七話・10
春輝はマイペース過ぎる蟻地獄な彼女から逃れようと必死になるも、男女の腕力差とか体重差とかそんなものは物理法則の向こう側に捨てられてしまったかのように、テコでも動きそうに無い。
鳳凰寺(妹)といい、どうしてこんなに力が強いんだこの姉妹は。
細腕なのにアフリカ象でも組み伏せられそうな力って、理解不能すぎる。
しかもこっちが人体の不思議に混乱しかけているっていうのに、沙織はしっとりと瞳を潤ませて、
「強引なの……嫌いじゃないですよ?」
「だから、違っ」
全力で否定しているっていうのに、ちっとも聞いてくれない。
こうなったらこっちも限界を超えて抵抗をするしかない。
そうでないと、何だかよく分からないけど鳳凰寺家に取り込まれてしまうことになるっぽい。
それにこんな真っ昼間の屋外で、傍目から見れば痴漢行為を働いているような状況が続いたら、絶対に誰かに見咎められてまた良からぬ噂が立ってしまう。
眠っている力よ今こそ目覚めろ、と気合いを高め、春輝は渾身の力で手を引っ張る。
するとタイミングのいいことにほんの少しだけ拘束が緩んで、今まで動かなかった手が自分の体へと引き寄せられ
「あら……?」
「のっ……!?」
いつの間にか指先に引っかかっていたキャミソールの紐が、
スルッという浅い手応えと共に外れて、
昨日も見た、目を奪うような淡い白さが露わになって、
「何をしていますの?」
底冷えするような声に、春輝は背筋を強張らせて振り返る。
そうだ、すっかり忘れていた。
すこし離れたテーブルに、アルミよりも熱しやすい英国製ドリルがいることを。
たぶんコンマ一秒にも満たないタッチの差で、沙織の胸は見ずに済んだ、いや物凄くがっかりしている自分は否定しないけど、それでも良かった。
あの人の胸なんて直視した日には、たぶん殴られても正気に戻れない気がする。
そこから派生するだろう桃色時空に引きずり込まれることを考えれば、これで正解だ。
「オレリアっ、この人をどうにか、って、鳳凰寺?
お前まで、何で……」
「まあ、早苗さん?」
意外なことに、オレリアの横には話題の人だった鳳凰寺早苗がいた。
休みの日だっていうのにメイド服を着た鳳凰寺は、目を丸くしたまま固まっていて答えてくれそうにない。
代わりに、眉を怒らせたオレリアが口を開く。
「そちらにいる沙織さんを探していたそうですわ。
しかも私が会心の一手を思いついた矢先、盛大に転んでチェス盤を吹っ飛ばしてくれましたの」
「……そうか」
歓喜から絶望へと垂直落下を食らったオレリアの気持ちは良く分かる。
なんというかご愁傷様としか言い様がない。
そして妹の登場に驚いたのかホールドされていた手が外れ、春輝は慌てて横に飛び退く。
危なかった、もう少しで色香にやられていたかもしれない。
春輝はホッと安堵の息を吐いて、
「どういうことですか、お姉ちゃんっ!」
「……む?」
鳳凰寺のただならない様子に気づいて、口を閉ざす。
珍しいことに、鳳凰寺は怒っているのか哀しんでいるのか、或いはその両方とも取れる複雑な表情を浮かべていた。
その剣幕を受けて、姉の方はというときょとんとした、ちっとも深刻さを感じさせない不思議そうな顔をしていた。
キャミソールは……なんで直してないんだよ。
でも際どい部分に布地が引っかかるようにして隠れているから、かろうじてセーフ。
視覚的には十分アウトな領域だけど。
ぼんやりしている彼女に代わり、春輝は恐る恐る誤解を解きにかかることにする。
「いや、あの、鳳凰寺?
別にお前の姉とは、変なことをしていたわけじゃないぞ?
これは事故であって」
「お姉ちゃんが脱いでいるのはいつものことだからいいんです!
部屋にいる時はいつも裸ですし、この前はうっかりそのまま外に出ようとしていましたし、それは別にいいんです!」
「いやよくないだろそれは……」
思わず突っ込んで、それから春輝はもやもやと浮かびそうになる想像を、頭を振って消去に掛かる。
そうしているとようやくで肩紐を直した沙織がおっとりとした口調で、




