表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯りを運ぶ人ー山から海ー  作者: 堺大和
潮目の波間
PR
70/83

みかん

土曜日の運行を終えて戻る頃には

空の色が変わっていた

冷たい空気の中に 少しだけ灯りが混じる

「ここからやな」

渚が言う あゆみは 軽く頷く

荷を下ろす 片付ける

そのまま 食事処に入る

中は既に人が多い

笑い声

グラスの音

忘年会の時期だった

「いらっしゃいませ」

あゆみが声を出す

席は ほとんど埋まっている

「追加 焼き牡蠣二つ!」

声が飛ぶ

「はい」

直ぐに動く

炭の上に 殻付きの牡蠣を並べる

じゅう と音がする

殻の中で 身がふくらむ

少しして 殻が開く

白い湯気が立ち上がる

海の匂いが 強くなる

殻を開ける

中の身は ふっくらしている

汁が 光っている

「熱いんで気をつけてください」

皿に乗せて出す

「美味そうやな」

客が言う

箸が伸びる

一口

「……ええな」

短い言葉

それで十分だった

あゆみは また戻る

「次 刺身盛り」

声がかかる

魚を切る

包丁が滑る

白身

赤身

皿に並べる

氷の上に置く

見た目も 冷たい

店の中は 少しづつ熱を帯びていく

「ビールもう一杯!」

「はい」

運ぶ

すれ違う

渚も 奥で動いている

言葉は少ない

でも 流れは止まらない

焼き台の前は 少し暑い

手が かじかまない

炭の音

油のはねる音

外の寒さとは 別の世界だった

「これ 何処の牡蠣?」

客に聞かれる

「この近くの海です」

あゆみが答える

「そうか……ええなあ」

ぽつりと言われる

あゆみは 少しだけ頷く

「ありがとうございます」

また 動く

皿を運ぶ

焼く

片付ける

時間が過ぎる

気付けば 客は少しずつ減っている

最後のテーブル

静かに飲んでいる

その背中を見ながら あゆみは一息つく

「終わりやな」

渚が言う

「ですね」

短い会話

火を落とす

炭が ゆっくりと弱くなる

外に出る

空気は 冷たい

さっきまでの熱が 少しだけ残っている


あゆみは 港の方を見る

昼に回った島 夜に来た人

繋がっている

形は違う

でも 同じ場所で 回っている

冬の夜は 静かだった


日曜日 

その日は 船は出なかった休日

朝の港は いつもより静かだった

「いくで」

渚が言う 向かうのは 

いつもは火曜日に回っている島だった

移住してきた人たちが みかんを作っている


小さな果樹園 斜面に橙色が広がっている

「すいません 手伝いに来ました」

あゆみが声をかける

「助かります」

笑って迎えられる

軍手を渡される

「こうやってな」

枝の付け根を指で押さえて 軽くひねる

みかんが 手の中に収まる

あゆみもやってみる

少しぎこちない

隣で 渚はもう手慣れた手つきで取っている

「早いですね」

「慣れや」

短く答える

籠に みかんが増えていく

風は冷たい でも 日差しはやわらかい

「今年はどうですか」

あゆみが聞く

「まあまあやね」

「去年よりはええ」

そんな会話が続く

途中で 一つ渡される

「食べてみて」

皮をむく 甘い匂いがする

一房 口に入れる

「……甘いですね」

「当たりや」

笑う

また 手を動かす

時間が ゆっくり流れる


昼前

一息つく

座って みかんを食べる

話しは 特別な事はない

天気

船の事

「来てくれると助かる」

ぽつりと言われる

あゆみは少しだけ頷く

「こちらも助かってます」

それで十分だった


午後

もう少しだけ手伝う

籠が一杯になる

「今日はこの辺で」

終わる

「ありがとうございました」

あゆみが頭を下げる

「こっちこそ」

軽く返される

「これ 持って帰り」

箱を渡される

みかんが ぎっしり入っている

「良いんですか」

「ええよ」

それ以上は言わなかった

船に戻る 船をだす

息とは違う景色が見える

港に戻る 箱を降ろす

「重いな」

渚が言う

「はい」

でも 少しだけ笑う

箱を事務所に運ぶ

山中さんが ちらっと見る

「なんやそれ」


「もらいました」

「手伝いの礼やて」

渚が言う

「みんなで持って帰って食べてください」

箱を開ける

みかんが ぎっしり入っている

「甘いで」

あゆみが言う

スタッフが 一つ取る

「ほんまやな」

少し笑いが出る 袋に分ける

「ありがとう」

短いやり取り

残りは 少しだけ事務所に置く


あゆみもいくつか持って帰る

帰る途中 一つ皮をむく

甘い匂いが広がる

口に入れる 同じ味だった

海の上で食べたのと変わらない

ただ 少しだけ静かだった

冬は近づいている


年末最後は

臨時運航で予約の品物だけ

運ぶことになっていた


荷が多い

ビール

「積み切れるか」

渚が言う


「ギリギリです」

あゆみは 箱を押し込む

予約の札がいくつも付いている


名前

数量


いつもより はっきりしている

「忘れるなよ」

「大丈夫です」

確認する

ひとつずつ

船を出す 冬の海は少し静かだった

最初の島に着く

既に人が集まっている

「来たで!」

声が上がる いつもより 少し多い

「これ 頼んどったやつ」

紙を渡される


あゆみは 箱を探す

「あります」

渡す

「助かるわ」

袋は 重い 餅が入っている

「これで 正月が越せる」

その一言だった

次々に人が来る

「ビール追加出来るか」

「少しなら」

数を見て 出す

余裕はない

でも 足りなくはさせない

予定より 少し長くなる

次へ向かう

どの島でも 同じだった

人が多い 買う量が多い

言葉も少し違う

「よいお年を」

彼方此方で聞こえる

あゆみも 返す

「よいお年を」

それが 何度も続く

移住者の多い島では 子供が手を振る

「また来年な」

少し明るい声

最遠の島では 静かに渡す

いつもの人が 餅を受け取る

「これでええ」

短い言葉

でも 足りている

高齢の島では 袋がさらに重い

「持つで」

あゆみが言う

「悪いな」

家まで運ぶ 玄関に置く

「これで大丈夫や」

安心した声

それが残る

島の南側の港では 人が少し多い

まとめて買う

「これで 暫くええ」

同じ言葉

でも 少し強い

全て終わる

船に戻る

荷は ほとんど残っていない

時計を見る 押している

でも

回り切った 港に戻る

夕方の光が 海に落ちていく

波が それを崩して また広げる

「終わりやな」

渚が言う

「終わりました」

荷を下ろす 静かになる

山中が出てくる

「どうや」

「全部回りました」

あゆみが言う

山中は 少しだけ頷く

「ほな ええ年越せるな」

それだけだった


あゆみは 港の方を見る

荷物を降ろした後の船は

少しだけ軽く揺れていた

港に残るのは潮の匂いだった

今日回った島

灯りが 少しずつ点いている

其々の場所で 正月を迎える

その準備を 運んだ

それだけの仕事

でも

それで 足りている

風は 冷たかった

年の終わりが そこまで来ていた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ