六話・11
力尽くで撥ね除けようとすれば出来る、はずなのに、体は見事に硬直したまま動かない。
心臓は馬鹿みたいに跳ねていてエンジンは問題ないはずだから、欠陥があるとしたら脳の方だ。
催眠術にかかったらこうなるんじゃないかっていうくらい、見事に司令部と末端のリンクが切れているらしい。
いよいよ逃げ場が無くなって、春輝はもう駄目だとギュッと目を瞑り……
何の前触れもなく、ガラスがぶち割れたような破砕音が響き渡った。
「なっ、何だっ?!」
唐突で予測外の騒音に、春輝は慌てて身を起こした。
咄嗟のことで、勝手に体が動いた。
おかげでリーシャに組み敷かれるという絶妙のポジションから抜け出せて、結果的にあの音に救われたことになる。
けど、今の音は尋常じゃない。
リーシャのことはひとまず意識の外に置いておく。
見れば確かに窓ガラスが割れていて、無惨にひしゃげた窓枠がぶらぶらと揺れていた。
そして窓の下、蹲るようにしていた人影が、ゆっくりと立ち上がって……
「あ……だ、倉木?」
制服姿のルームメイトが侵入者という意味不明な事態に、春輝は錯乱しそうになる頭を左手で押さえ、
「何やってんだよお前?!
窓を破って入って来るなんて、正気かっ?」
「正気かどうか聞きたいのは僕の方だ。
ドアに細工をして開けられないようにするなんて、随分と凝った嫌がらせをする。
理由はキッチリ……」
衝撃の事実を語る倉木の口が、妙なところで止まった。
どうしてだろうと、春輝は暗くてやや見えにくい倉木の様子を窺いその視線が、自分ではなく違う人物を捉えていることに気付いた。
「……まさか……二年の、リーシャ・カティア……?!」
愕然とした呟きの通り、視線の先にいるのは裸のまま呆然と座るリーシャで、
事態が重大かつねじくり曲がった展開になったことに、春輝はそこで気付けた。
どうして自分が結婚だの殺されるだのという話になった?
原因はただ一つ、彼女の肌を見てしまったからだよな?
なら、この場合、どうなるんだ?
これは、この展開は……
「申し訳ありませんお嬢様!
正面は完全に封鎖していたのですがまさか窓を破って侵入するとは微塵にも思ってもいませんでした、このハーティの不始末です!」
叫ぶようにして慌ただしく入って来たのは当然ハーティで、暗がりでも難無く状況を見て取れたらしく、「ああっ!」と天を仰ぐような仕種をした。
姿が見えないと思っていたら、やっぱりこいつが色々と動いていたのか。
段々と事態が飲み込めてきて、春輝はやれやれとベッドから立ち上がる。
ついでにシーツを引っ張り、それを身に纏う物のないリーシャにかけてやろうとして、
「ん?」
彼女の姿がベッドの上にいないことに気が付いた。
さして広くない部屋だから隠れられるような場所も少ない。
暗くて視界は利きにくいけど、それでも動くものがあればすぐに分かる。
だから視界の中で黒い影が立ち上がるのを見た春輝は、その人物にシーツを渡そうとして、固まった。
リーシャの手には大きなガラス片があって、尖った先端を逆さに持った彼女はそれを自分の喉元へ……って、
「……おおおおおおおおっ!?」
迷い無く自身の喉を突き破ろうとするその手を、春輝はすんでのところで掴まえた。
ガラス片の先端は、リーシャの細く柔らかな喉に触れるか触れないかの所で停止。
ギリ。
超ギリギリだ。
本気で危なかった。
もう少しで血の川が流れてスプラッタなことになるところだった。
「な、なっ……何をしてんだあんたはっ?!」
膝が震えそうなくらいのストレスに春輝が怒鳴ると、リーシャはふるふると首を横に振る。
哀しそうな目をしていて、まるでこっちが悪いみたいだよこん畜生。
こっちに訊いても無駄だと瞬時に判断し、春輝はターゲットをハーティに変更。
「おい侍女っ、説明しながらこの人止めろ!
主人が勝手にピンチだぞおい!」
「ああ、お労しいですがご立派ですお嬢様!
覚悟の程はお見受け致しました、最後まで側に仕え見届けた後には、このハーティも後を追いますので寂しくはありませんよ!」
「いや止めろよっ?!
何なんだこれは、説明、説明しろって!」
感涙の涙を流しだした侍女に激しく要求すると、ハーティはそっとハンカチを取り出して目元に当てて、
「アーフラム教の戒律では婚前交渉を許しておりますが、添い遂げるお相手以外の男性に素肌を晒すことは不貞とみなされ重罪に当たります。
一言で言えば、死罪です」
「お、ま、マジか?!」
思わず聞き直すが、確認なんて取るまでもないのは理解している。
いまいち考えていることが分からないお嬢様だけど、一切の躊躇無く自決しようとしたのは今見た通りだ。
もう何なんだ、こいつらは。
殺されそうになったり結婚させられそうになったり、かと思えば夜這いしかけられて、挙げ句には目の前で自殺て。
一日でどれだけ盛り沢山なデンジャラスハプニングを提供してくれるつもりなんだ。
こうなったらこの主従コンビは当てにしない。
頼りになりそうなのは、後は、
「倉木っ、何とかしろ!
いやお願いだから何とかしてくれ!」
いつも万能っぷりを披露してくれるルームメイトに振ると、倉木は見るから狼狽して、
「ぼ、僕がか?
何で僕に……」
「お前しか頼れるのがいないからだよ!
つーかマジで早くっ!
うわあんた手に力入れんなガラスで切れるぞ?!」
ちょっと目を離すと自決続行しようとするリーシャを傷つけないようにするだけで春輝は手一杯で、他のことに気を回していられない。
だから倉木に頼むしかないのに、この事態のヤバさはあいつも分かっているはずなのに、何故か躊躇するような、迷うような素振りをして……
そうこうしていると、リーシャは閉じていた口を開いた。
何か喋るのか思ったのも束の間、遠慮がちに舌を出して、そのまま……
「うおぁっ、ちょっと待ったそれは待てっ!」
何をする気なのか悟った瞬間、春輝は空いていた左手をリーシャの口の中に突っ込んだ。
人差し指と中指に激痛が走って、その痛みで危険度が分かる。
今のも、邪魔していなければ舌を噛み切れていたはずだ。
うかうか気を休めることも出来ず、しかも見上げてくるリーシャの目は無垢にこっちの行動を非難していて、まるで自分が悪いことをしたみたいな錯覚がある。
その目に見られるのに耐えきれなくなり、春輝は再度倉木へと視線を走らせ、




