第三十六話 バルバール誕生
ここが蟲人王国か。
かつてはヨーロッパと呼ばれていた。
ヨーロッパとは六大州の一だ。六大州とは地球上の六つの大きな州を意味する。アジア・アフリカ・北アメリカ・南アメリカ・ヨーロッパ・オセアニアがそれだ。転じて、全世界のことを差す。
ヨーロッパはユーラシア大陸西部および付近の島々からなる。ふつう、ウラル山脈以西、カフカス山脈以北、ボスポラス海峡以西をさす。欧州ともエウロパとも呼ばれていた。
今はかつての文明の影がない。1999年に起きたキノコ戦争により、文明は崩壊した。
人々は虫型の亜人に変貌し、キノコの冬を土の中で過ごしたそうだ。地殻変動のおかげでかつての地形は変形している。
さらにキノコの冬で出来た副産物、被爆湖もちらほらあった。
僕がここに飛んできたのは、エビルヘッドがこの地にいるとガリバーから連絡があったからだ。
ガリバーは7人で1人。例えバラバラに離れていても互いに念話で連絡が出来る。
僕たち人造人間、全員が身に付けているが、感度のよさはガリバーが上だ。
僕が目指すのはフランス南部のピレネー・オリアンタル県があったところだ。そこで龍京から来た人間が、町を作っているという。
エビルヘッドははるか遠い龍京から鉄道を作ってここまで来たそうだ。なんとも気の長い話であろうか。
だがライフラインは重要だ。ちなみに鉄道の上を走らせるのはビッグヘッドだという。トレインヘッドという巨大なビッグヘッドで、手こぎで走らせているそうだ。なんとも原始的だが、石炭などを燃やさないからかなりクリーンである。
さらに言えば燃料は人間が溜めた糞尿を大量に食わせているそうだ。
元々ビッグヘッドは植物の遺伝子を改良されて生まれた生物だ。鉱石などを食べることで浄化することが可能である。人間の排せつ物を処分するのが植物にとって正しいことかもしれない。
これを作ったのは日本共和国の杖技網厚。今はアシュラと言って僕らの仲間だ。日本人はアメリカ人の僕と違って発想が柔軟で好きだ。
これらの情報はガリバーが隠れてこっそり盗み聞きしたものだ。
さて僕は空を飛んでいると地上に集落があるのを見つけた。
それは石造りの家が並び、石畳ができていた。働いているのは動物系の亜人たちだ。中には虫型の亜人もいる。
彼等に指示を出しているのは白馬の亜人だ。50代ほどだろうか。
僕はその人の元へ降り立った。
「初めまして。僕の名前はヒュー・キッドと申します」
周りは驚いていた。そりゃあそうだろう。空を飛ぶ亜人などいないのだから。
元インドであるガルーダ神国には鳥型の亜人がいる。彼等はガルーダにしか住んでいない。世界各国ではアマテラス皇国以外に鳥型はいないのだ。
これは人間が空を飛ぶという発想がないためだと思う。
それはそうと白馬の亜人は少し驚いたようだが、すぐ咳払いをすると、僕をまっすぐに見た。
「こちらこそ初めまして。わたくしは龍賢人です。この町の代表ですね」
そう言って賢人は手を差し伸べた。僕も握手する。
初対面だけど僕は彼を知っていた。龍京の初代将軍である龍胖虎の孫だという。
「ところであなたは我々に何の用があるのですか?」
賢人が訊ねた。
「僕はエビルヘッドに会いに来ました。とても有益な取引です。彼はどこにいるのでしょうか?」
「王大頭に……。ここ数十年、彼を殺しに来る人間は多いですが、取引を持ち掛ける人は初めてですね」
賢人は感心していた。王大頭は龍京でのエビルヘッドの呼び名だ。
「残念ですが、王大頭はいませんよ。わたくしですら知らないのです。彼は世界各国のカクハイキシセツを回っているようですが」
賢人が答えた。核廃棄施設のことは詳しく知らなさそうだ。恐らくは世界を腐らす毒としか教わっていないのだろう。
「ここには戻ってきますか?」
「はい。一年に一度は戻ってきますね」
はっきりと答えた。嘘をついている様子はない。
「なら待ちましょう。僕はいきなり訪ねてきたのですから、待つのは当然です」
「そうですか。構いませんよ」
賢人が言った。未知の生物を見ても彼は平然としている。さすがは龍京からこの町を任されているだけあるな。
「あのぅ、賢人さん。よろしいでしょうか?」
おずおずと声をかけてきたのは虫の亜人だ。タマオコシコガネの亜人だ。
「ああフィガロさんですか。建築の件でしたらあなたの自由だとおっしゃったでしょう? それとも部下が逆らうのでなんとかしてほしいのですか?」
亜人の名前はフィガロというらしい。おどおどした態度だが年齢は20を超えたばかりか。
賢人の話ではこの町の建築は彼に任せているようだ。余程優秀なのだろうな。
「いえ、違うんです。妹の姿が、見えないのです」
「妹……。ああ、ロジーナさんですか。申し訳ありませんが見ておりませんね。すぐに人を使って探させましょう」
「あの、そこまでは……。まったくあいつと来たら……。そうそう共栄住宅地はすでに完成しましたよ。次は商業地区に着手しますね」
フィガロはそう言ってぺこりと頭を下げて、去っていった。
「彼はフィガロと言い、この町の建築を一手に引き受けております。イタリア出身なのですよ」
「イタリア、今はオラクロと呼ばれていますね。ですがあそこは人間しかいないのでは?」
さすがの僕も知っている。オラクロ半島には人間しかいないのだ。亜人の集落があってもおかしくはないのに不思議に思っていた。
僕の母親の記憶を持つ、モンロースナックはあまり説明したがらなかったな。
「決まっています。追放されたのですよ。人間たちによってね」
賢人は吐き出すように答えた。僕もうすうすは感じていたが、人間の傲慢さに吐き気がしてきた。
「フィガロの住んでいた集落はひっそりとしたものだったそうです。でも幸せに肩を寄り添いながら生きてきた。しかし人間たちの一部が亜人たちを排斥に動いたのです。自らの髪の毛を操る力を持ってね。フィガロの両親と親戚は皆殺しにされ、彼は妹と共にアルプス山脈を越えて、偶然私と出会ったのですよ」
なんとも苦々しい気持ちになる。スナックが説明したくない気持ちが分かった。ごく一部とはいえ人間の暴走によって、罪のない亜人が迫害されたのだ。
「彼の一族を殺害した者たちは髪の女神に粛清されたそうです。全員女神のためだと泣きわめきましたが、亜人を殺して楽しんでいたのがばれていたので、問答無用に髪の毛で首を切断されたそうですよ」
すでにママが粛清していたのか。フィガロの一族も安らかに眠れるだろう。
「それはそうと、なぜあなたは王大頭に会いたいのですか? それに取引とは?」
賢人が訊ねたので、僕は説明した。
海の向こうにあるニューエデン合衆国の西部にあるリベルターシティでは、僕を主役にした漫画が流行になっていること、そして悪役に実在するものを採用したいとのことであった。すると賢人の顔がみるみる赤くなった。額に蚯蚓腫れが浮き出て、両拳に力を込めている。
「ふっ、ふっ、ふざけるな!! 我らの王大頭をお前の引き立て役にするだと!! 冗談も大概にしろ!!」
彼は激怒した。そりゃそうだ。自分たちが敬意を抱いている者を、僕の引き立て役にするなど普通はあり得ない。
「鼻毛針地獄!!」
突如、賢人の鼻から細長い何かが飛び出した。まるで矢のように早い。僕の動体視力でなければ、回避できないだろう。
それは言葉通りに鼻毛だった。鼻毛が矢のように鋭く、僕を狙ってきたのだ。
さらに鞭のようにしなると、ぺしっぺしっと地面を叩くたびに爆発する。当たったらひとたまりもないな。建物に当てないだけ分別はあるようで怖い。
「へへへ……。賢人様の鼻毛から逃れられるわけがないぜ」
「けど、賢人様って馬鹿にされてるよね。鼻毛しか操れないとか周辺の村では言われてるよ」
「実際に見れば恐ろしい技なのになぁ。そのせいでバルバールの奴らはびびらないし……」
周囲の人間がひそひそ話をしている。確かに話だけでは脅威は伝わりにくいだろう。鼻毛を操るというだけではなんとも大したことがなさそうに見える。
ここの町の人間は賢人の力を間近に見ているからわかっているけど、他所の人間が脅威を理解しなければ手を出されるだろうな。
ここはひとまず逃げの一手だ。僕はすぐに背を向けて空を飛んでいった。
賢人は何も言わず、周りの連中だけがヤジを飛ばしていた。
僕は数キロ離れた森に逃げた。今まで僕が意見を言っても肯定する人が多かったので、今回はちょっと危なかった。
正直、エビルヘッドとは協力したい。でも賢人は認めないだろうな。
木の枝に腰を掛けて、僕は昼寝をしようとした。すると森の中から悲鳴が上がる。女の子の声だ。
僕はすぐ悲鳴の元へ駆け寄った。するとそこには陰惨な現場があった。
タマオコシコガネの亜人が頭を割られて死亡していたのだ。やったのはゴキブリの亜人だ。手には巨大アライグマの骨で出来た棍棒を手にしている。
タマオコシコガネの亜人は女性のようだ。ゴキブリの亜人は一回り小さい男のようである。
だが身にまとっている殺気は尋常ではない。人造人間の僕ですら背筋に寒気が走る。
「僕の名前はヒュー・キッド。……君は誰だ? なぜ彼女を殺した?」
「俺はバルバール。この女は町を裏切れと言ったのに断ったから殺した」
まさか返答があるとは思わなかった。バルバールの声は十代前半であろう。野性味あふれる雰囲気に僕自身飲み込まれそうになる。
「町を裏切る……。つまり内通か。あの町が欲しいのかい」
「ああほしい。あの町には食い物と鉱石がたんまりある。奴らを皆殺しにしてすべてを奪いつくしてやるんだ」
そう答えるバルバールの眼は凶器を宿していた。
バルバールは第二部の最後に出てきた敵です。フィガロがセリフ付きで登場したのは今回が初めてですね。
本来、バルバールを出すつもりはありませんでした。しかし話をきっちり作るため、急遽登場することにしたのです。
そもそもウンディーネが漫画家になるなど、私ですら予測してませんでしたから。




