春と夏
いつもの朝だった
風も 波も 変わらない
荷を積む 数を確認する
「行くで」
渚が言う あゆみは頷く
船を出す
最初の島へ行く
「来たで!」
声をかける 買い物が始まる
流れは 止まらない
名前を呼ぶ 袋を渡す
「最近 よう来るな」
誰かが言う
「週二回やからな」
別の声が返す それが普通になっている
次の島へ向かう
海は穏やかだった
船の音だけがある
「増えたな」
渚が言う
「はい」
あゆみが答える 何がとは言わない
でも 分かっている
次の島
港に人が立っている
もう 待つことに慣れている
船が着く
人が少し増えている 初めて見る顔もある
「紹介できたんや」
客が言う
「そうですか またよろしく」
あゆみが答える
広がっている それで十分だった
袋を渡す 受け取る
その重さが 少し変わる
それが全部だった
港に戻る
時間通り
何も問題ない それでいい
あゆみは 海を見る
いつもの景色
でも
少しだけ 広がっている それで続いていく
夜の事務所は 静かだった
灯りは一つだけ点いている
あゆみは 机に座っている
帳簿を開く ペンを持つ
日付を書く 今日の分
数字を入れる
数量 売上
一つずつ 埋めていく
音は紙の上だけだった
ページをめくる
少し前の記録が並ぶ
同じような数字
でも違う 増えとるな
小さく思う
最初の頃のページを見る
数字が 少ない ばらつきもある
空いている欄もある
あのころは
一瞬 手が止まる
名前を間違えた日
渡し忘れそうになった日
上手く回らなかった日
少しだけ 思い出す
今は違う
ペンは止まらない 自然に動く
数字が揃う
今日のページが埋まる
帳簿を閉じる
それで終わり
でも
それだけではない
数字の後ろに 顔が浮かぶ
島の人
声
やり取り
それが一緒に残っている
あゆみは 椅子から立つ
窓の外を見る
外は暗い
港の灯りが 少しだけ見える
船が静かに揺れている
明日も出る
同じ様に でも
同じではない
少しずつ 積み重なっている
以前ならもっと遠くを見ようとしていた
気がする
でも今は目の前で必要としてくれる人が
いることの方が 不思議と嬉しかった
あゆみは電気を消す
部屋が暗くなる 扉を閉める
足音が 廊下に響く
それも 直ぐに消える
夜だった
仕事は終わっている
でも 続いている
春になった
朝の空気が少しだけ柔らかくなっていた
風はまだ冷たい
でも どこかが違う
「来たで」
渚が言う
「おはようございます」
声が前よりしっかりしている
あの 後輩だった
あゆみは 少しだけ頷く
「おはよう」
短く返す
山中が 後ろから見る
「今日からや」
それだけ言う
三口汐里は 深く頭を下げる
少しだけ間
あゆみが 手を動かす
「これ 持って」
箱を渡す
「はい!」
受け取る
前より しっかりしている
船に乗る
港を出る
いつもの海
でも
少しだけ違う
最初の島に着く
「来たで」
声がかかる
あゆみは 横に立つ
「任せるで」
短く言う
汐里が前に出る
「お待たせしました」
少しだけ緊張している
でも 手は動いている
名前を呼ぶ
袋を渡す
流れは 止まらない
あゆみは 少し後ろで見る
口は出さない
必要な時だけ 手を出す
それだけで足りていた
次の島
同じ流れ
でも 前とは違う
あゆみは 前に出ない
後輩が回す
少しだけ遅い
でも崩れない
渚が後ろで見る
「ええやん」
ぽつりと言う
それだけだった
港に戻る
荷を下ろす
汐里が 少しだけ息を吐く
「どうや」
あゆみが聞く
「前より 少しだけ 行けました」
正直な言葉
あゆみは頷く
「そうやな」
それだけ言う
事務所に入る
山中さんが座っている
「どうや」
「回せてます」
あゆみが言う
山中さんは 頷く
「そろそろやな」
短く言う
外に出る
港の端
もう一隻 船がある
新しい船だった
まだ 動いていない
でも 準備は出来ている
「使うか」
渚が言う
「使います」
あゆみが答える
山中が 後ろから言う
「補助も出た」
「条件も付いとる」
淡々とした声
「回せるか」
問いではない
確認だった
あゆみは 少しだけ間を置く
「回します」
はっきり言う
渚が 軽く頷く
後輩が その様子を見る
少しだけ表情が変わる
次に進む空気だった
海は 変わらない
でも
動くものは増えていた
夏の手前
風は 少し湿っている
朝の港に 船が二隻並んでいる
「分けるで」
渚が言う
「はい」
あゆみは頷く
横には 後輩が立っている
前とは違う位置だった
「こっちは任せる」
あゆみが言う
「はい」
短い返事 迷いは少ない
荷を積む 其々の船に
ルートが分かれている
増えた島の分 新しい地図だった
船を出す
二隻が 少しづつ時間をずらして動く
同じ海に 別に進む
スケジュールは夏になって変わったが
行きなれたルート
陽の光が強くなる 水面が白く跳ねる
大喜波島南港へ
いつもの人たちが いつもの時間に
待ってくれている
そして
あゆみの船は 奥待港へ向かう
水曜日土曜日に追加された
あの場所
以前 行けなかった港
少しだけ距離がある
波は 穏やかだった
港が見える
小さい
でも 人が数人立っている
予想より 少し多い
顔を見渡す 知らない顔もある
持っている
船が近づく 寄せる
ロープを渡す
岸に片足をかける
地面の感触が 少し違う
固くない
一瞬だけ 止まる
あの日のことが 浮かぶ
「この先に 来てくれんか」
あの声
あゆみは息を一つ吐く
前を見る
声に出す
その人が そこにいる
目が合う
少しだけ頷く
「来たな」
短い言葉
「来ました」
あゆみが答える
それで十分だった
同じ様に待っている袋を持っている
買い物が始まる
流れは 他の島と同じ
でも 少しだけ違う
軽かったはずのものが
それがこれから 変わる
一人が前に出る
あの日 話をした人だ
目が合う
少しだけ間がある
言葉はない でも 通じている
あゆみは 一歩進む
「お待たせしました」
もう一度言う
今度は少しだけ違う
その人が頷く
「来たな」
同じ言葉 でも前とは違う
「来ました」
その後ろで 別の声
「これ 何処に並べたらええ」
誰かが聞く
「ここでええ」
自然に流れが出来る
あゆみは 荷を降ろす
並べる まだ整っていない
でも形になる 一人が袋を差し出す
「これ 頼む」
その手が少しだけ震えている
あゆみがそれを受け取る
「はい」
短く答える
袋を渡す
重さが変わる 少しずつ重くなる
其の変化を手で感じる
それだけで十分だった 始まりだった
後ろを見る
港の先
さらに奥がある
まだ 全部ではない
でも ここまで来た
あゆみはもう一度前を見る
人がいる
待っていた場所
それが動き始めている
夕方
港に戻る
二隻が戻って来る
時間は 少しずれている
でも 両方とも回っている
「どうや」
山中さんが聞く
「回りました」
渚が答える
「こっちもです」
あゆみが言う
山中さんは 頷く
「ええ」
それだけだった
荷を下ろす
静かになる
あゆみは 海の方を見る
さっき行った港
さらに先にも まだある
全部には 届いていない
でも
少しずつ 広がっている
それでいい
渚が 横に立つ
「増えたな」
「はい」
短く答える
「大丈夫か」
ふと 聞かれる
あゆみは 少しだけ考える
船
人
島
全部が 頭に浮かぶ
「大丈夫です」
はっきり言う
渚は 頷く
それで終わる
夕方の光が 海に落ちる
波はそれを崩して また 広げる
船も同じ
ただ
少しだけ 増えている
線が伸びている
明日も出る
海は 何も変わらない
それでも 毎日違う顔をしている
同じ様でも 同じではない
必要なものを 必要な場所へ
それが続いていく
静かに 途切れずに
港は朝の光に包まれていた
潮の匂いとエンジンの振動
いつもと同じ 出航前の時間
あゆみは自分で考え自分で動く
指示はもう必要ない
荷を積み終える
様子を見に外に出ていた
山中に声をかけた
「昨日 県の人が来てましたよね」
あゆみは何げなく言った
「ああ」
「何かあったんですか?」
山中は少しだけ間を置いた
「……別の地域の話だ」
それだけ言って 海の先をみた
暫く 風の音が続く
「どちらかへ 行かれるんですか」
問いと言うより 確かめるような声だった
山中は直ぐには答えなかった
「決まってるわけではない」
ようやくそう言った
「ただ……似たような場所は
何処にでもある」
山奥にもある この海沿いでもある
そして まだ届いていない場所がある
「ここは大丈夫ですよ」
その言葉に山中はわずかに目を細めた
「そうか」
それ以上は 何も言わない
「そろそろ 出航しないと遅れるぞ」
山中は声をかける
海の駅の駐車場に県の車が停まっている
見慣れたスーツの男がこちらを見ている
山中はそれに気づいていたが
最後の荷物を載せるのを手伝っていた
全て終えてから ようやく視線を向ける
男は軽く会釈した
それ以上は何も言わない
山中も 何も言わなかった
ただ 一度だけ頷いた
そのやりとりを あゆみは見ていた
意味は分かる 全部ではないが十分に
「行ってくださいよ」
あゆみはふと言った
山中は振り返る
「必要なら」
あゆみは言う
「ここは大丈夫です 回せます」
風が少し強くなる
旗がはためく
山中は少しだけ空を見た
そして船を見る
「……その時はな」
それ以上は言葉にならなかった
出航の時間になった
あゆみはいつも通り出発する
人は動き続ける 灯りは消えない
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