第三十七話 エビルヘッド教団 誕生秘話
それは異質であった。ゴキブリの亜人の子供の身体は血にまみれている。
そこに転がっているタマオコシコガネの亜人の娘の頭をカチ割って浴びた物だろう。
もちろん今の時代は子供でも以前と大人を殺すことを理解している。ただ僕の生きた時代と比べると、どうしても違和感を覚えるのだ。
僕たち人造人間は常人の人間と比べると寿命は長いし、かなり頑丈だ。ただその分精神が成長しにくいのである。
だがそれは仕方のないことだ。目覚めて30年以上たつが、僕の感覚では30日ほどしか経っていない感覚である。
そんな僕でも目の前に立つゴキブリの亜人、バルバールに恐怖を覚えた。動物園の檻の中にいるライオンを見ても怖いと思わなかった僕が、初めて恐怖を覚えたのだ。
「……どうしてその人を殺したの?」
僕はバルバールに質問した。
「人だと? 俺は人など殺しておらぬ」
バルバールの問いに僕はきょとんとなった。ああ、虫の亜人だからか。人間は亜人を同じ人間と見なさず獣として狩ろうとすることがあった。亜人も人間を忌み嫌う性質がある。バルバールもそれと同じだろうか。
「俺と俺の一族以外はすべて地を這いまわる虫だ。この女は俺に惚れていたようで、町の襲撃できるよう手引きしようとしたが、むかついたので殺したのだ」
それを聞いた僕はぞっとなった。バルバールが化け物に見えた。僕たち人造人間も化け物だけど、こいつは人間の心を損失したような、異世界から来た怪物に思えた。
「お前も人ではないな。俺の覇道を邪魔するなら容赦せぬ。死にたくなければ立ち去るがよい」
そう言って僕を睨む。僕が背を向けるまで絶対見逃さないつもりのようだ。
僕は転がっているタマオコシコガネの亜人の女性、恐らくはフィガロの妹、ロジーナであろう、彼女の遺体を抱きかかえるとバルバールから視線をそらさずに空を飛んだ。
バルバールは空を飛ぶ僕に対して石を投げた。まるで44オートマグ並みの威力だ、当たればひとたまりもない。
僕は空を飛び、フィガロのいる町へ戻っていった。
☆
「うわぁぁぁぁぁ!! ロジィィィィィィナァァァァァァァ!!」
町にやってきた僕に対して町民は僕を警戒していた。賢人と同じようにエビルヘッドを愛しているのだろう。
しかしロジーナの亡骸を見た町民は慌てて賢人とフィガロを呼びに行った。
そして真っ先に駆け付けたフィガロは物言わぬ妹の前に立ち尽くしたあと、彼女の亡骸の前で号泣したのだった。
「……またお前か」
白馬の亜人である賢人だ。先ほど追い出したのに、舞い戻った僕に対して冷たい視線を突き刺してくる。
「……ロジーナを殺したのは誰だ?」
「バルバールと名乗ったゴキブリの亜人です」
「……そうか。ロジーナの遺体を持ち帰ってくれたことには感謝する」
「僕が彼女を殺したとは疑わないの?」
「さすがにそれはない。先ほどわたくしを苛立たせたお主が、さらに火に油を注ぐとは思えん」
さすがに賢人は僕を疑わないか。周りもバルバールの名前を聞いて、あいつならやりかねないと叫んでいた。誰も僕が彼女を殺したとは思っていないようだ。
つまりバルバールは初対面の僕より、最悪な印象を持ち、彼等とは悪縁を持っているということだ。
フィガロは泣き疲れると、馬の亜人たちに連れていかれた。残ったのはロジーナの遺体だが、どこからともなく不気味な化け物が現れた。ドラム缶並みに巨大な人間の頭部に、耳に両腕、顎の下に両足という気持ち悪い見た目だ。ビッグヘッドである。そいつはロジーナの遺体を頭からバリバリと食べ始める。遺体とはいえ人間が食われるシーンは初めて見た。何とも言えない気分になる。
周りの人間は騒いでないので、これが日常茶飯事なのだろう。
やがて遺体を食べ終わると、ぺろりと唇にこびりついた血をなめとると、森の中に還っていった。
「この町で死んだ者はビッグヘッドによってその遺体を食われる。そして体内に残された神応石を取り出し、新たなビッグヘッドを生み出すのだ」
賢人が説明してくれた。これがこの町の宗教だろうか。
「別に宗教じゃない。元々わたくしの故郷である龍京は無宗教が多い。いや、英雄神を崇拝しているが、わたくしはあまり熱心ではないな」
英雄。龍英雄のことだろうな。賢人は龍胖虎の孫だ。胖虎は英雄の本質を知っている。祖父が孫に英雄の事を教えていたのだろう。そこから英雄は世間が思われているような善人ではないと知ったのだ。だがそれを暴露することは英雄を神聖視するものたちに衝撃を与えるといったところか。
「僕はバルバールを見た。ゴキブリだけど野生の熊を連想する恐ろしいほどの気配があった。あいつは何者なのですか?」
「……バルバールは蟲人王国の南部に住む豪族の息子ですよ」
賢人が説明してくれた。今の蟲人王国は中世ヨーロッパ風に逆戻りしているという。
集落では同じ種類の蟲人が住んでいる。バルバールの場合はゴキブリだけだそうな。
よそ者を忌み嫌い、一族以外の結婚を認めない排他的な性質になっているという。
農作業を行うが、飢饉のときは略奪が横行するなど、前世紀に逆戻りしているようだ。
バルバールはその中にある部族の息子だ。弱冠10歳だがすでに並みの戦士では歯が立たないほどの実力を持っている。
幼少時から隣接する部族から家畜を奪ったり、女を攫っては強姦し、その後嬲り殺しにするなどやりたい放題であった。
だが部族ではバルバールの人気は高い。彼は手に入れた獲物を部下たちに気前良く分けていたのだ。族長ですらバルバールを自身の後継者に任命するくらいである。5歳年上の兄がいるそうだがそちらを無視しているそうな。
「まったくバルバールは頭が痛い。最近の彼は周辺の村をまとめ上げている。族長とその息子は殴り殺し、娘は嫁にしています。その熱気は次々と伝染しているのですよ。さらにうちの町でもバルバールに魅了されている人間がいるのです」
それがロジーナというわけか。
「ロジーナ自身は兄思いの働き者でした。しかし心の底では職人気質の兄より、野性味あふれるバルバールに惹かれたのでしょうね……。悲しいことですが」
賢人はしみじみとした口調で言った。賢人にとってもバルバールは悩みの種みたいだ。
「ところでエビルヘッドは何もしないのですか? 確かエビルヘッドは傲慢な人間の住む村を襲撃しては食い殺しているとか」
「食べません。そもそも勘違いされていますがビッグヘッドは生き物を食べないのです。遺体は食べますけどね。エビルヘッド自身、生きた人間や動物は食べたくないと答えていました」
なるほど、ビッグヘッドは見た目に反して人は食べないんだな。
「バルバールはちょくちょくちょっかいをかけてます。王大頭がいるときはそうでもないですが、あいつはいない隙を狙います。まったく頭が痛いですよ」
「……この町はエビルヘッドを前面に押し出さないのですか?」
「やったことはないですね。そもそも王大頭は龍京の守護者でもありますから」
賢人が答えると、僕は考えた。この町のエビルヘッドの恐怖が伝わっていないと思う。昔僕はちらりとエビルヘッドを見たことがあったけど、まるで台風だった。泣き叫ぶ村人を無視して、家を踏みつぶすさまは爽快だった。
だけど村同士の交流が少ないこの時代、エビルヘッドの恐怖を氷有することはない。これはいけないと思う。
「思い切って宗教を作ろう。エビルヘッドを崇拝するエビルヘッド教団を作ればいいんだ」
「はぁ? あなたは何を言っているのですか?」
「エビルヘッドの恐怖を布教するのさ。エビルヘッドに襲われたくなければうちの教団に入信するようにってね」
いいアイディアだと思う。時代が中世ヨーロッパ風に戻っているなら宗教は重要だ。手洗いひとつ教えても、細菌が付くからなんて理解できないだろう。手洗いしることで神様に祝福される、洗わないと悪魔がお腹を痛くすると教えれば理解できるだろう。
「考えが甘いですね。そもそも普通の村は王大頭のことなど知りませんよ。村同士の交流すら嫌がるわけですから。それに王大頭に襲われた村は大抵全滅していますよ」
「別に世界中に広めるわけじゃない。この町がエビルヘッド教団の本拠地にするんだ。ここの信者たちは特別な力を持っている、エビルヘッド教団に手を出せば痛い目を見るんだぞと思わせればいいんだよ」
そう、オルディネ教やタルティーブ教のように布教活動するわけじゃない。この町、一部の人間たちが集まり、エビルヘッドを崇拝すればいいんだ。それが彼等の力になるんだから。
「そのための神応石だよ。信者同士が共鳴すればそれは強大な力になる。エビルヘッドを崇拝することでエビルヘッド自身や信者にも力を得ることが可能になるんだ」
賢人はそれを聞いてはっとなった。神応石の特性に気づいたようである。
ちなみに神応岩の事も教えておいた。長い歴史の果てに土に埋められた神応石が蟻のように集まり、岩になった神応石のことだ。
「で、役職だけど、何がいいかなぁ」
「それをわたくしに聞かれても困る。わたくしは勉強は好きだが創作は苦手だ」
賢人が首を横に振った。こういうのはきちんとした設定が重要だ。
神様を祀るにはそれらしい神話を作らなくてはならない。ローマを建国したロムルスは狼に育てられたともいわれている。
エビルヘッド教団の教義などをどうするかが問題だな。
『ミルズ、ちょっといいかな。相談したいことがあるんだ』
僕は遠くにいるミルズに念話を飛ばした。するとミルズはすぐに答えてくれる。
『簡単だな。ガリバーに頼めばいい。彼は漫画家だ、面白い設定を作ってくれるだろう』
僕はなるほどと思った。僕の大好きな絵本、そらとぶ! オムスビマンの作者でもあるからね。
僕はさっそく念話でガリバーを呼び出すことにした。
エビルヘッド教団誕生を書きましたが、当初は考えてませんでした。




