七話・6
「つーわけで、鳳凰寺もあれでなかなか大変らしい」
「なるほどな……その話を聞くと多少は合点がいく。
どうして彼女が従育科にいるのか、かなり謎だったからな」
そう言う倉木だけど、表情に変化が無いから納得したようにはまるで見えない。
それでも、こいつ何か感慨深く思っているんだろうなー、と想像がつく程度には経験値が溜まっているので、春輝は頷き返した。
放課後に鳳凰寺(妹)から聞いた話は上育科生の間では周知の事実らしいので、倉木の奴にも一応話しておいた。
冷たい奴じゃないけど、従育科で一番優秀な倉木は鳳凰寺の駄目っぷりに苛々していることもあるみたいなので、実情を知れば少しは態度が軟化するかもしれないと思ったからだ。
そう春輝が睨んだとおり、机に背を向ける形で椅子に座った倉木は小さく息を吐いて、
「……どこも複雑な事情というのはあるんだな。
もっと悲劇的な状況下にいる人間も少なくないから鳳凰寺に特別同情する気にはなれないけど……少し、見直した」
「そうだなぁ。
かといって被害が減るわけじゃ無いけど、元々あいつの失敗に悪意はないし、フォローしてやるかって気にはなるな」
言って、春輝は腰掛けていたベッドに寝転がる。
もう夕食は終わって風呂にも入った後なので、横になると途端に眠気が湧いてきた。
それを心地良く感じながら、
「……にしてもそうだよな。
いくらラベールブロンシュのブランド力があるからって従育科なんて聞いたこともない変なところに入ろうなんて思うヤツは、よっぽどの事情があるか、よっぽどの物好きかの二択なんだろうな」
「そうだろう、が……そう言う兵頭はどうなんだ?」
「あー、俺はタイミングにやられた感じかな。
早いとこ自活できるようになりたかったし、前の学校に……まあ不満があるわけじゃなかったけど、鬱屈しかけてたから。
偶然テレビで従育科のことが取り上げられているのを見ていなかったら、ここにはいなかったしな」
「……家族の反対は無かったのか?」
「四李鏡の家ほどドラマチックな状況じゃないが、うちも色々あるからな。
両親はとっくに他界済みで、籍を直いている親戚の家は俺にそんな干涉して来ないし」
「……そうか」
微妙に沈んだ倉木の声に、春輝は体を起こした。
相槌なのか暗に謝罪しているのか、どっちとも取れる口調だったけど実際に表情を見ても、どっちだか分からない。
まだ経験値が足りてないらしい。
「倉木の家はどうなんだよ?
反対されなかったのか?」
空気が冷えそうだったのでとりあえずそう口にしてから、そういやこんな話をするのは珍しいなと気付く。
ルームメイトなんだからもっと互いの育ってきた環境について話していてもよさそうなものだけど、倉木はどちらかといえば寡黙な性質なので、それに合わせて春輝も込み入った話はあまりしていなかった。
まあこんな日があってもいいかと春輝が気軽に思っていると、倉木は端整な顔をやや曇らせて、
「……反対された気もするし、嵌められた気もする」
「嵌められたって……なんだそれ?」
「従育科に行きたいと思ったのは自分の意思だが……こんな不本意な形で入る羽目になったのは、やっぱりあの常識知らずの両親が……」
そこまで言ったところで倉木は慌てた風に口を噤み、バッと立ち上がった。
そして『いきなりどうしたんだ』と春輝が言う前に、
「……よ、用を思い出したから、少し外に出る」
「へ……?
いや用って……」
訊ねようにもそそくさと移動した倉木は素手に部屋から出て行くところで、すぐにドアが閉まる音も聞こえてくる。
春輝はしばしぽかんとして……それから再びベッドに横になって、呟いた。
「あんなあからさまな誤魔化し方をしないでもなぁ」
基本的にクールなヤツだけど、時々抜けている。
まあ、あーいうところは根が素直ってことなんだろうけど。
にしても、何を言おうとしたんだかちっとも想像がつかない。
不本意な形とか言われても、入学にはあの深閑が関わっているんだから、まさか裏口入学なんてことはないだろうし。
「まあ、色々あるってことなんだろうな」
急転直下の人生を送っている鳳凰寺や相変わらず謎だらけな倉木のことを考えながらそう呟いて、春輝は大きな欠伸をした。




