第三十二話 神はテレビの中
「ひゅぅぅぅぅ、ヒョウヒョウ!!」
ゲルダは逆立ちになると、地面から冷気があふれ出る。次に彼女の身体は瞬時に吹き飛んだ。
ゲルダは体操選手がやるようなムーンサルトを決める。僕はそれを見惚れてしまうが、彼女は顔の前にバツの字を作り、隕石の如く落下してきた。
それをスナックが髪の毛を使い、僕の腰に巻き付け引っ張った。
「見惚れてはだめよ!! 今の彼女の力は通常の三倍よ!! 身体は赤くないけどね!!」
「デモンダーXのアブナスギル男爵の機械竜だね!! 神五郎先生の漫画がネタだね!!」
デモンダーXは日本初のロボットアニメだ。助平平助が主役でデモンダーXという巨大なロボットを操縦して、悪の天才科学者、ワルガスキー博士率いる機械竜と戦うのだ。
ちなみに僕が人造人間と書いてメタニカルアニマルと呼ぶのも、このアニメが元だ。
「そうよ!! 私も子供の頃は日本のアニメが大好きだったの!!」
スナックは髪を振りかざし、ゲルダを攻撃する。しかしゲルダは掌を向け、壁のように突きだした。すると空気中の水分が凍って、氷の壁が生まれた。髪の毛はすべてひっついてしまう。
「ヒョウヒョウヒョウ!! 髪は女の命!! それを奪われたお前に未来はない!!」
「いいや、ある!!」
スナックはあっさりと髪の毛を引っこ抜いた。抜かれた部分は十円禿げになる。女としては屈辱的な姿だ。どうしてこの人はがんばれるのだろうか?
「今まで子供を甚振った女が、今更髪の毛で四の五の言うのは違うでしょう?」
スナックは凄味のある笑みを浮かべた。そして髪の毛が氷の塊をくっつけた髪を引っ張る。
それを鎖鎌の分銅のように振り回した。
「これが私の能力、ザ・ノンバディーズよ!! 私は誰でもない女!! 髪の毛が私のすべてなのよ!!」
スナックが叫ぶ。しかしゲルダはまったく氷の分銅をものともしない。
『チクショオォォォォォォォ!! ジャマ スンナァァァァァ!!』
向こうではキュニラスが叫んでいた。相手はウンディーネだ。陸に上がった魚は鰓呼吸しかできないから死ぬだけだけど、ウンディーネは肺呼吸もできる人魚だ。
彼女は海中だけでなく、大気中の水分を凝縮し、移動に使っている。
パンパンパンと心地よい音を立てて、空を飛んでいく。とても人魚には見えない。
「ホホホ!! 私が水中以外は無力と思いました? ざんねーん。私はオタクが第一に喜ぶ人魚なのです!! 次に炎を操る魔人が人気ですね!!」
ウンディーネはわけのわからないことを言いながら、キュニラスを足止めする。さらにゾンビたちも自慢の水鉄砲で倒していく。
でも最初はウンディーネ、ゲルダを相手にしてなかっただろうか? 攻守がめちゃくちゃである。
「相手はキチガイなのです。いつまでも同じ相手などしませんよ!!」
スナックが言った。相手が僕をずっと見ないから誰を倒せばいいのかわからない。
まったくこんなに出鱈目な戦いは初めてだ。頭がおかしくなってくるよ。
「そんなことはありませんよ。私はここで髪の毛の檻を作っております。本来はゾンビ共など町に行かせることはないのですよ」
そう言ってスナックは足元を指差す。そこには髪の毛が地面に突き刺さっていた。遠くを見ると僕でなければ見えない細い糸が無数に空へ突き出ていた。
スナックは髪の毛の結界を作っていたのだ。ちょうど蠅がぶ~んと飛んできたが、スパッとその身が二つに分かれる。一流シェフの包丁並みの切れ味だ。獣以下の頭になったゾンビなどすぱすぱ切れて行動不能になるだろう。
『ウガァァァ!! ムカツクムカツクムカツクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!』
キュニラスは切れた。思い通りにならないので苛立っているようだ。そしてウンディーネの攻撃を無視して、彼女の身体をつかみ取った。
「へ?」
そして彼女の体をねじり切って、真っ二つにしてしまったのだ。
それは凄惨な姿だった。彼女の口からありえないほどの血が噴き出ると、白目を剥いた。
キュニラスは下半身を失ったウンディーネを海に投げ捨てると、ぴちぴち動いている魚のしっぽを思いっきり踏みつけた。それをミンチになるまで踏みつけたのだ。
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
キュニラスのヤギ頭が喜びの雄叫びを上げていた。ゲルダもウケケと笑っている。
僕は切れた。ウンディーネが死んだ。人造人間だけどああなってはもう戻れない。
夫のズルタンや娘のディーヴァに何を言えばいいんだ?
ズルタンは自分だけが妻子を生き返らせてもらったので、僕たちに遠慮しがちであった。
でも僕らは気にしていない。家族なんて僕にとって敵でしかなかった。ママは僕より神様が大好きで、パパは僕が痛めつけられても無視してきた。
でも違ったんだ。パパもママも言葉には出さないだけで、僕を愛してくれていたんだ。そして僕を守るために僕の見えないところでがんばってくれていたんだ。
パパは死んだけど、ママは生きている。この戦いが終わったら話をしたいな。
でもディーヴァはもうウンディーネと話が出来ないんだ。もう彼女はこの世にいないんだ。
許せない。許せない許せない許せない!!
『アヒャヒャヒャヒャ、ヒトゴロシッテ、サイコォォォォォォォ!! ヨワイモノイジメ、ダァァァイスキィィィィィィィィィ!! アヒャヒャヒャヒャ―――』
キュニラスは馬鹿笑いを続けていたが、そうはさせない。
僕の身体は弾丸より早くなった。たぶん44オートマグのような威力を発揮しているだろう。
キュニラスの腹に頭突きをしてやった。岩のような身体がみしみしと悲鳴を上げている。
ぷちぷちと筋肉が千切れる音と、ぽきっと骨が折れる音が聴こえた。
キュニラスの頭の中ははちみつのようにどろりとしているだろう。
僕の祖父であり、父親らしいが、そんなことは関係ない。父親を殺したらギリシャ神話のオイディプスのようになってしまうが、別にママと子作りしたいわけじゃないしね。
『オボボボボボボボボボボボ!!』
キュニラスはわけのわからない悲鳴を上げる。おそらく今まで体験したことのない激痛を食らい、混乱しているのだろう。
人を痛めつけて楽しむ人間は、他人の痛みなどわからない。だから平気で人を傷つける。
そして自分が傷ついたらすぐパニックを起こし、相手を尋常じゃないほど憎むようになる。
でも僕は反撃の機械なんか与えないよ?
「ヒュー・パーンチ!!」
僕は必殺のヒュー・パンチを食らわせた。だがこいつで終わりじゃない。いつもは渾身の力を込めるが、今回はこれで済まさない。
「ヒュヒュヒュのヒュー!! ヒュヒュヒュのヒュー!! ヒュー・パンチでヒュッヒュッヒュ!!」
僕はキュニラスの身体にヒュー・パンチを百発ほど食らわせてやった。キュニラスの身体には無数の拳の跡がくっきりと焼き印のように残っている。
恐らくこれほどのヒュー・パンチを食らった奴はいないだろう。
『アヒッ、アヒッ、キャラダ、オリェノ、キャラダギャァァァァァ!!』
キュニラスは立ち上がると、身体に異変が起こった。頭から胸、腹部がぼこぼこに膨れていくのだ。
恐らくキュニラスの身体は自然に生まれたものじゃない。僕を憎む幾人の思想を取り込み、怪物と化した存在だ。
やがて身体が膨らむとぼこっと身体が爆発する。こちらもデモンダーXのワルガスキー博士の死にざまと同じだ。ただし殴るのはデモンダーXでワルガスキーの乗る地獄竜をぼこぼこにしたんだけどね。
『イヤダッ、オレハシニタクナイ!! モット、ヒトヲコロシテ、タノシムン、ダッダッダノダバァ!!』
キュニラスの哀れな断末魔の叫びであった。僕の祖父はそれほど悪人ではなかったと思う。自分の娘を孕ませた故にオルディネ教によって悪魔の使いにされたんだ。
パパがママに対して堕胎しろと勧めて当然だった。
「なっ、なっ、なんでぇ!?」
ゲルダは混乱している。キュニラスが死んだくらいで動揺するのだろうか?
しかしスナックはその隙を見逃さなかった。髪の毛で彼女を拘束した後、ゲルダを輪切りにしてバラバラにしたのである。
「げふぅ!!」
ゲルダの身体が四散した。地面にぼたぼたと落ちた後、冷気が立ちこもる。彼女の身体は凍り付き、ぱりんと砕けて散ったのだ。
「……もしかしたら彼女は元に戻ったのかもしれない」
ゲルダがキュニラスの死に動揺したのは、そのためかもしれない。だとしたら僕は彼女を救わず殺したことになる。
『いいや、戻っていないよ。私の頭の中に響いたゲルダの最後のメッセージは、町の人間を皆殺しにすることだった。あくまでお前に対する嫌がらせの為にな』
頭の中にハッピープリンスの声が響く。母親が死んだのに冷たいな。いや互いに18歳だから別人なのだろう。
これからどうしよう。ウンディーネも死んでしまったし、犠牲が多すぎた。
「こらこら、わたちを勝手に殺してはいけませんよ」
海の方から声がした。一体誰だろうと振り向くと、そこには小さな人魚が這いあがってきた。
「新しいウンディーネさんですよ。忘れましたか? 私の能力名ロック・イズ・デッドは死の直前に新しい私を産み落とすのですよ」
そう言って小さなウンディーネはぴょこんと立ち上がった。まるで幼女である。どこか幼い感じがした。
「そうでしたね。でもなんでロックが死んだなんて名称なのでしょうか?」
「オルディネ教にとってロックは神を冒涜する歌です。彼女の能力は神の与えた身体を無視しています。忌むべき力ですね」
スナックが言った。そう言えば生前のママもロックを嫌っていたっけ。
「当然ですね。神はテレビの中にしかいないのですから」
ウンディーネは胸を張って答えた。スナックは不機嫌そうだったが、すぐに口元を緩ませた。
ロック・イズ・デッドはマリリン・マンソンの曲です。
映画マトリックスの主題歌でもあります。
作詩には神はテレビの中という詩があり、それを使いました。
はっきり言えば能力名はこじつけがほとんどです。




