表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯りを運ぶ人ー山から海ー  作者: 堺大和
潮目の波間
PR
75/83

止まった時間

午前九時前

海の駅 戸倉を出る

山中幸一の運転する軽トラックは 

西へ向かっていた

港沿いの道を抜け少し山側へ入る

道幅は広くない

海が見えたり 見えなくなったりする

カーブを曲がるたびに景色は変わる

助手席には書類の入った封筒

その上に 古いパンフレットが置かれていた


「道の駅奥崎」


色褪せた表紙

橋を背景に にぎわう売店と駐車場の写真が

載っている

今よりずっと前のものだ

私は信号待ちで それを少し見る

笑っている家族連れ

海鮮丼 

みかん

橋の開通記念イベント

……時代が違うな…… 小さく思う

車を走らせる

海沿いの道へ戻ると 遠くに橋が見え始めた


白い橋脚

奥崎大橋

戸倉島と沖崎島を繋ぐ橋

島の生活道であり 観光道路でもある

橋の手前に 大きな建物が見えてくる

駐車場 

低い平屋

色褪せた看板


「道の駅奥崎」


文字だけは まだ残っていた

私は車を駐車場へ入れる

広い

だが 車は二台しか停まっていない

一台は工事関係者らしい軽トラ

もう一台は地元の高齢者らしい小型車

エンジンを切る

急に静かになる

波の音だけが少し聞こえる

外へ出る

風が吹く

海の匂いが混じっている

建物を見る

ガラスは残っている

割れてはいない

ただ 閉まっている

入り口に張り紙


「当面の間 休業します」


一年前の日付だった

端が少し剥がれている

私は建物の周りを歩く

雑草が増えている

駐車場の端は白線が見えなくなりかけていた

自動販売機の電源が落ちている

ポスターだけが色褪せて残っている

地元の祭り

牡蠣祭り

全部去年より前で止まっていた


裏手へ回る

小さな搬入口

錆びた台車

空のコンテナ

海の駅戸倉ほど 魚の匂いはしない

代りに 止まった建物の匂いがした

私は少し離れて 全体を見る

場所は悪くない

橋のたもと

海も見える

駐車場も広い

だが

車が止まらない

橋を渡る車は見える

数は少なくはない

それでも そのまま通りすぎていく

止まらない

私はその流れを見る

海の駅戸倉とは違う

海の駅は 必要だから来る

ここは違う


止まる理由が無い


それが最初の印象だった

風がまた吹く

橋の上をトラックが走る音がする

建物の看板が小さく軋んだ

私はポケットから鍵を取り出す

役場から預かった鍵

少し重い

入り口の前に立つ 鍵穴に差し込む

ゆっくり回す 乾いた音がした

停まっていた場所が 少しだけ動き始める



道の駅奥崎の鍵を閉めた後

私は駐車場に立ったまま橋を見ていた

奥崎大橋を車が渡っていく

止まらない

工事区間の片側交互通行で少し流れは鈍る

それでも みんなそのまま抜けていく

白い橋脚の向こうに沖崎島が見える

海は穏やかだった


建物だけ見ても分からんな


私は小さく息を吐く

現場は 数字だけでは動いていない

人がどう思っているか

そこを聞かないと始まらない

車を走らせる

橋の手前から少し下ったところに

小さな商店街の名残のような通りがあった

古い建物

閉まったシャッター

郵便局

漁具店

その中に 小さな理髪店が見える


とこや タナベ


回転灯は回っていない

だが 入り口は開いていた

私は車を停め中へ入る

カランカランカラン 鳴る

古い整髪料の匂いがした

椅子が二つ

壁のカレンダーは先月のままだ

「いらっしゃい」

奥から年配の男が出てくる

六十代後半ぐらい

黒い作業着のような上着を着ていた

「散髪 できますか?」

「ええよ 今日は暇じゃけえ」

私は椅子に座る

布を掛けられる

鏡の中で店主が私を見る

「観光か?」

「いえ 仕事です」

「橋の工事関係?」

「道の駅奥崎の方を少し」

店主の手が少し止まる

「ああ あ」

短い声だった

ハサミの音が始まる

「止まったまんまじゃろ」

「一年ほどですね」

「もっと長う感じるわ」

私は 鏡越しに店主を見る

怒っているわけでも無い

ただ 諦めに近い

「昔は人 多かったんですか?」

「橋が出来た頃はな」

少し笑う

「みんな橋渡る前に寄った 珍しかったけえ」

ハサミが動く

「海鮮丼やら みかんやら 土産やらな

休日は駐車場も入れんかった」

「今は?」

「本土の方に行くが早い」

即答だった

「若いのは大型店行くし観光も減った

橋は珍しいもんじゃなくなった」

私は黙って聞く

「じゃあ 赤字で?」

「赤字だけじゃない」

店主は少し考える

「人がおらんようになったんよ」

その言葉が残る


店を出る

少し風が強くなっていた

通りの先に 小さな雑貨屋が見える

ガラスケースに駄菓子が並んでいる

今では珍しい店だった

私は中に入る

鈴が鳴る

「こんにちはー」

奥から高齢の女性が出てくる

「何かお探し?」

「ちょっと 話を聞きたくて」

女性は直ぐに察したように頷いた」

「ああ 道の駅の?」

「はい」

「役場の人?」

「まあ そんな感じです」

女性は笑う

「最近 ちらほら来るね」

棚には 子供向けの菓子と一緒に

軍手や乾電池も並んでいる

生活の店だった

「前は 道の駅で買い物する人も

おったんよ」

「地元の人ですか?」

「そうそう 野菜置いたり 魚出したり」

「じゃあ 観光だけではなかったんですね」

「そりゃそうよ 島の人間は観光だけじゃ

生きていきられんけえ」

その言葉に私は少し頷く

「でも だんだん商品を置く人が

減ったんよ」

「売れないから?」

「売れないのもあるし……面倒なんよ」

女性は苦笑いする 

「年寄りばっかりになってな

朝持っていくのもしんどい」

現実だった


夕方前

最後にあったのは 以前道の駅奥崎で

働いていた女性だった

五十代半ば

今は近くの介護施設で働いている

海の見えるベンチで話をした

「閉めた理由ですか?」

女性は少し遠くを見る

「理由一つじゃないんです」

私は黙って待つ

「売り上げは減ってました

でも 完全に赤字ってほどでもなかった」

「じゃあ 何故」

「疲れたんですよ みんな」

静かな声だった

「人が減って シフトが回らなくなって 

イベントも減って 工事始まって」

「私もね 道の駅

嫌いで辞めたわけじゃないんです」

「でも 母の介護もあったし……」

「介護施設の方が 給料も安定してました」

橋を見る

「若い人は辞めていったし

残った人も年齢が上がった」

少し間が空く

「最後は閉めるというより

続けられなくなった感じでした」

私は橋を見る

工事の車両がゆっくり動いている

止まった場所

だが完全に終わったわけではない

そんな空気がまだ少しだけ残っていた



午後一時

戸倉島の支所二階 小さな会議室

窓の外には港が見える

海の家戸倉へ出入りする軽トラックが

小さく動いていた

私は資料を机に並べる

道の駅奥崎の現地写真

利用台数

橋の交通量

過去の売り上げの推移

そして 空白の多い運営計画案

まだ途中だった

部屋には既に数人集まっている

市の地域振興課

県の道路整備担当

観光関係者

港湾関係者

そして 以前道の駅奥崎に関わっていた

第三セクター職員

人数は多くない

だが 空気は軽くなかった

「じゃあ 始めましょうか」


市の担当者が口を開く

「先日 

県の方にも現地確認していただきましたので

……現状整理から入ります」

資料がめくられる

紙の音だけが少し響く

「ご存知の通り

道の駅奥崎は休業から約一年です」

「建物自体の損傷は軽微

設備更新は必要ですが

大規模改修レベルではありません」

県職員が頷く

「ただし」

言葉が少し止まる

「現状のまま再開しても

以前と同じ形では厳しいという認識です」

誰も反論しない

分かっている話だった

私は資料を見る

売上グラフ

橋開通直後がピーク

その後 少しずつ下がり続けている

コロナ期でさらに落ちる

最後の一年は ほぼ横ばいだった

横ばい……

つまり回復していない


「観光需要だけ見るなら 難しいです」


観光協会の担当者が言う

「正直 本土方面に流れる人が多いですし

フェリー利用もあります」

「橋を渡るだけの車も多いですね」

県職員も続ける

「工事の影響もあります 

耐震補強工事で 片側交互通行が長いので

停車意欲が下がっています」

私は黙って聞いていた

否定材料は幾らでも出る

だが それだけなら会議は必要ない


「ただ」


別の声が入る

年配の港湾担当だった

「無くしてええ場所かと言われると

また別なんですよ」

少し空気が変わる

「橋が止まった時 

あそこ使いましたからね」

「備蓄も置けるし 車両も集めやすい」

「工事関係者も 今は休憩場所に困っとる」

現実的な話だった


「あと」


私は初めて口を開く

全員の視線が少し集まる

「地元の人間は まだ完全に終わった場所

と思ってません」

資料を閉じる

「雑貨屋も理髪店も 元従業員も

もう要らない場所とは言わなかったです」

「ただ 前の形では続かないと

言っていました」

静かな声だった

県職員が腕を組む

「山中さんは どう考えますか?」

少し間が空く

私は 窓の外を見る

海の駅戸倉の車が見える

荷物を積んでいる

人が動いている


「観光施設として立て直すのは

難しいと思っています」

正直に言う


「ただ 物流の生活拠点としてなら

まだ可能性はあります」

会議室が静かになる


「海の駅戸倉と連携出来ます」

資料を一枚出す


「島の小規模農家の集荷 漁協との受け渡し

工事車両向け休憩 高齢者向け配送拠点」

「あと 防災備蓄」

県職員が少し顔を上げる

「道の駅単体では厳しいです

でも 島の流れを繋ぐ場所としてなら

残せる可能性があります」

誰も直ぐには喋らない

否定も無かった

それが少しだけ 現実だった

市の担当者が小さく頷く

「……利益より 維持ですね」

山中は頷く

「はい」

短く答える

窓の外では

海の駅の軽トラックがまた動いていた

止まっている場所と 動いてる場所

その両方を抱えることになる

私は 何となくそれを理解し始めていた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ