第四十話 スプーキー・キッズ登場
そこは光を指さない冷たく湿った洞窟であった。生き物がいない、死者の国を連想する寂しい洞窟だ。
その奥に石造りの椅子がある。飾りっけはないが、細工は凝っており王様の座る玉座のようである。座っているのは全身銀色の青年であった。目が鷹のように鋭く、髪の毛は赤く左目を覆っていた。唇も赤かった。
身に着けているのは黒いブーメランパンツのみである。だが本人は寒がる様子はない。
「クックック……。ようやく復活できた、百年の月日は長すぎだぜ……」
椅子の横から一匹の犬が出てきた。白い大型犬だ。しかし頭は人間の物であった。
その人間は苦悶の表情を浮かべている。目は虚ろで口から涎を垂れ流していた。
首には赤い首輪が嵌めてある。
「クックック。俺のコピーも元気そうで何よりだ」
パチンと指を鳴らした。すると人面犬は白目を剥いて暴れだす。頭に電撃が走ったのだ。きゃんきゃんと吠えて暴れ回る。
「あーっはっはっは!! いやぁ、面白いねぇ! 実に面白い!!」
銀色の男は両手をぱんぱんと叩きだした。まるで喜劇を見て楽しんでいるようだ。この様子からして男は狂人としか思えない。
「始まるぞ……。復讐の始まりだ。英雄の子孫どもを不幸のどん底に陥れてやるぜ。この毬林満村様がなぁ」
男はそうつぶやくのであった。人面犬は虚ろな目で男を見つめていた。
人面犬は電撃のせいで頭がふらふらになっている。彼の名前はズルタン。人造人間の一集団、スプーキー・キッズのひとりだ。
生前は日本人で毬林満村といった。つまり目の前にいる男と同じなのである。
正確にはあの男の左半分はズルタンのクローン人間だ。右半分はチャールズ・ヒュー・モンローという19歳の青年である。ズルタンはモンロー19と呼んでいた。
先ほどのセリフはズルタンの意思ではなく、神応石に影響されたマウスピースが理想のを毬林満村を演じていたにすぎない。
百年前、キノコ戦争が起きた直後の、中華帝国は帝京で瀕死の人間たちを猟銃で殺しまくった。もう助からないから介錯のつもりで自分勝手に命を奪ったのだ。
最後は玄武県にある龍一族を襲撃し、リーダーを務めた龍英雄を道連れにして死亡したのだ。
そう、悪の象徴である毬林満村は腐れ外道でなくてはならないのだ。
そもそもモンロー19はズルタンと同じ研究所で生まれた。研究所の持ち主は同じくチャールズ・ヒュー・モンローだ。彼は研究所と併用して核シェルターを作っていた。
そこには世界中に集められた108人の美女たちを呼び寄せ、世界各国の動物や植物も集められていた。
モンローが発明した特許は莫大な金額を生み、設立した企業に投資したことで天文学的数字を生み出したのである。
彼が見知らぬ洞窟に移されたのは数日前である。運んだのは15歳のモンローの記憶を持つシャムネコ頭のヒーロー、ヒュー・キッドと、三つの頭に6本の腕を持つチンパンジー、アシュラ。そして丸い猫耳の銀色のブリキで出来た人工AIミルズだった。
モンロー19の神応石を調べた結果、彼の脳波には異常が発見された。モンロー19の頭の中では龍英雄の復讐心でいっぱいであった。実際にモンロー19は英雄の名前を口にしている。
だがズルタンは疑問を抱いた。確かに自分は龍英雄を殺した。だが当時の自分は名乗りを上げたが、向こうは答えなかったはずだ。なのにモンロー19は英雄の名前を口にしていた。
(これだけで、こいつは本物の俺ではない。いや、モンローですらないかもしれないな。出鱈目の情報を与え、俺たちの敵にならないように仕向けないと……)
ズルタンは考えた。元々今の状況はズルタンが提案したものだ。モンロー19の手先となり、頭に電撃が流れるように細工をしたのである。
なんでわざわざそんなことをするんだと、ヒュー・キッドに尋ねられたが、これは自分にしかできないことだと答える。
なぜならモンロー19の半分は自分なのだ。自分のコピー品を奴隷のように扱わせる。人は他人を思い通りに操ることに快楽を覚えるものだ。モンロー19が目覚めた後、ズルタンを虐待して楽しむ間はヒュー・キッドたちを相手にしないだろう。
さらに今年は地中海にある箱舟が百年ぶりに開くのだ。彼等にちょっかいをかけるわけにはいかない。
アシュラは「先輩は真面目ですね」と評していた。
これは自ら科した罰である。
自分は英雄を道連れにして自爆して終わったはずだった。だが今も生きている。100年の年月が過ぎたが、100日しか経っていないような感覚であった。実際に目覚めたのは50年前だが。
「さぁ、相棒。さっそく出かけようぜ。英雄共の子孫を皆殺しにしようじゃないか」
モンロー19は目をギョロギョロさせていた。視線は定まっていない。口からだらしなく涎を垂らしており、まるで酔っぱらいだ。
この男がどう悪行を働くか、ズルタンは見張らなくてはならない。
もし言動が落ち着けばミルズがやってきて、きちんとした説明をするはずだ。
☆
「うーん、歩くの面倒だなぁ。えっへっへ。どうして遅いのかなぁ? えっへっへ」
駄々広い荒野をモンロー19はてくてく歩いていた。ズルタンもその後ろをついていっている。
鉛色の空に、草木も見えず地平線がはっきり見える荒野だ。遠くから山脈が見える。モンロー19が目覚めたのは、南部にある朱雀県だ。上海の近くである。もっとも上海はすでに滅んでおり、龍京出身の海賊集団、海賊王国が作った港があった。龍京と交易路を作っており、それなりに賑わっている。
「えっへっへ、歩くの大好きぃ。でも俺どこにいけばいいのかなぁ、えっへっへ」
モンロー19はもう数か月もこうしてぶつぶつ呟きながら徘徊していた。英雄の子孫に復讐すると言っていたが口先だけであった。そもそもミルズは必要な情報を一切与えないよう仕向けたのである。
おかげでズルタンはこの男を意識せずに誘導することが出来た。だが何かしら行動を起こさなくてはならないだろう。
「うぅ、うぅぅぅぅ」
遠くでうめき声がした。それは数十キロ先であった。ズルタン達でなければ聞き取れなかっただろう。ズルタン達はすぐそちらに向かった。丸一日かけて。
それは牛であった。牛の亜人である。正確には草原紅牛であった。
草原紅牛とは中国で一九五八年に誕生した新しい品種で野生が存在しない品質である。赤毛でおとなしい性格で主に乳肉兼用種だという。確かに赤毛で覆われていた。
「おぅい、チミチミ。こんななんにもない荒野でなんでうずくまってんのかねぇ?」
モンロー19が訊ねた。初めて出会った人間だからだ。この男には人間と亜人の区別がついていない。
「うぅぅぅぅ……」
亜人は答えなかった。恐らくは衰弱しすぎて答えられないのだろう。さすがのズルタンもこの男を救うことが出来ない。そう考えていると何気なく空を見た。
すると上空には猫が空を飛んでいた。ヒュー・キッドである。彼は空から何かを落とした。それは袋であった。中にはおかゆをいれた魔法瓶が入っている。
恐らくヒュー・キッドは常に自分たちを見守っているのだろう。ズルタンは吠えた。あえて声を出さずにモンロー19に指示する。
「なんだぁこれ? ああ、魔法瓶だね。温かいおかゆが入っているよ。どうせ腹は空かないんだし、君が食べるといいよ」
そう言ってモンロー19は牛の亜人におかゆを食べさせた。衰弱した人間にいきなり水を与えると、血糖値が上がって危険なのである。さらに身体が拒絶反応を起こし、急激な変化で死亡しかねない。それ故に胃に優しいおかゆを食べさせるのがベストなのだ。
牛の亜人はそれをむさぼるように食べた。魔法瓶を掴み、長い舌で底にこびりついたおかゆも食べる。
人心地着いた亜人は安堵した。
「ありがてぇ。飢えで死にかけていたんだぁ。あんたは命の恩人だよぉ」
亜人はお礼を述べた。なぜ倒れていたかは聞かない。モンロー19にそんな知性はなかった。ズルタンもあえて訊かない。
「俺は家族に捨てられたんだ、これからはあんたのしもべになるよ」
牛の亜人は土下座した。すると胡乱な目をしたモンロー19のモンローの部分に光が宿る。
「そうか。ならば君は僕の部下だ。名前はレッドブルと名乗るがいい。君に特別な力を授けてあげよう」
そう言ってモンロー19は右手をレッドブルの額に当てる。するとレッドブルの額が光りだし、レッドブルは頭を抱えて苦しみだした。
数分経つとレッドブルは起き上がった。そして舌をレロレロと出す。まるで蛇のように伸びて、槍のような鋭さを持っていた。
「はっはっは。舌が槍のようだ。君は舌の槍使い、タングランサーだね」
モンロー19は可可大笑いした。彼はレッドブルの額にある神応石を刺激して特殊能力を身に付けさせたのだ。人間の身体機能を強化するが、超能力とは少し違う。空を飛ぶには人造人間にならなければ身につかない。
「よぅし、世界中には彼みたいな人種がいるだろうな。うむ、さっそく世界中を見て回ろう。ふん!!」
モンロー19はふんばった。すると周囲から青白い火花が飛び散る。そしてモンロー19は空を飛んだ。恐らく体内の磁力を強化することで地球の磁力と反発したのだろう。磁石のN極とS極が反発するのと同じだ。
「さあ、相棒よ。君も空を飛んでご覧」
モンロー19は右手から光線を発射した。するとズルタンも空を飛べるようになったのだ。
「レッドブルは英雄の子孫たちの抹殺を命じるかな。僕は世界各国から能力者を集める。人外の力を持つ子供たちだ。スプーキー・キッズと名付けよう!!」
モンロー19はそう宣言した。ヒュー・キッドたちも同じくスプーキー・キッズを名乗っている。本人だから発想も似ているのだろう。




