七話・1
世界でもトップクラスの知名度と格式を誇る名門私立ラベールブロンシュ学院でも、時期が来れば期末テストが行われる。
ただし、名門は名門でも家柄と財産が入学査定に大きく関わってくるラベールブロンシュ。
学力はそれ程重要視されていないようで、テストは特に難しくない、奇抜な問題も意地悪な引っかけもない、授業をちゃんと聞いていてテスト前にノートを読み返せば高得点間違いなし、という難易度の、ごく簡単なものだった。
……だと、いうのに。
「最悪……最悪だ……」
1ノBの教室にある自分の机にぐったりと突っ伏して、兵頭春輝は繰り返し呟いた。
「最悪だ……どうして、こんな……こんな、最悪な……」
「もう、何を今更ぶつくさ言ってるのよ。
いつまでもそんな風にだらだらしていると、肝心の試験に遅刻しちゃうわよ?」
上から被せるようにそう言ったのが誰なのかは見なくても分かる。
ただでさえ生徒の殆どに避けられまくりだっていうのに、落ち込み真っ最中と一目で分かるところに話し掛けてくるなんて、底意地の悪い腹黒幼馴染みか高飛車金キラのドリルお嬢くらいのはず。
そして声を聞けば前者だというのはすぐに分かった。
なので春輝は顔を上げず、机に向けて呟く。
「……お前みたいな計算尽くで何でも完璧にこなせる上に底意地の悪い善人キラーに、今の俺の気持ちが分かってたまるか……」
「まー、 随分な褒め言葉があったものね」
わざとらしく驚いたような声に、春輝はもぞもぞと顔を上げた。
ちっとも褒めてないというか、むしろやさぐれ過ぎていて思わず口に出てしまった本音内容がヤバかったんじゃないかと、内心ちょっとだけビクつきながら様子を窺ってみる。
見上げてみると、にこやかな笑顔を浮かべた藤條朱音は実に楽しそうに、
「春輝だけよ、そんな顔してるの。
先週で期末テストも終わって、今日なんてLHRの一時間だけで授業も無くて、イイコト尽くめなのに」
「……お前等はな。
確かに何もないだろうよ」
「うん、そうね。
わたしたちはこれからカフェテラスで夏休みの計画を語り合うくらいしかやることはないかなぁ。
あなたと違って」
朱音の言葉は一々傷心に突き刺さって、なんかもう死にたくなる。
あんな笑顔の癖に、やっぱりさっき言ったことを根に持っていやがるか。
春輝は宿敵ともいえる幼馴染みを半眼で睨み上げ、今まで溜めに溜めた文句を全部吐き出してやるつもりで口を開け、声を発する、その前に。
「おおうっ、おったおった!」
騒がしく教室に入り込んできた香取がタイミングを外してくれて、おまけに、
「聞いたでハルハル!
赤点やってな追試やってな?!」
今、一番言われたくないことを、大声で叫ばれた。
もう満面の笑みというかむしろはみ出しているくらいの笑顔で近付いて来る香取の後ろからは、慌てた風に壬卦がついて来るのが見えた。
目が合うと、とても申し訳なさそうに頭を下げられてしまい、春輝は香取を殴りつける予定を取り消す。
壬卦の顔に免じて流血沙汰は避けておこう。
だが、このままで済ませておくわけにはいかない。
春輝にだって反論の一つや二つある。
言えば言う程情けない気分になりそうだと分かってはいても、言わなくちゃやってられない事が。
「……不幸な事故だったんだ。
結果として追試にはなったが、実力がそのまま反映された結果ってわけじゃないんだよ」
「試験終了間際にマークシートの記入ミスに気付いて、慌てて直そうと解答を消したところで時間切れになったんだろう?
何度も聞いたぞ」
そう言ったのは、いつの間にか背後に立っていた倉木だった。
ルームメイトのこいつには愚痴りまくったから、流石に少し嫌そうな顔をしている。
倉木の言葉通り、赤点の原因はマークシートの記入ミスだった。
始めの方の設問で答えが被っていたから、解答がズレているのに気が付かないまま進めてしまい、おまけに見直しをするまで問題用紙の一番最後にもう一つ問題があることにも気づけなかったのが痛すぎた。
三問目以降が全部ズレていることが発覚して、急ぐあまり解答の殆どを一気に消して、それからズレていた答えを書き直そうとして、そこでチャイムが鳴って、タイムアップ。
だから今日、一時間目ので返って来たテストを見る前から赤点と追試は確定していた。
でも、実際に一桁の点数を見ると、本気でへコむ。
くそう、無駄にマークシートなんかじゃなければ、こんなことにはならなかったのに……理事長が『なんだか最先端な雰囲気バリバリでしたので!』とか言って無駄に機材を購入しなければ、こんなことにはならなかったっていうのに……!
素直に落ち込ませてもくれない従育科男子組&朱音に囲まれる形で、春輝は改めて全員を睨んでから、
「いいか、今回俺の身に起きたことは、いつかお前等の身に降りかかるかもしれないことなんだ。
赤点逃れたからっていい気になるなよ。
特に香取」
「ちょい待ち。
なんで名指しやねんな?」
「ぶっちゃけ、この中で一番勉強が出来なさそうなのがお前だから。
あと一番うざいのも」
「くぅっ、確かにオレは勉強の方はっ……て、え?
あ、ハルハル?
なんかさらっと酷いこと言わへんかった?」
「別に、特別変なことは言ってない。
なあ壬卦?」
「そ、そうだね……卓也君の場合、自業自得かな」
「……香取は普段の態度を改めるべきだ」
「そういえば、近付くとセクハラされるって評判ですよ?」
全員から突き放された香取は愕然とした表情でふらふらと後ろ向きに倒れ、机と共に様子を窺っていた女生徒を巻き込んで悲鳴を上げられる。
……というか、わざとだろ今の倒れ方は。
なんで都合良くスカートの中を覗ける位置に倒れるんだよ。
報復にお嬢様方から靴だの鞄だのを投げられてるけど……まあ、これこそ自業自得だから放っておこう。
「見てろ、追試は完璧にこなしてやるからな。
偉そうにしていられるのは今の内だけだぞ」
「まあ、凄い自信。
どれだけ追試で頑張っても最上級評価は得られませんけど、頑張って下さいね?」
「お前は本当に俺をどん底に案内するのが得意だよなっ!」
キレ気味にそう言って、春輝は鞄を掴んでその場を離れる。
これ以上この場に留まっていたら最悪の精神状態で迫試に臨むことになりそうだ。
一刻も早く教室を出ようと勢いのままに机と机の間を縫うように歩くと、どうやらこっちの様子を窺っていたらしい女生徒達が悲鳴混じりで散っていく。
「名前を書き忘れないように注意して下さいねー?」
「今度は自滅するなよ」
「ハルハル、 目指すは連続赤点や!
それが一番おもろい展開やで?」
「お、落ち着いて頑張れば大丈夫だからねー」
背中に掛けられる声にも振り返らない。
ただ胸中で『壬卦以外に軽い不幸が訪れますように』とダークな願いを抱いて、春輝は教室を出た。




