着……ってわけにはいかないだろ。
実際間題、今後どうなるんだよ鳳凰寺家は?」
「厳しいですわね。
蓄えなど殆ど在りませんし、今も温情処置で暮らしていられるような状態ですもの」
「お前、何とか出来ないのか?
いや養えって言ってるんじゃなくて、親の会社で雇ってやるとか仕事を紹介してやるとか」
うっかり騙されて路頭に迷うような羽目になる家系だから、放っておくと寝覚めの悪い事になりかねない。
特に鳳凰寺姉妹なんて、あっさり悪い男に騙されそうだ。
オレリアの方もそれは感じているのか、難しそうに眉を顰め……ややあってから、フッと口元を綻ばせた。
「……そうですわね、沙織さんをお祖父様の会社の専属モデルに推薦してみますわ。
女性中心で組織された服飾関連の会社があったはずですし、あの美貌ならどうとでもなりますわよ」
「あー……なるほど。
それは適職かもしれないな」
頷いて、春輝はファッションショーに出る沙織の姿を想像して……見事に転んで服を破いてとんでもないことになったところで想像中止。
「まあ、カメラモデルなら平気だろ」
「……そうですわね」
どうやらオレリアも似たような想像をしたようで、同意された。
しかし良かった。
これで見事に解決したわけだ。
危うく厄介なことに巻き込まれるところだったけど、何とか無事に避けることが出来た。
追試も大丈夫だろうし、これで心置きなく夏休みを迎えることが出来ると、春輝は大きく背伸びをして、
「こんなに立派になって姉として嬉しいです。
これも人を好きになることを知って大人になったからですね」
「え……私、いつの間に、誰を好きに……?」
「ほら、よく兵頭さんのことが気になるって言っていたでしょう?
異性が気になるということは、好意を抱いていると断定しても間違いではないんですよ」
「ええっ……そ、それじゃあ私、兵頭さんのことが好きなんですかっ!?」
「そうですよ、間違いありません」
「そんな……やだ、どうしましょうっ。
その、告白は私からするべきですか?」
ぶっとび姉妹劇場が継続していた。
伸びをした姿勢のまま固まった春輝は、思いきり頬を引きつらせ、
「なあ、ついでにあれも何とかしてくれませんか?
オレリア様のお力で」
微妙な敬語で隣人にヘルプを求めると、オレリアは何故かこっちを睨んで、
「良かったじゃありませんの。
勘違いとはいえ好意を寄せられるなんて、貴方にとって一生に一度の奇跡ですわよ」
「……いや奇跡でもなんでもなく人災なんだけど?
あとどうしてお前、そんなキレ気味になってんだよ?」
「それこそ勘違いですわ。
ああそうですわ、鳳凰寺さんが台無しにしたとはいえ私の勝利で揺るぎない一手を思いつきましたの。
ですから、あの勝負は私の勝ちですわ」
「いや待てそれは無いだろ!?
どこの暴君システムだそれはっ!」
さらっととんでもない屁理屈をこね出されて、春輝は慌ててオレリアの腕を掴もうとして……
向けられた視線の鋭さに、そのまま固まった。
猫と目があった鼠ってこんな気持ちなんだろうなぁ、と思うくらい、めっさ怖い。
そんなこちらの様子に、オレリアは攻撃的な目つきは変えずに口元に笑みを浮かべ……
「何でも一つ言うことを聞く!
でしたわね。
楽しみにしているといいですわ」
最後通牒よりよっぽど怖い一言を叩きつけて、その場から察そうとさって言った。
春輝は呆然としたまま、オレリアの背中で揺れる金色に輝く縦ロールを見つめ……
その姿が見えなくなった頃に、ぽつりと呟く。
「何をする気だ、あのドリル」
想像が付かないだけに、とんでもない恐怖がそこにあった。




