廻る
海の駅の事務所に
電話が入ったのは昼過ぎだった
「市役所です」
それだけで 空気が少し変わる
山中が受ける
「はい」
短いやり取り 内容は多くない
だが要点ははっきりしていた
「……分かりました」
電話を切る
暫く何も言わない
「来たな」
ぽつりと 山中が言う
あゆみと渚が 自然と視線を向ける
「市 前向きや」
その一言で 意味は伝わる
あゆみは 少しだけ息を止める
「ただし」
山中が続ける ここからが本題だった
「今のままではあかん」
短い言葉
あゆみは 頷く
想定はしていた
「四島 週二回では対象が限定的すぎる」
山中は 紙を一枚出す
市からの条件だった
「未対応の島も含めて
六島まで広げること」
「追加は 遠瀬島と大喜波島の南港や」
渚が 少しだけ目を細める
「……増えるな」
「その代わり」
山中が続ける
「六島に週二回ずつ運行を想定」
あゆみは紙を見る 今より日数が増える
単純ではない
「回数も増えるし 距離も伸びる」
渚が言う
「燃料も食う」
「その分は出す」
山中が言う
「補助は増額」
はっきりした条件だった
あゆみは少しだけ顔を上げる
「どれくらいですか?」
「燃料の一定割合」
「上限ありやが 今よりは出る」
現実的な線だった
「形式は」
山中は 少しだけ間を置く
「市の委託事業 もしくは実証事業」
言葉が変わる
ただの商売ではなくなる
「契約になる」
渚が 短く言う
「そうや」
山中が頷く
「運行は固定」
「曜日 時間 ルート」
「勝手に変えられへん」
あゆみは 静かに聞く
「天候以外での運休は原則不可」
「報告義務あり」
「利用実績 提出」
条件が並ぶ
紙の上では 整っている でも
現場では 重い
暫く 誰も話さない
外の音だけが聞こえる
「どうする」
山中が言う
今回は はっきりとした問いだった
渚が先に口を開く
「回せんことはない」
「でも 楽にはならん」
それも事実だった
あゆみは 紙をみたまま考える
島の名前が並んでいる
まだ行っていない場所
まだ届いていない人
広がるな…… そう思う
同時に
戻られへん とも思う
「……やります」
あゆみが言う
顔を上げる
「六島 回ります」
はっきりした 声だった
渚が 少しだけ見る
「分かっとるか」
「分かってます」
あゆみは答える
「今よりきつくなるのも」
「やめられへんのも」
言い切る
少しの間
渚は ゆっくり頷く
「ほな 回す」
それだけだった
山中は二人を見る 少しだけ 息を吐く
「受ける」
決める
「条件 全部飲む」
その一言で 終わった
紙の上の話しが 現実になる
あゆみは 机の上の資料を見る
増えた島
増えた回数
変わる流れ でも やると決めた
その先にあるものは まだ分からない
それでも
また同じ時間に
少し違う重さを乗せて 船は出る
島を巡るスケジュールは若干変更された
月曜の朝は 少しだけ重い
港に出ると 既に人が動いている
漁の準備 網の手入れ
「今日も行くんか」
「行きます」
船を出す
最初の潮見島は 音がある
この島は 今も漁で食べている
朝が早く 手が止まらない
仕事の匂いが まだ残っている島だった
二つ目の磯原島は 静かだった
建物は残っている
人は 少ない
この島は 昔は人が集まっていた
今は 看板だけがその名残を残している
色褪せた文字が 風が揺れる
月曜日は そういう日だった
火曜は少し慌ただしい
荷物を多めに積む
水
食料
「今日は遠いで」
船を出す
最初の新崎島は 少し新しい
この数年で 人が戻り始めた島だった
空き家に明かりが入るようになった
子供の声がする
「こんにちは」
あゆみが声を返す
二つ目は 遠瀬島
昔から 遠いといわれてきた島だった
風と波で 時間が変わる
着くと待っている人がいる
「来たな」
それだけで 十分だった
火曜は 距離を感じる日だった
水曜は 少し落ち着く
いつもの顔が多い
この松灯島は 高齢の人が多い
買い物の時間が そのまま会話になる
「来たで」
声をかける前に 集まっている
あゆみは 名前を覚え始めていた
二つ目の大喜波島は 少し歪みがある
北側には店がある 南側には ない
同じ島でも 違う顔をしている
水曜日は 隙間を埋める日だった
木曜
また 月曜と同じルート
でも同じではない
漁の島 潮見島では少しだけ動きが鈍い
「減ったな」
渚が言う
次の島磯原島ではさらに静かになる
この島は昔は賑やかだった時期もある
その後 皆都会に出て人は戻らなかった
理由は 誰も口にしない
木曜日は 変化を見る日だった
金曜
再び 遠いルート
体に 少しだけ疲れが残っている
新崎島の子供が増えてる
手を振ってくれる人も多い
少しずつ 人が増えている
遠瀬島では 同じ顔が待っている
変わらないことが ここでは意味を持つ
土曜
少しだけ 空気が違う
人が多い
この島では 週のまとめ買いがある
松灯島では 袋が重くなる
大喜波島は 南側は不便だ
港へ着く前から岸壁には
数人の姿が見えていた
誰も急いでいない
それでも 船が見えると少しだけ立ち上がる
その小さな動きが この場所の日常だった
足りなかった分が動く
少し人が増えている
土曜日は 補う日だった
日曜
船は出ない
港は静かだった
あゆみは 少しだけ海を見る
一週間で回った島が 頭に浮かぶ
其々違う
でも 繋がっている
また月曜が来る
同じようで
同じでない流れの中へ
火曜日の朝は少し風があった
「今日は揺れるで」
渚が空を見て言う
あゆみは 少しだけ頷く
荷は多い
火曜日は遠い日だった
船をだす
最初の新崎島は いつも通りだった
子供の声 新しい家
買い物は早い 流れもいい
「今日は早いな」
「後があるんで」
あゆみは 短く答える
予定通りに終える
でも 少しだけ急いでいる
あゆみは次の時間を考える
このままやと 後ろが押す
頭の中でルートを考える
販売を終える
直ぐに出る準備
「次 連絡入れとくか?」
渚は言う
「はい」
あゆみは携帯を取り出す
島の港の担当者にかける
「すいません 少し遅れます」
簡単に伝える
向こうの声は落ち着いている
「分かった 言うとく」
それだけだった
電話を切る
「焦るな」
渚が言う
「間に合わせます」
あゆみが答える
船をだす
揺れは 少し残っている
でも 進む
風が少し強かった
走るたびに 海の表情が変わる
同じ形が ひとつも残らない
港には 人が立っていた
まだ時間には早い
でも 集まっていた
「今日はどうやろうな」
一人が言う
誰に向けた言葉でもない
海を見る
白い波が少し見える
「来るやろ」
別の声が返す
それ以上は続かない 口には出さない
ただ そう思う 時間が過ぎる
いつもの時間を 少し過ぎる
誰も何も言わない
海を見る 同じ方向を見る
遠くに 小さく影が見える
「来たか」
ぽつりと誰かが言う
はっきりしない でも
目を細める 少しずつ 形になる
船だった 近づいてくる ゆっくり
いつもより 少し遅い
それでも来る
「来たな」
誰かが言う
それで十分だった
少しだけ 肩の力が抜ける
遠瀬島へ向かう
沖に出ると 波が変わる
揺れが 少し大きい
「落ちてきたな」
渚が言う
スピードを少し落とす
時間が 少しずつずれる
あゆみは 時計を見る
おすな
港が見える 岸に近づく
いつもより 少し時間がかかる
港に着くと 人がいる
接岸 ロープを取る
人が 待っている
「遅かったな」
声がかかる 責める調子ではない
ただ 事実だった
「すいません 少し波で」
あゆみが言う
「分かっとる 聞いとる」
「遅れるってな」
『すいません」
「ええよ」
短い返事
「海やからな」
それで終わる
買い物が始まる
少しだけ まとまって動く
時間を詰める 終わる
時計を見る 押している でも
回り切れる
海の駅前の港に戻る頃には
日が傾いていた
「……回ったな」
渚が言う
「回りましたね」
あゆみが答える
短い言葉
その中身は 軽くなかった
荷を下ろす
いつも通りの作業
でも
あゆみは 少しだけ止まる
余裕はなかったな
朝とは違う感覚だった
山中が 奥から出てくる
「どうや」
「遅れました」
あゆみが言う
「回ったけどな」
渚が続ける
山中は 少しだけ頷く
「それで ええ」
短い言葉
「ただ」
少しだけ 間
「毎回は 持たんで」
それだけだった
あゆみは 何も言わなかった
分かっていた
今日は回った
でも
同じことが続けば 崩れる
外は 少し風が残っている
海は 変わらない
でも
流れは 少しずれていた
土曜日の朝は 少しだけゆっくりしている
それでも 手をとまらない
荷を積む
水
米
惣菜 野菜 肉類
「今日は多いで」
渚が言う
「分かってます」
あゆみは 数を確認する
土曜は まとめて買う人が多い
船をだす
松灯島は 既に人が集まっている
「来たで」
声をかける前に 返って来る
この島は 高齢の人が多い
買い物の時間が
そのまま生活の一部になっている
「今日は これ頼むわ」
紙を渡される
あゆみは それを見る
細かい字で いくつも書かれている
「全部あります」
「助かるわ」
短いやり取り
袋は 少し重い
あゆみが持つ
「そこまで 運びます」
「悪いな」
家までの道は ゆっくりだった
戻ると また人が増えている
「今日は多いな」
渚が言う
あゆみは 手を止めない
名前で呼ぶ
「これで足りますか」
「ちょうどええ」
会話が続く
買い物だけではない
時間が流れている
予定より 少しだけ長くなる
押すな
あゆみは 時計を見る
でも 急がない
ここは そういう場所だった
船に戻る
「次は あの大喜波島の南港やな」
「はい」
船をだす
同じ島でも北側の港と南側の港で
少し事情が違う場所に向かう
この島は
北側には 店がある
南側には ない
港は 小さい
人も 少ない
「来たか」
数人が立っている
距離は 近い
でも
ここには 届いていなかった
「今日は多めに持ってきました」
あゆみが言う
「助かるわ」
同じ言葉
でも 意味は少し違う
買い方も違う まとめて買う
次は 直ぐには来ない
袋が重くなる
渚が 黙って手伝う
「こっちはな」
一人が言う
「北側迄行くのが しんどいんや」
短い言葉 それで十分だった
あゆみは頷く
「また来ます」
それだけ言う
全てが終わる 船に戻る
時計を見る 少し押している
でも
今日は それでよかった
港に戻る
荷を下ろす 見切り品を並べる
「安いで」
声をかける 人が寄る
売れる 残らない
あゆみは 最後の箱を見る
回っとるな
そう思う
外は少しだけ夕方の色になっている
明日は休み
でも
次の週は もう見えていた




