条件
海の駅の事務所に 紙が増えた
机の上に 資料が重なる
運行記録
売上
利用人数
あゆみは それを一枚ずつ確認していた
「これ 抜けてる」
数字の空白を指す
「二つめの松灯島の分やな」
山中さんが言う
「後で埋める」
短いやり取り
県庁から戻って 数日が経っていた
「市とも話つけなあかん」
山中さんが言う
「県だけでは動かん」
あゆみは 頷く
現場だけでは 進まない話だった
「行くで」
山中さんが立ち上がる
場所は 市役所だった
応接室
県庁よりも 少しだけ近い空気
「よろしく お願いします」
市の担当者が頭を下げる
山中さんも 同じ様に返す
席に座る
「県から話は来てます」
担当者が言う
「移動販売の件ですね」
「はい」
山中さんは 資料を広げる
「現状はこの通りです」
説明は 簡潔だった
島の数
運行回数
利用者
担当者は 資料をめくる
「実績はありますね」
短い評価
あゆみは その言葉を聞く
実績か…
少しだけ 実感が変わる
「問題は 継続性です」
担当者が続ける
「補助を出す場合
事業として形が必要になります」
山中さんが頷く
「どういう形になりますか」
直ぐに聞き返す
担当者は資料を一枚出す
「まず 運航計画の固定化」
「曜日 時間 ルート」
あゆみは 自然とメモを取る
「次に 対象地域の明確化」
「どの島を どの範囲で支援するか」
「そして」
少し間
「利用実績の継続提出」
山中は 軽く息を吐く
「報告義務 か……」
「はい」
担当者は 淡々と答える
「補助は 燃料費の一部を想定しています」
具体的な話になる
あゆみは 顔を上げる
「全額ではありません」
「一定割合です」
現実的な線だった
「条件があります」
さらに続く
「天候以外での運休は 原則不可」
「継続性が前提になります」
空気が少し変わる
山中は 何も言わずに聞いている
あゆみは 少しだけ考える
止められへん ってことやな
「出来るか?」
山中さんが 静かに言う
誰に向けた言葉でもない
あゆみは直ぐには答えない
頭の中で ルートが浮かぶ
風
波
時間
「……やります」
短く言う
山中は横を見る
あゆみは 視線を逸らさない
「現場で回します」
はっきり言う
少しの 間
山中はゆっくり頷く
「受ける」
決める
担当者も 小さく頷く
「では 正式な申請に進みます」
話しは そこで一区切りついた
外に出る
空は 少しだけ明るかった
「……重いな」
あゆみが言う
「重くしたんや」
山中が返す
それだけだった
あゆみは 少しだけ笑う
戻る
また 船を出す為に
今度は 条件付きで
同じようで
少し違う流れの中へ
海の駅の事務所に 紙が増えていた
運航計画
報告書
申請書類
机の上が 埋まる
「ここ 時間ずれてる」
あゆみが言う
山中が覗く
「港でるの九時やな」
「四つ目 余裕なさすぎます」
あゆみはルート図を指す
距離
時間
停泊
全てが 数字で並んでいる
そこへ 渚が入ってくる
「どうや」
「詰めすぎです」
あゆみが即答する
「このままやと 遅れる前提になります」
渚は 紙を見る
「十分快速で組んどる」
「それやと 余裕ないです」
少しだけ 間
あゆみは 指で時間を書き直す
「ここ五分伸ばします」
「こっちは十分」
「その分 出発を速めるか
島一つの滞在時間を短くするか」
言いながら 線を引く
渚は 腕を組んで見る
「……余裕を持たすか」
ぽつりと言う
「遅れるより ええ」
あゆみは 頷く
山中も 黙ってみている
「その形で出せ」
短く決める
運行は 決まったもの になる
次に紙をめくる
「売れ残り どうする」
山中さんが言う
あゆみは 少し考える
「持ち帰って 店で出します」
「当日中に」
渚が補足する
「値下げして」
山中が頷く
「見切りか」
「はい」
あゆみは続ける
「廃棄は減らしたいので」
言葉は はっきりしている
「表示 分かるようにせえよ」
山中が言う
「混ざると面倒や」
「分けます」
即答する
紙に 追記する
「当日見切り品」
小さなルールが 増える
それで 回るようになる
数日後
船が波を切るたび
朝の光が海面で細かく揺れた
秋の瀬戸内海は静かだったが
完全に止まっているわけでも無い
小さな波が岸へ寄せ
港のロープをゆっくり揺らしている
出発時間が 少しだけ早くなっている
「間に合うか」
渚が言う
「間に合わせます」
あゆみが答える
船が出る
流れは 同じ
でも
余裕がある
急がない
崩れない
二つ目の松灯島
予定通りに着く
あゆみは 時計を見る
ええ感じやな
三つ目磯原島
四つ目新崎島
全て 予定の範囲内
戻る
港に着く
また時間が残っている
あゆみは 少しだけ息を吐く
「……回ったな」
渚が言う
「回ったな」
短い言葉
その後
店内に 箱を運ぶ
「これ 出します」
あゆみが言う
値札を貼る 少し安くする
「見切りです」
声を出す 客が見る
「安いな」
手に取る 売れる 残らない
その日のうちに 全て出る
あゆみは 最後の箱をみて
軽く頷く
無駄 減ってる
山中が 少し離れてみている
「形になってきたな」
ぽつりと言う
あゆみは 何も言わない
でも 少しだけ頷く
仕事は 変わらない
ただ 整った
流れが 揃い始めていた
机の上の数字が 少しだけ変わっていた
売上は ほとんど変わらない
燃料費だけが上がってる
「……またか」
山中が 紙を見ながら言う
あゆみは 横から覗く
「どれくらいですか」
「先月より一割」
小さい数字ではない
あゆみは 何も言わない
渚が 後ろで腕を組んでいる
「回れば回るほど 食うな」
短く言う
その通りだった
紙の上では はっきりしている
動けば 赤字が増える
止まれば ゼロになる
あゆみは ゆっくり息を吐く
「市の方は」
あゆみは聞く
山中は 紙を一枚めくる
「止まっとる」
「回答待ちや」
簡単な言い方だった
でも 中身は重い
「県は」
「市が先や」
順番がある
それが動かない
あゆみは 少しだけ目を閉じる
時間だけ進んどる
外では いつも通りの海がある
でも
中の数字は 同じではない
「どうする」
山中が言う 誰に向けた言葉でもない
でも 逃げられない問いだった
渚が 少しだけ顔を上げる
「回すなら このままや」
「減らすなら 島減らす」
選択は はっきりしている
あゆみは 何も言わない
頭の中に 島の顔が浮かぶ
待っている人
水
食料
減らす
簡単ではない
「……一回 止めるか」
山中が言う
あゆみの顔が上がる
「一週間」
「様子を見る」
現実的な提案だった
損を止める
正しい判断
でも
「……それ」
あゆみは 言葉を選ぶ
「困る人 でます」
はっきり言う
山中は 直ぐに答えない
渚も 何も言わない
静かな時間
「分かっとる」
山中が言う
「せやから迷っとる」
その一言だった
あゆみは視線を落とす 正解はない
数字も
現場も
何方も 嘘ではない
「……続けます」
あゆみが言う 声は小さい
でも はっきりしている
「赤字でも」
山中が見る
「理由は」
「今止めたら」
少しだけ 間
「戻らんと思います」
それだけだった
渚が 少しだけ頷く
「一回切れると 待たんようになる」
現場の言葉
山中は 暫く黙る
机の上の数字を見る
その向こうにあるものを考える
「……期間決める」
ゆっくり言う
「市の回答来るまで」
「それまで持つか みる」
線を引く
あゆみは 頷く
「はい」
渚も 短く言う
「回す」
それで決まった
外に出る
海はいつもと同じだった
あゆみは それを見ながら思う
同じちゃうな
流れは 少しずつ変わっている
でも
止めないと決めた
それもまた 選択だった




