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お嬢様たちの恋のバトルが過熱して、結果として色気が出てしまう  作者: 神泉 朱之介


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六話・14

 二人が出て行ったのを確認するように春輝は十数秒間廊下の方を見続けていたものの、暗がりから誰かが出てくることはなく、隠れているような気配もなかった。


 いやあの侍女なら気配を殺して背後まで近付くくらい容易に出来そうだけど、主人が半裸状態なのでまずはそっちをどうにかしないといけないだろうから、その可能性もたぶん無い。


 部屋に残っているのが自分と倉木だけだとようやく確信が持てて春輝は、座り込んでしまいたい勢いで脱力した。


「……すっげー疲れた」


「……同感だ」


 途中参戦した倉木も精神的に参ったようで、いつものように硬いクールな声とは違って、少しだけ弱々しくそう言った。


 こいつにも悪いことをしたなー、と春輝は軽く後頭部を掻いて、


「助かったよ倉木。

 お前がいなかったら本気でヤバかった」


「……そうかもしれないな」


「ああ。

 おかげで、身に染みた。

 プライバシーって大事だな」


 昨日の朝は、たかがカーテンを開けて寝顔を見たくらいで、と思ったけど、大間違いだった。


 何が切っ掛けでどうなるかは分からない。


 個人の領域は尊重して、そこに立ち入る時は許可を得ないととんでもないことになるからしれない。


 春輝が少しだけ大人になったような感慨に耽っていると、倉木はぷいっと顔を背け、


「分かればいい。

 今後、気を付けてくれれば」


「ああ、任せろ。

 カーテンを開ける時にはちゃんと声を掛ける」


「返事が無い場合は開けるなよ」


「おお、勿論だ。

 遵守しよう」


 どことなく、空気が軽くなった気がした。


 失敗と混乱を経て親交が深まったと思えば、今回の件もそう悪いものじゃなかったかもしれない。


 まあ、今後も大変そうだけど。


「さてと、それじゃ俺は夕飯前に風呂に行って来る。

 お前はどうするよ?」


「僕は部屋の風呂でいい」


「そっか」


 先の経験を生かして、無理には誘わない。


 大浴場は運悪く香取と遭遇するとちょっとした戦争になることもあるし、わざわざ羽柴の大吉野郎が入りに来ることもある。


 裸を見せつける為に。


 だから決して落ち着く空間というわけじゃないし、倉木には向いてないだろう。


 一つ頷いて、春輝は下着と部屋着の用意にかかった。


 暗くて見難いけど、夜目は利くほうだしこの暗さにも慣れたので、大した苦労なく探し出せた。


「んじゃ、また後でな」


「ああ」


 洗面所へと入って行く倉木に声を掛けて、春輝は部屋から出た。


 正常に明かりがついている廊下は眩しいけど、文化に触れたせいか少し落ち着く。


 目の方もすぐに明かりに慣れて、春輝はペタペタと廊下を歩きながら、考える。


 結局、あれはなんだったんだ?


 夜這いかけられたり自殺未遂起こされたり、やっぱりただの事故で済んでいたはずなのにロックオンされたままで、終いには喋られて。


 ……いや、ちゃんと考えれば何となく想像はつくんだけど。


 真面目に信仰に取り組んでいるからこそこんなことをしたんだろうし、その彼女が自分にしか聞こえないように声を発したというのは、つまり……本気で結婚を諦めていないってことなんだろう。


 あれだけの美人に、宗教絡みとはいえあんなにも真摯に想われると……流石にちょっとクラグラくるけど、同じくらい巻き込まれたくないって本音もある。


 付き合うとかいう話ならまだしも、結婚て。


 何段階すっ飛ばしてのゴールインだよ。


 これから一年間、もしくは、リーシャが諦めてくれるまでずっと今日みたいな慌ただしい展開になったら、高確率で体か心のどっちかを病みそうだ。


 いやもしかしたら病む前にハーティに殺されるかも。


 どうしてこの歳で結婚と殺人の恐怖に怯えなきゃならないのかと、春輝は心底うんざりして俯き、


「……あー、しくったー」


 腕に抱えた荷物に視線を落とした際に、タオルを忘れたことに気が付いた。


 やっぱり疲れてるんだなー、と実感して、くるりと振り返り来た道を戻る。


 部屋のドアを開けると、もう明かりが灯っていた。


 つまりあの二人は無事にここから抜け出たということか。


 慣れた部屋の見慣れた光景に安心して、何となく鼻歌混じりに、春輝は洗面所のドアを開けて……




 シャツを脱ぎかけた状態の倉木と、バッチリ目が合った。




 硬直したように動かないルームメイトに、春輝は空いた左手を軽く上げて、


「悪い、そこのタオル取ってくれるか?」


「……」


 頼んでみるけど、反応なし。


 若干、唇が震えているようにも見えるけど、どうしたんだろうか。


 季節的に寒いってことはなさそうだけど。


 そんな感想を抱いて首を傾げ……不意に、春輝は倉木が妙な物を着ていることに気が付いた。


 制服の立て襟シャツのボタンが外されていて前が開いている状態だけど、裸ではなくて、アンダーシャツとも違う白い生地が覗いていた。


 一瞬、包帯か何かと思ったけど、すぐに違うと気付く。


 胸から肋骨の下辺りまで、ぐるぐると巻いているあれは、たぶんサラシだ。


 ヤクザ映画で見たことがある。


 へー、と感嘆の声を漏らした後、春輝は笑みを浮かべた。


「随分と変わったことしてんだな。

 あれか、緊急時に止血出来るようにか?

 でも……」


『でもそれだとまず服を脱がなきゃいけないから対処が遅れそうだよな』


 と続けようとした瞬間、倉木がぶるぶると肩を震わせながらシャツを寄せて前を隠し、


「お前はプライバシーって言葉の意味を百回調べて来い!」


 鼓膜が破れそうな大音量で、怒られた。


 その声に押されて、取る物も取れず慌てて洗面所から出た春輝は、頭の中で辞書を広げる。


 プライバシーの欄には、


『私生活、個人の秘密。

 土足厳禁、無断侵入不許可』。


「いやでも、男同士なんだからそこまで怒らんでも」


 ぼそっと反論した直後、何か投げつけたのか洗面所のドアが大きな音を立てたので、春輝はダッシュでその場から逃げ出した。




 まあ、当然というか、なんというか。


 それから一週間、倉木の機嫌は最悪の最低で、春輝は二人の時間をとても気まずい思いをしながら過ごすことになった。


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