七話・3
そこにまた声が聞こえてきて……さっきのことがあるから見ちゃいけないと思いつつ、でもさっきのアレだって幻覚かもしれないし、と自分の理性に言い訳をして、ちらっとだけ見てしまう。
もう何がどうしてどうなったのか、胸元どころか肩口まではだけている美人さんの姿が視界に入り、春輝は筋を痛めかねない勢いでそっぽを向いた。
そこまで記憶力はよくないっていうのに一瞬で瞼の裏に焼き付くくらい、綺麗で官能的な光景だった。
額縁をつければそのまま芸術で通用しそうだけど、同時にただならないエロスもあって……一体何なんだ、あの人は。
露出がさらにアップしてるじゃないか。
……もしかして、何かのドッキリか?
ひょっとしてプラカードを持った人とか隠れてるんじゃないのか?
そうだ、そうかもしれない。
きっと部屋のどこかに隠れているんだろうから、それを見つける為にも、もう一度、あと一回だけ部屋の中を見ないと。
今度はちゃんと、見落とさないように、その過程で何かあられもないものを見ちゃうかもしれないけどそこは不可抗力ということで……
「あのー、春輝さん?
何をぼーっと突っ立っているんです?」
「ぉうわっ?!
な、誰……って、あんたか」
リトライをかけようとしていたところに急に背後から声を掛けられて、慌てふためきながら振り向いた春輝は、相手が理事長の真宮院都だということにホッと胸を撫で下ろした。
頼りない人だけど、だからこそこの状況では頼りになる。
誤魔化すのもちょろそうだし。
とりあえず中で起きている異常を伝えようとして……はたと止まる。
何をどう言えばいいのか、全然思いつかない。
見知らね美女がストリップ真っ最中です、って、なんだそのアホ全開の触れ込みは。
いかがわしい店の客引きと勘違いされかねない。
春輝は言うべき言葉が見つからず、そんな様子に都は楽しそうに笑って、
「追試って緊張しますよねえー。
先生も昔、経験あるから分かりますよー」
どーにも勘違いをした発言をして、あっさりと問題の教室に入っていった。
春輝はそれに続くべきかどうか迷って、ちらりと中の様子を窺う。
さっきまで指定を受けそうな光景が広がっていた教室には……席に座ってリボンを直している女生徒がいるだけで、淫らな画はどこにもなかった。
春輝は安堵の息を漏らした。
何もしていないのに加害者にされそうな状況はどこにもない。
良かった良かった。
でも何故だろう、安心したら急に惜しくなるのは。
そんな馬鹿なことを考える頭を一殴りして、春輝も空いていた席に着く。
一息吐いて、それから鞄から筆記用具を取り出して……ちょっとドキドキしながら左隣の席に座る美女の横顔を見てみると、そこには淫靡さなんて一欠片もなかった。
……もしかして、さっきの光景は自分が脳内で作り出した幻覚なんじやないだろーか?
本気でそんな気もする。
だって、ありえないだろ。
こんな楚々とした美人が、急に脱ぎ出すって。
しかもそんな嬉しすぎる現場を偶然見るって。
でも、リアルだったよなぁ。
あの肉感とか肌色とか……って、試験前に何を考えているんだ。
どうにも混乱しているっぽい頭を振って、春輝はため息を吐く。
こんなんで大丈夫なのかと自分が心配になりながら、それでも手だけは動かしてシャーペンの芯をチェックする。
「さーて、もうすぐチャイムも鳴りますし、テスト用紙を配っちゃいますよー。
解答用紙に名前を書くのは有りですけど、問題用紙は伏せたままでお願いしますねー?」
丁度準備が終わったところで都がテスト用紙を配り始め、春輝の方も意識を切り替える。
さっきのことはひとまず忘れよう。
追試を滑って留年なんて洒落にならないし、点数が悪かったら朱音の奴に馬鹿にされるだろうし。
いやまあ今の段階でかなりコケにされてるけど、だからこそこれ以上は勘弁だ。
配られた解答用紙にさらっと名前を書いて、なるべく横は見ないようにと春輝は教壇に立つ都へと視線を注ぐ。
理事長兼事務員という微妙な立場の先生は、メモらしき小さな紙を手に持って、
「えーと、あとは諸注意ですね。
試験中に体調を崩した場合は先生に言って下さいね。
お手洗いに行きたい時も言って下さい。
それから……って、こんなこと言わなくても大丈夫ですよねー?
小学生じゃないんですから」
「まあ、そうだろうけど……それより、理事長がわざわざ追試の試験監督するのか?」
「えっ……!?
だ、だって、理事長ですし!
責任ある立場ですからしますよそれくらい!
決して、居眠りが見つかる度に押されるスタンプカードが一杯になったから、罰として深閑ちゃんにやらされているわけじゃなくてですねっ」
そういうことらしかった。
「居眠りって、またゲームが原因かよ?」
「ふふー、最近のゲームはなかなかにリアルで引き込まれてしまうんですよ。
美形の双子に言い寄られる女の子視点で進むんですが、選択によっては双子による禁断のインモラル展開も……って、居眠りはしてませんよっ?!」
「……いや居眠りなんかより遙かに問題ある発言をしたと思うが……あとそれのどこがリアルだ」
「心理描写がとても巧みなのですよー。
嫉妬と憎悪が混ざり合って、それが二人といない自分の分身へと向けられたことによって自己愛と化学反応を起こして、凄いんですよ!」
興奮気味に語る都だが、春輝は当然ながらドン引き真っ最中だ。
男にその手のゲームの説明なんてするなっての。
「留学生のアレフレッド君もなかなか……あ、チャイムですね。
ちょっと話し足りないですけど、テストを始めちゃって下さいー」
春輝が本気でラベールブロンシュの未来に不安を覚えたところに始まりの鐘がなって、やれやれと思いながら問題用紙を表にする。
科目は現代社会。
得意ではないけどさして苦手でもないので、落ち着いて解けば問題なく終わるはずだ。
前回のようなことが無いよう、春輝は気を引き締めて、
「それじゃ、先生はちょっとお休みしますので、何かあったら言って下さいねー」
「おい」
宣言した矢先に教壇に突っ伏しすやすやと眠り始めた都に思わず突っ込みを入れるが、既に熟睡モードに入ったらしくまるで反応がない。
無駄に恐ろしい寝付きの良さだ。
試験監督の意味はどこなんだと問いかけたい惨状に、春輝は大きくため息を吐いて、テスト用紙に向き直る。
とりあえずこのことは後で深閑に報告しようと決めて、すっかり霧散した集中力を搔き集めながら問題を読み始めた。




