第三十九話 エビルヘッド教団誕生
「ではこの町の名前を決めましょう。何がいいかな?」
ガリバーが賢人ことスレイプニルに尋ねた。
「うーむ、思い切ってフィガロにしてもらおうか、いえーい」
スレイプニルは律義に語尾にいえーいと付けている。微笑ましいな。
「フィガロってタマオコシコガネの亜人の人だよね。どうしてあの人の名前にするの?」
僕が質問するとスレイプニルは答えた。
実はこの地はフィガロ一族が住んでいたそうだ。ちょうどヨーロッパ旅行に出かけている最中に、イタリアへ帰ろうとしたとき、キノコ戦争に遭遇してしまったらしい。
そのため一族はタマオコシコガネの亜人になったそうだ。おかげで死んだ人間の肉を食べることに抵抗がなかったという。
最初は一族だけしか住んでいなかったが、徐々に蟲人王国で村八分になった者たちを受け入れていったそうだ。
だが一族の長は故郷に帰ることを決意し、故郷に興味がない末っ子がこの地を任されたという。世界が崩壊して32年経っての事だった。
ところがイタリアはオラクロ半島と名を変えていた。さらに人間だけしか住んでおらず、亜人たちはむしろ追われる羽目になったという。
かつてアルプス山脈をゾウと傭兵団だけで超えたハンニバル・バルカのように、亜人たちは人間の村をチクチク攻めては反撃されたとのことだ。亜人たちは決して無抵抗で追われたわけではないんだな。
数年後、スレイプニルたちはこの地に鉄道を敷いた。その血に住んでいた者は貧しく、原始人のような暮らしをしていたという。
エビルヘッドの巨大さに恐怖し、遥か何万キロ先にある龍京から、トレインヘッドによる豊富な物資に、一族は彼等にひれ伏したという。
フィガロは数年前に妹と共にここに逃げてきたそうだ。一族の長はすでに年老いており、子供がいなかったため、フィガロを頭にすることに決めたという。
「ところでフィガロのフルネームは何だい?」
「ガリレオ・フィガロだったな」
なるほどね。一族の名字をつけるわけか。僕はそれでいいと思うし、スレイプニルたちも人の家を乗っ取った気まずさから、血縁を立てることにしたんだな。
「そうだ。この町の下流には被爆湖があるのだよ。ただそこから巨大化したヌートリアやアライグマが襲ってくるんでね。一部要塞化しているんだよ、いえーい」
スレイプニルが教えてくれた。被爆湖か、キノコの冬で生まれた湖だな。地殻変動で地形が変わり、キノコの猛毒胞子まみれの雪解け水が溜まった湖だ。
大抵はビッグヘッドが住み着き、浄化されているはずである。僕と同じ人造人間であるアシュラが開発に携わっていたから、聞いている。
キノコ戦争の影響で在来生物が死に絶えている。エビルヘッドが生み出したミカエルヘッドが、世界各国でイノブタやノヤギ、インドクジャクなどの家畜や家禽の代用品を村々に渡しているそうだ。さらに生命力が強い生物を何万匹も連れてくるらしい。
アライグマやヌートリアはその代表だ。だがキノコ戦争によってばら撒かれた毒の胞子は今も存在している。巨大化したアライグマやヌートリア、ザリガニやカエル、カラスなどが人や動物を襲っているのだ。
イベリア半島の西方ではモノオンブレというカニクイザルやアカゲザル、タイワンザルが巨大化し、人間のように振る舞っているそうだ。現在は打製石器を作り、竪穴式住居に住み、土器を焼いて弓矢で獲物を追っているという。
アライグマたちは熊のように巨大化し、岩の壁を登ってきては、町の人を襲うそうだ。下手をすれば人間並みの知識を持ち、相手に悟られないように人を推そうという。
「そちらにも名前を付けておこうか。フィガロの名前にあやかって、ガリレオ要塞と名付けよう。あとでバリスタやカタパルトを作らせるよう指示しておくね」
僕はそう言った。だが数十年後、ガリレオ要塞はアライグマたちではなく、別の勢力から守る要になるとはこの時の僕は予想しなかったんだ。
「おう、ただいま戻ったぞ!!」
雷のように響く声がした。一体誰だろうと、外に出たらそこには巨大なビッグヘッドがいた。
一戸建てのように巨大な頭、アドバルーンのように巨大な目、鷲のように鋭い鼻、舌から延びる牙に、丸太のように太い腕と足。見る者を圧迫させるすさまじさがあった。
こいつがエビルヘッドなのだろう。
「おお、王大頭!! ひさしぶりですね、もっと遅いと思っていましたよ、いえーい」
「ああ、ちょいと気まぐれでな。ところで賢人、お前随分明るくなったな、前は真面目過ぎて固いと思っていたのに、どういうこった?」
エビルヘッドは割とフランクな性格のようだ。
「おや? 見ない顔だね。俺の名前はエビルヘッドだ。王大頭は昔なじみが呼ぶ名前なのさ。今はグローバル化が重要なのに、身内だけでは通用しないと思うんだがね」
「僕の名前はヒュー・キッドです。こちらのねずみ男は仲間のガリバーです」
「ほう、お前さんの顔は知っているよ。時折、俺の頭をすーっと空飛んでいくのを何度か見ている。そちらのネズミさんも気配を感じていたな。確かスイカ並みに小さいと思っていたが……」
エビルヘッドは僕たちの事を知っているようだった。さすがは奇跡的に生まれたビッグヘッドだ、普通のビッグヘッドとはスペックが違うと僕は思った。
「ところでお前さんは俺に何の用だい?」
僕はスレイプニルと話し合ったことを伝えた。あとバルバールによってフィガロの妹が殺されたことも付け加えた。
「……ロジーナ。可哀そうになぁ。バルバールの手で花びらを散らされるとはねぇ……。なるべくしてなったというか……」
「どういう意味ですか?」
「俺は以前奴の住んでいた村を襲撃したんだよ。村長があんまり他者を奴隷として扱っていたからな。こらしめてやったんだが、あのゴキブリの亜人の子は、俺の事を睨んでいたね。他の連中は俺の圧倒的な力にひれ伏していたんだが……。奴には覇気というか、そんなものを纏っているような気がしたよ。あらゆる敵もすべて殺し、あらゆる望みも全て叶えてやると言う気概が見えた。奴はまだ子供だが、いずれは蟲人王国の南部を征服するかもしれないな」
そんなにバルバールを警戒しているなら、すぐにでも食い殺しに行けばいいのに。
「正直なところ、奴は後回しだ。今はまだキノコ戦争の元になったキノコが残っていてな。それらをすべて食い尽くさないといけないんだ。それに世界では俺に対する知名度が圧倒的に低い。俺に恐怖する者は限定的なんだよ」
どういうことだろうか。
「俺の額には神応岩が埋まっているんだ。こいつは周囲の人の精神に影響されるもんなんだが、何しろ今の世界は閉鎖的だ。よそ者を忌み嫌い、兄妹同士で子を成すことしか認めないんだよ。このままでは箱舟の子孫たちが目覚めてもろくなことにならない……。おお、そうだ!!」
エビルヘッドはポンと手を叩いた。
「お前さんの言っていたヒュー・キッドという漫画だよ。この俺をぜひ悪役にしてもらうじゃないか。実在する英雄と悪役が活躍する。こいつは嫌でも人の心に響くぜ~。俺は喜んで人類の敵になろう!!」
随分前向きだな。普通、人間の手で生み出された存在なら、なんで自分を作ったとか、誰が作ってくれと頼んだと怒り、人間たちに復讐したがるものなのに。
「確かに俺は人の手で生み出された。だがそうでなければ俺は英雄たちに出会えなかったし、お前さんにも会えなかった。世界は荒廃している。人の心はささくれ立っている。俺は世界を救いたい、俺のような異形を生み出してくれた人類への恩返しをしたいんだよ」
なんとも眩しい心だろうか。僕は15歳だけど精神は穢れていると思う。なんだかエビルヘッドの方が純粋だな。
「とはいえ、数年で解決する話じゃないな。リベルターではヒュー・キッドの漫画は有名だけど、その他の地域は別だ。漫画どころか紙芝居すら理解できないところが多い。今のところは地道にエビルヘッド殿が活躍してもらわないといけませんね」
ガリバーが補足した。確かにいきなり漫画を勧めても字が読めなければ意味がない。
「そうだ、スペインにエビルヘッド教団の教えを広めるのはどうだろうか、いえーい」
スレイプニルが言った。
「まずスペインで王大頭が暴れる。暴れた村の復旧を我らが手伝い、エビルヘッド教団の教えを広める。で箱舟の子孫たちが起きてきたら、それとは正反対の宗教を広めるのですよ、いえーい」
敵対する勢力を作るわけか。その方がわかりやすいかもね。
「まずスペインの海岸線にある、ビエドラグリス村があります。そこにはサビオという中年男性が貝殻を粉砕して石灰などを作っていますが、村八分にされています、いえーい。まずはそこに行ってひと暴れして、村の主権をわたくしたちが取りましょう。いえーい。そちらの支配はわたくしの従弟である龍主角に任せますね、いえーい」
その主角というのはカピバラの亜人だそうだ。現在はラタと名乗っているらしい。
箱舟の子孫はあと20年ほどで出てくるという。その前に亜人全書という、亜人の生態を描いた書物を完成させ、箱舟の子孫たちが住みやすくするようにするとのことだ。
こうしてエビルヘッド教団は誕生し、表向きはヒュー・キッドの敵となったのである。
今回の話は最初考えてませんでした。ただ早く終わらせるよりも丁寧に書いた方がいいと判断しました。
結果的にただ敵を倒すのではなく、話に深みを持たせることが出来たと思います。




