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灯りを運ぶ人ー山から海ー  作者: 堺大和
潮目の波間
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72/83

水産祭り…二

島を廻って帰ってきた後

忙しかった

量が違っていた

牡蠣

いつもの倍

網に乗せる数も 重さも違う

「まだ あるで」

渚が言う

あゆみは 手を止めずに頷く

殻付きのまま 水で流す

冷たい

指の感覚が 少しずつ鈍る

でも 止めない

「これ 全部出すんですか」

「出す」

短い返事

水産祭りの準備だった

海の駅の裏手では

別の作業も動いている

テント

人の数も 少し多い


「足りるか」

山中が言う


「ギリギリやな」

渚が答える

余裕はない

あゆみは 次の箱を開ける

牡蠣が並んでいる

そのままでは 出せない

選ぶ

分ける

手が止まらない


休憩


一度手を止める

だが 完全には止まらない

「まだまだあるで」

渚が言う

あゆみは 少しだけ笑う

「分かってます」


魚の準備も始める

刺身用

焼き用

種類が増える

扱いも変わる

包丁を持つ

滑らせる

切る

氷の上に並べる

冷たさが 別の種類になる


「これ どれくらいでる?」

あゆみが聞く


「分からん」

渚が答える


「来る時は 一気に来る」

それだけだった

外を見る

空は 少し曇ってる


「天気持つかな……」

あゆみは 小さく呟く


山中が 外で話している

「明日は人が増える」

「足らん分は出せん」

はっきり言っている

線を引いている

それが必要だった


炭が運ばれる

焼き場の位置が決まる

導線も 決める


「ここ 詰まるな」

あゆみが言う


「少し広げるか」

渚が動かす

少しだけ変わる

人が通れる幅になる

細かい調整が続く

日が落ちる

灯りがつく

準備は まだ終わらない

最後に 牡蠣を見る

並んでいる

数は 十分

でも

足りるとは限らん

あゆみは そう思う

手を洗う

水が冷たい

指の感覚が 戻って来る

渚が 横に立つ

「明日やな」

「ですね」

短い会話

山中が 少し離れてみている

「無理はするな」

それだけ言う

あゆみは 頷く

分かっている

でも

無理は 少しする

そういう日だった

海の駅は いつもより静かに見えた

その分

明日が 近かった


まだ 人はいなかった

港は いつもの朝と同じ顔をしている

風の音

ロープはわずかに軋む

それだけだった

点とは まだ畳まれている

机も かさねられたまま

炭は黒いまま動かない

海は静かだった

昨日と変わらない

今日が 特別な日だとは思えない

あゆみは 焼き場の前に立つ

何もない網を見る

手を伸ばす

まだ冷たい

指先だけが 少し動く

奥で 誰かが資材を運ぶ音がする

小さな音

それが少しずつ増えていく

人が来る時間

動き出す前の場所

ここから 変わる

その前の 静けさだった

点とは まだたたまれている

朝の港は 既に人で満ちていた

会場にはずらりとブースが並ぶ

瀬戸内海の美味しいものが集合する


白いテントの下

其々に 違う匂いが立っている

最初に目に入るのは 

しらす丼のブースだった

大きな桶に 

白いしらすが山のように盛られている

つやがある

光を受けて 少しだけ透ける

「しらす丼 直ぐに出せます!」

声が出る

白いご飯の上に 

擦らすを山のようにたっぷりと乗せる

刻み海苔

少しの醤油

「はい 一つ!」

手際がいい

客が受け取る

「これ ええな」

受け取った客がそのまま口に運ぶ

柔らかい

「美味いな」

素直な声

あゆみは その動きを一瞬見る


次に 強い匂いが流れてくる

タコ天のブースだった

油の音が はっきり聞こえる

大ぶりのタコに衣をつけて

油の中で跳ねる

じゅわ と音が広がる

油が弾ける 

揚げ上がる

金色に変わる

「揚げたてやで!」

紙袋にいれて渡す

客が 少し歩きながら食べる

歯ごたえがある

「熱い……でも うまいな!」

笑い声が上がる


さらに奥

煙が上がっている

炭火の前に人が集まっている

サザエのツボ焼きのブースだった

網の上に殻のまま並べられている

中から ぐつぐつと音がする

醤油が垂れる

火に落ちる

「そろそろやろ」

香ばしい匂いが 一気に広がる

「今ちょうどええで」

殻ごと 手渡される

串で引き抜く

そのまま 渡す

「これこれ」

常連らしき客が頷く

身が つやを待って出てくる

その様子に 人が集まる


そして あゆみの前

一番人が多いのは 

牡蠣のブースだった

いくつも分かれている

蒸し牡蠣

焼き牡蠣

牡蠣フライ

其々違う鉄が出来ている


蒸し牡蠣のブース

大きな鍋から 白い湯気が立つ

蓋を開ける

白い蒸気が一気に広がる

中には殻付きの牡蠣

ふっくらと 膨らんでいる

「蒸しあがったで!」

「こっちもいけるで!」

さらに乗せる

そのまま渡す


焼き牡蠣ブース

炭の上で 殻が弾ける

ぱち と音がする

殻が開く

中から 汁が溢れる

「焼きあがりです!」

皿に乗せる

香りが 強い

あゆみは その前に立っている

焼く

開ける

出す

止まらない


牡蠣フライのブース

油の中で衣が膨らむ

きつね色になる

上げる

油を切る

皿に並べる

横に タルタルソース

「フライできたで!」

客が受け取る

客が一口

中から熱が出る

「熱っ……でも うまい」

笑いが出る


其々のブースが

別のリズムで動いている

違う音

違う匂い

全部が重なっている 一つに混じる

あゆみは 焼き場で手を動かしながら

それを感じていた

人が集まる理由が そこにあった

ここだけ 少し違う場所だった

海の駅が 広がっている

そんな空気だった


並ぶ列

其々の手に 違うものがある



あゆみは 牡蠣を開ける

殻が パチっと開く

中のみは ふっくらしている

汁が 光っている

「はい 熱いんで気をつけて」

皿に乗せて渡す

「何処の牡蠣?」

客が聞く

「この近くのです」

あゆみが答える

「ええな こういうの」

覗きながら食べる

その顔で 十分だった


ふと 見覚えのある顔が並ぶ

「来とるやん」

何時も見かける潮見島の漁師さんがいた

「いらっしゃい」

笑う

「何にします」

「全部やな」

冗談のように言う

でも 皿をいくつも取っていく


その後ろにも別の見覚えのある顔

少しだけ戸惑っている

「こういう日もあるんですよ」

あゆみが言う

「ええな」

焼き牡蠣を受け取る 静かに食べている

少しだけ表情が緩む


新崎島の家族ずれを見かける

「これ何?」

「牡蠣です」

「熱い?」

「すこし熱いですよ」

ふうと息を吹きかける

一口

「美味しい!」

その声が周りに広がる


遠瀬島からも来ている

人込みの中 静かに並ぶ

「よう きました」

「たまにはな」

短いやり取り

来てくれるだけでもありがたい


横では 別のブースが声を上げている

「取れたての魚やで」

「刺身盛り 今切っとる!」

包丁の音が混ざる

さらに奥では 揚げ物の音

油がはねる

海老

こいわし

金色に上がる

「これ 揚げたてやで!」

紙袋に入れて渡す

客が歩きながら食べる

「美味いな!」

声が上がる


会場の奥では 別のブースが

牡蠣ご飯

味噌汁

湯気が立つ

「これも ええで」

声が飛ぶ

人が流れる

全てが動いている


昼を過ぎ

さらに人が増える

「追加あるか!」

「まだあります!」

声が交差する

あゆみは 手を止めない

煙が一気に上がる

人が 詰まる

前に進まない

「こっち空いてるで!」

別の声が誘導する

流れが変わる

皿が一気に減る

焼く

開ける

出す

間に合っていない

でも止まらない

また焼く

汗が出る

冬なのに 息が熱い

炭の前だけ 季節が違う

時間が流れる


夕方

人の数が 少しずつ引いていく

煙も 薄くなる

さっきまでの音が少し遠くなる

最後の牡蠣を 網に乗せる

じゅう と音がする

それがやけに大きく聞こえる

あゆみはそれを見ている

最後の客に 皿を渡す

「美味かった」

短い言葉

それで終わる

火を落とす

炭が静かになる

あゆみは 大きく息を吐く


「終わりやな」

渚が言う


「終わりました」

あゆみが答える

人の流れが途切れる

さっきまでの音が急に消える

港に 少しずつ静けさが戻る

さっきまでの声が まだ残っている

あゆみは海を見る

昼に来た人たち

島の人

全部が ここに集まっていた

それが 少しだけ現実に戻る

冬の空気が 戻って来る


火を落とした後の炭は 赤を失っていた

煙はもう上がらない

空気が軽くなる

テントの布が わずかに揺れる

人の声は もうない

あれだけあったはずの足音も消えている

地面には 少しだけ跡が残っている

踏まれた土

こぼれた水

炭の灰

それが今日の名残だ

あゆみは 焼き場の前に立つ

手を伸ばす

もう熱はない

さっきまであったはずのものが

そこにはない

匂いだけが 少し残っている

牡蠣の匂い

魚の匂い

油の匂い

それが薄く混ざっている

遠くで 波の音がする

最初から あった音

それが 戻って来る

港は元に戻る


テントを片付ける

机を運ぶ

さっきまでの熱が 少しだけ残っている

「重いな」

誰かが言う

笑いが出る

疲れている

でも 空気は悪くない


海の駅の人

他の店の人

みんな同じ顔をしている

「ようやったな」

声がかかる

「ほんまやな」

短い言葉

それだけで十分だった

あゆみは手を止める

少しだけ周りを見る

昼に来ていた人たち

島の人

みんなが混じっていた


山中が 少し離れて立っている

「どうや」

「終わりました」

あゆみが言う

山中は 頷く

「ええ祭りやったな」

それだけだった

渚が横に来る

「疲れたな」

「ですね」

短く笑う

最後の荷物を運ぶ

全て片付く

港に 静けさが戻る

あゆみは 海を見る

人がいた場所

全部が 一度消える

それでも

完全に同じではない

今日の事が 少しだけ残っている

目には見えない形で

あゆみは 少しだけ息を吐く

冷たい空気が 戻って来る


人の声

匂い

それが少しだけ残っている

「お疲れさん」

声がかかる

「お疲れさまでした」

自然に返す

それで 終わる

静かな夜だった


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