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灯りを運ぶ人ー山から海ー  作者: 堺大和
潮目の波間
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67/83

決意

夏の終わりは 少しだけ静かだった

朝の港に 人は少ない

風もやわらかい

港の水は ほとんど動かない

空の色だけが ゆっくり映っていた

あゆみは いつものように箱を運ぶ


弁当 

肉類 調味料類

季節の野菜

季節の果物 

様々な日用品

アイスクリームは少し減らした


お客様の要望に応えて

一人暮らしのお年寄りは多い

何だかんだで小さいものが

四百種類ほどに増えてた

手は止まらない


九時

船が出る

海は穏やかだ

波も 小さい


一つ目の島

人は いつも通り

「来たな」

「来ました」

短いやり取り


売る

渡す

終わる


二つ目

三つ目

四つ目


流れは崩れない

大きな変化はない

それでも 続いている


昼過ぎ

全て終わる

船を戻す


ロープを結び直したところで声がかかった

「おーい」

振り返る

「……先生」

「久しぶりやな」

あゆみは 思わず少し笑う

「何してるんですか」

「たまたま こっちに来てな」

先生と 海と船を見ながら言う

「ほんまにやっとるんやな」

「やってます」

そこへ渚が戻って来る

「……おお」

一瞬 間が空いてから笑う

「先生やないですか」

「お前もおるんか」

「おりますよ」

三人の間に少しだけ懐かしい空気が流れる

「二人とも ここに来るとはな」

先生が言う

「私たちも 思ってなかったです」

あゆみが答える

「ほんまそれです」

渚も続く

先生は 少しだけ笑う

「で 何しとるんや」

「船で回ってます」

あゆみが言う

「島に売りに行ってるんです」

「ほう」

先生は 少し驚いたように船を見る

「何処まで 回っとる」

「四つです」

渚が答える

「週二回」

「なるほど 大変やろ」

「はい」

先生は 暫く何も言わない


船を見る

積んであった箱を見る

「ちゃんと仕事しとるな」

笑いながら言う


嬉しい言い方だった

その中身は軽くなかった

あゆみは 少しだけ目を伏せる

「まあ ぼちぼちです」

「ぼちぼち ちゃうやろ」

先生が直ぐに返す

「これ 無かったら困るやつやろ」

あゆみは 少しだけ 間を置く


「……はい」

渚も黙って頷く

「ええやんか」

先生は目が垂れていた


「派手やないけど ちゃんと回している」

三人の間に少し静かな空気が流れる

「しんどいやろ」

「まあ」

渚が答える

「四つも回ってたらな……」

あゆみも 少しだけ笑う

「利益は?」

先生が聞く

少しだけ 空気が変わる

「……出てないです」

あゆみが答える

先生は 少しだけ笑う

「やろな」

その言い方に 三人とも少し笑う

「でも 続け取るんやろ」

「はい」

あゆみは はっきり答える

渚も 何も言わずに頷く

先生は それを見て ゆっくり頷く

「それでええ」

短い言葉

「こういうのはな 止めたら終わりや」

あゆみは その言葉を聞く

「続けとるだけで価値がある」


少しだけ間


「ようやっとる」

その一言で 十分だった

三人とも 少しだけ黙る


海は静かだった

「また来るわ」

先生が言う

「いつでも来てください」

あゆみが答える


「次は客で乗せてもらうわ」

渚が少しだけ笑う

「ちゃんと払ってくださいね」

三人で 少しだけ笑う

先生は手を上げて去っていく

静けさが戻る

「……見られたな」

渚が言う

「うん」

あゆみは船を見る

何も変わっていない

でも

少しだけ 確かになった気がした

明日も また回る

同じ時間に

同じ場所へ

それは 変わらない



海の駅の事務所は 昼でも少し暗かった

机の上に 紙が広がっている


売上

燃料代

仕入


数字は揃っていた

結果もはっきりしていた

「……足らんな」

責任者の山中さんは言う

誰も否定しない


「回っとるけどな」

渚が言う


「回っとるだけや」

山中さんは即答する


あゆみは 紙を見る

数字は小さい

でも ゼロではない


「やめるか」

山中さんが言う


静かな言い方だった

あゆみは 顔を上げる


「やめません」

直ぐに言葉が出る


山中さんが見る

「理由は」


問われる

「待ってる人がおるんで」

短い答え


山中さんは 少しだけ間を置く

「それで続けられるほど 甘くないで」


正論だった

あゆみは 頷く

「分かってます」


言いながら言葉を選ぶ

「だから 形を変えます」


山中の視線が少し変わる

「どう 変える」


あゆみは 紙の一部を指す

「燃料代だけでも 外に出したいです」


「外?」

「市か 県か」

山中は 少しだけ目を細める

「補助か」

「はい」

あゆみは 続ける

「生活支援としてやってる形にすれば」

「買い物来れない人もおるんで」

言葉は ゆっくりだったが

でも ぶれていない

山中は 暫く黙る

渚は 腕を組んだまま聞いている


「面倒やで」

山中さんが言う

「書類」

「説明」

「責任」

「増えるで」

あゆみは 頷く

「それでも やります」

短く答える

山中さんは 少しだけ笑う


「誰が行く」

直ぐに現実に戻す

「私 行きます」

あゆみが言う

「話もします」



山中さんは 渚を見る

「どう思う」

渚は 少しだけ考える

「燃料出るなら 回れる」

それだけだった

無駄な言葉はない

山中さんは 軽く息を吐く

「……一回 当たってみるか」

決定ではない

でも 動くには十分だった

「ただし」

山中さんが続ける

「通らんかったら 終わりや」

線が引かれた

あゆみは 頷く

「分かってます」

それだけだった

外では 波の音がする

同じ様で

同じではない

流れは また少しだけ変わろうとしていた



朝の空気が 少し違っていた

車に乗り大橋を越え 本土に渡った

あゆみは 

少しだけ落ち着かない様子で立っている

「いくで」

山中さんが言う


車を走らせる

窓の外の景色が 少しずつ変わっていく

海が遠ざかる

建物が増える


場違いかもしれんな


あゆみは 少しだけそう思う


県庁に着く

大きな建物だった

県庁の廊下は

静かに音が吸い込まれていくようだった

白い壁

一定の間隔で並ぶドア

同じような表札

あゆみは少しだけ歩幅を狭めた

隣を歩く山中は迷いなく進んでいく

「ここだな」

短く言って 扉の前で一度だけ姿勢を整える

ノックは軽く しっかりはっきりと

「失礼します」

中に入る 書類の匂いがした

静かで少し硬い空気

案内されて 会議室に入る


椅子

資料

机の向こうで 一人の男が顔を上げる

「ああ 来られましたか」

その声に 山中はわずかに頷いた

「お久しぶりです」

堅苦しさの中に

ほんの少しだけ馴染みがある

「海の方に行かれたと聞いてましたが」

「ええ 現場を任されています」

短いやり取り

あゆみは 少しだけ視線を動かす

知り合い?

「雨実村の時以来ですね」

担当者がそう言った

その言葉に あゆみはわずかに反応する


山中は表情を変えなかった

「ええ あの時はお世話になりました」

それ以上は続かない

まるで そこで終わっているかのように


「本日はよろしくお願いします」

山中さんが頭を下げる

あゆみも 続いて頭を下げる

席に座る

「今回は海ですか」

担当者が資料を広げる

「内陸で一度形にしたものを

海でどう回すか」


山中は言葉を選ぶように言った

「同じではありませんが

問題は似ています」

担当者は資料をめくりながら小さく笑った

「貴方らしい 言い方ですね」

「現状の説明からさせていただきます」

山中さんが話し始める

島を回っていること


週二回の運行

四つの島

利用者の状況


淡々と しかし抜けなく話す

担当者は メモを取りながら聞いている


「収支については」

山中さんが 一度言葉を区切る


「現状では赤字です」

はっきり言う


あゆみは 少しだけ視線を下げる

「ただし」

山中さんは続ける

「天候 波 燃料 整備 どれか一つでも

欠ければ止まる」

「ええ」

担当者が頷く


「利用者は継続しており

生活支援として機能しています」

「なくなればそのまま生活がなくなります」

静かな声だった

だが 言葉は重い

あゆみは 初めて山中の横顔を見た

いつもの現場とは 少し違う

無駄な言葉がない

だが引かない

担当者はペンを置いた

「……前回も同じことをいわれましたね」

山中は目を細めた


担当者が続ける

「あの言葉 覚えてますよ」


あゆみは その言葉を繰り返した

なくなる……なくなる……んだよ

島のこと


「今回は その行けない海で解消する」

担当者は資料を閉じた

「そういう理解でいいですか」

「はい」

短い沈黙


山中さんが視線をあゆみに向ける

「現場から補足を」

一瞬 間

あゆみは息を整える


「……島には 店がないところもあります」

ゆっくり話す

「来る曜日を決めているので

その日に合わせて待っている方がいます」


頭の中で顔が浮かぶ


「水や 食料 日用品が中心です」

「来ないと困る という声もあります」

言葉は多くない

でも 嘘ではない


担当者は静かに頷く

「なるほど」

少しだけ 空気が変わる

「今回はどのような支援を希望されますか」


山中さんが直ぐに答える

「燃料費の一部補助を想定しています」

具体的だった


「運行自体は継続可能ですが

燃料負担が大きく」

担当者は 資料を見る


「市町村をまたぐ運航になる

可能性がありますね」


「はい」

「その場合 県としての位置づけが

必要になります」

制度の話になる


あゆみは少しだけ言葉の流れを追う

「買い物支援事業として整理出来るか」

「過疎地域対策に入るか」

専門用語が出てくる

山中さんは 落ち着いて答える


「現場としては 

生活線として機能しています」

言い方は変えない


担当者は 少しだけ考える

「可能性はあります」

短い言葉

あゆみは少しだけ顔を上げる

「ただし」

続く

「正式には 

市町村との連携が前提になります」

「事業計画と 利用実績の提出も必要です」

「正式な枠に乗せるには 

幾つか条件があります……」


山中さんは頷く

「対応します」

即答だった

「一度やってますからね 話は早い」

担当者も笑う

あゆみは その横でもう一度山中を見る

一度やってる……?

何処までやったのか分からない

でも ただの人ではないことは分かった


「ただし」

担当者は指を立てた

「今回は海です 内陸の延長では通りません」


「承知しています」


「現場で回る形を見せてください」

山中は 迷いなく頷いた

「そのために来ました」

会話はそれ以上膨らまなかった

必要な事だけが交わされた


簡単ではない でも 道はある

会議は そこで一区切りついた

「本日はありがとうございました」

席を立つ

部屋を出る

廊下に出る

扉が閉まる

少しだけ 空気が軽くなる


あゆみは 少し歩きながら口を開いた

「……雨実村って」

山中は歩みを止めなかった

「前の現場や」

それだけだった

「成功したんですか」


少しだけ間があった


「続いている」

山中はそう言った

成功とは言わない

だが 終わってもいない

その言い方に 

あゆみは何も続けられなかった

エレベーターの前で 二人は立ち止まる

表示がゆっくり降りてくる


「……海も続きますか」

あゆみは小さく言った

山中は 少しだけ考える様にしてから答えた


「続ける」

短い言葉だった

だがそれで十分だった


あゆみは続けて聞いた

「補助は 通りそうですか」

「半分やな」

現実的な答え

「やることは増えた」

「はい」

あゆみは 頷く

外に出る

空は 少し曇っている

遠くに 海は見えない

でも

繋がっている

あゆみは 少しだけ前を見た


これも 流れの中やな


現場とは違う

でも 同じ仕事の延長だった

帰る

また 明日も回る為に

「さあ 帰るで」

山中さんの声が大きかった


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