第三十一話 野間神魅羅
毬林魅羅の旧姓は野間神であった。漢東のある地方の名家の一人娘であった。
幼い頃から乳母で日傘のお嬢様であった。花よ蝶よと崇められてきたのだ。
しかし両親は幼い魅羅に対して家庭教師をつけ、稽古漬けにしてきた。
小学校では百点以外を取ると父親が激しく顔を殴りつけた。体育でも一着以外を認めず、冬の寒空に裸で放り出すなど異常さを極めてきた。
使用人はもちろんだが、母親は何もしない。祖父も父親と同じで魅羅を自分の思い通りになるペットのように扱っていた。
いや母親は魅羅を着せ替え人形のように奇麗な着物を着せて、化粧をして楽しんでいた。魅羅が嫌がれば般若のような形相になり、娘の頬を血が垂れるまでひっぱたいた。
時代錯誤の広い屋敷は、魅羅にとって牢獄であった。彼女は両親が望む学校に入学し、自分たちが選んだ名家の婿を取ることを目的としていた。
実のところ母親は祖父母に毎晩罵倒されていた。なんで男の子を生まないのかと。反撃すれば実家に悪影響を及ぼすため、母親は地蔵にように黙り込んでいた。その鬱憤を幼い反撃する力を持たない魅羅にぶつけたのだ。
魅羅が屈折した性格になりかけるのも時間の問題であった。
ところが運命は意外なところで魅羅を救ったのだ。
魅羅が中学校に上がる頃、野間神家は破産したのだ。土地の値段が暴落し、自分たちが経営した会社も倒産した。
野間神家は屋敷と土地を失ってしまう。銀行に差し押さえられたのだ。
まず祖父母は狂った。目の前の現実を受け入れられずにいたのだ。先祖代々受け継がれた刀や掛け軸、着物を手放した彼等は庶民の使うものを拒否し、真っ裸になって道路を走っていたところを走行したトラックに衝突して、二人とも首根っこをへし折れて死亡した。
父親は惨めであった。なんでも祖父の言いなりだったから、狭い物置小屋のような広さのアパートに引っ越しても、わがままばかりで近所に迷惑をかけていた。
母親は実家に戻れず、勘当された。娘は野間神に嫁いだのだから、一生野間神に付き添えと娘が幼少時から所持していた持ち物と共に、娘のいた痕跡をすべて排除したのである。
父親は働かなかった。庶民と同じく汗水たらして働くことに矜持を傷つけられたくないからだ。毎日酒ばかりを飲み、魅羅と母親に暴力を振るった。母親も自身のいら立ちを娘にぶつけて憂さを晴らしていたのだ。
これが無力な幼稚園児なら魅羅は児童虐待によっていたぶられて殺されていただろう。
だが魅羅はとても賢かった。冷たい牢獄から解放された彼女はまず自分の両親に復讐を試みた。
魅羅の部屋は二階にある。父親は窓から下校した魅羅に対して酒を買って来いと銅鑼の様な声で命令した。昼間なのにへべれけに酔っているのは日常茶飯事であった。
だが魅羅はあっかんべーと舌を出した。それを見た父親は侮辱されたと思い込み、顔を炎のように赤くして窓から彼女を殴ろうと飛び降りたのである。
だが下には花壇があり、キュウリが植えてあった。当然竹の棒が無数刺さっている。
父親はそこに落ちたのだ。背中から落ちた彼は胸に三本ほど竹の棒が突き刺さった。
げはげはと口から血を吐き、芋虫のようにごろごろと転がり回って、意味不明な言葉を吐き出した。
魅羅はすぐに大家に頼んで救急車を呼んでもらう。だが来たのは30分ほどで、父親は目を見開き、口が裂けそうなほど開いて死んでいた。
警察も来たが、事件性はないという。当然だ、父親は昼間から酒を飲む男で、言語も呂律が回らないほどだ。救急車も途中にイベント関係で路上駐車によって到着が遅れたのである。
魅羅の父親はあっさりと死んだ。だが魅羅は最初から計算したいたのだ。花壇は数日前から何か野菜を植えたいという一回の住人に対して、キュウリを植えたらどうかと勧めたのだ。
さらに今日はイベントがあり、車が異様なまでに多い日であった。この日に父親を逆上させ、キュウリを支える支柱に突き刺さるよう仕向けたのである。
母親は父親が死んでもなんとも思わなかった。むしろ死んでげらげら笑う始末であった。
さらに母親は魅羅に対して学校に通わず、働きに行けと言う始末である。
もちろん魅羅は表向き母親に従順なふりをした。そして強力な酒と共に大量の睡眠薬を飲ませたのだ。次の日彼女は死んだ。
実は母親は睡眠薬を服用していたが、一緒に酒を飲むので医者に止められていたのだ。
なので司法解剖で睡眠薬とアルコールが検出されても、かかりつけの医者が証言してくれたのである。
魅羅は一気に両親を失った悲劇の少女となった。アパートを引き払って孤児院に入所した。
彼女は一見地上に落ちた天女のように儚い印象があった。実際はその腹の中に漆黒の闇を抱えていたのだ。
魅羅の悪行は留まることを知らなかった。孤児である自分に対して内申書を盾に体の関係を迫る教師には、朝の通勤ラッシュ時に突然声をかけ、振り向いた瞬間バランスを崩して、電車に弾き殺させた。
さらにPTA会長の娘である意地悪な生徒に対しても、彼女らがトイレの個室でたばこを吸っている最中に誇りをばら撒かせた。
すると個室は火の海になり、大爆発を起こした。これは粉じん爆発と言い、細かい埃が舞うと、タバコの火だけで一気に燃え上がるのである。さらに当時は汲み取り式のトイレなので、メタンガスが充満しており、爆破の威力も倍増したのだ。
生徒達は爆発で黒焦げになって死亡した。魅羅は掃除の途中で巻き込まれてけがをした。
誰も魅羅を疑う者はいなかった。警察の調べでも女子生徒のタバコの火が原因と位置付けたのである。
繁華街で自分に絡むチンピラに対しても、杭のあるとこでわざと相手を転ばせて、相手の頭や胸に突き刺さるように仕向けたのだ。それで殺した相手は5人は下らない。
警察は彼女を疑ったが証拠がない。そもそも周囲には人がおり、被害者は周辺では鼻つまみ者として扱われていて、相手が死んでも悲しむどころかざまぁみろと心の中で舌を出していた。
それ以前に不良学生を相手に喧嘩を繰り返してる。相手の急所を執拗に狙うやり方だ。こちらは連戦連勝である。相手がナイフを使えば、逆に狂気を持つ手を掴んで、刺し殺していた。
魅羅は悪魔になりかけていた。彼女が中学を卒業する前にとあるニュースを見た。
そこでは酒酔い運転で両親を亡くした高校生の姿があった。
レポーターは一人息子の毬林満村に対して、両親が死んで悲しいですね、犯人は酒酔い運転ですぐ出所できますが、どういう気持ちでしょうか? とぶしつけに聞いてきたのだ。
魅羅は施設にあるテレビを頬杖をついてみていた。くだらないと思った。
『両親が死んだのは悲しいですが、もう生きる苦しみから解放されたのです。親が先に死ぬのは自然なことですね。それに犯人は早く出れると言いますが、酒酔い運転で人を殺した人を、家族や親せき、近所の人は受け入れるとは思えません。刑務所で真面目に仕事をして社会復帰してほしいですね』
それを聞いた魅羅は頭に雷が撃たれた感覚になった。今まであんなことを言う男なんかいなかった。
『なんだと貴様!! 親が死んで悲しめよ!! 犯人を許すんじゃない!! 言い直せ!!』
レポーターが切れた。他のレポーターも一斉に怒鳴り始めた。視聴者が望まないコメントを口にした満村に対して、罵詈雑言を並べ立てたのだ。
魅羅はそれを見て胸糞が悪くなった。施設の子供たちも満村に対して不快感を示していた。両親が死んでも悲しまない異常者だと決めつけている。
だが魅羅は彼に惚れた。理屈ではない。一目惚れであった。しかも相手は近所に住んでいるようである。
「決めたわ! 私はあの人にプロポーズする!!」
魅羅は興奮して立ち上がった。施設の教師たちはあんな狂人と関わるなと説得したが、魅羅は聞く耳持たなかった。
☆
……なんだかなぁ。ウンディーネの過去は何とも言えない。そもそも事故に見せかけて人を殺しており、かなりの悪運の強さだ。
はっきり言えばキノコ戦争が始まった頃の、毬林、ズルタンがキノコの毒で焼かれて死にかけた人間を猟銃で殺し回っていたのが可愛く思えるぞ。
「ひょひょひょ!! 人を殺しまくったあなたが人を救うなんてちゃんちゃらおかしいですわね。今更善行を積んでも極楽浄土には行けませんわよ!!」
ゲルダが勝ち誇ったように叫ぶ。だがウンディーネは冷静なままだ。
「は? 社会のゴミどもを殺して何が悪いのですか? 裁かれないのは相手が私より悪人だからですよ。第一この私が天国に行けるはずないでしょう。頭が悪いんですか?」
おお、煽る煽る。この人は一見聖母のように振る舞うが、やることは天使そのものだ。天使は人間に知識を与えた毒蛇、悪魔を殺す役割を持っている。戦闘のプロフェッショナルなのだ。
案の定ゲルダは身体をぷるぷる震わせている。
「黙れ、だまぁぁぁぁれぇぇぇぇぇ!! お前は私に意見を言うな!! 私がすべて正しいんだ、お前らは黙って私の言うことを聞けばいいんだァァァァァァァ!!」
『ヒュー・キッドよ。いいか?』
突然頭に声が響いた。声の主はミルズのようだ。
『恐らくゲルダは24年前のモンロースニークと同じく正気を失っている。スニークの場合は龍超人だったが、今回は世界中の神応岩の影響が強い。彼女を正気に戻すのは無理だ』
ミルズが結論付けた。僕もそう思う。彼女は龍英雄の妻だった。英雄は龍一族を救った英雄で、中華帝国の龍京では今でも神として崇められている。
彼女もまた英雄に縛られた被害者なのだ。僕は彼女を救うべく戦うことにする。勝利の代償は彼女の死だ。
野間神魅羅はマリリン・モンローの本名、ノーマ・ジーン・ミラーから取ってます。
はっきり言えば魅羅の方が悪質ですね。




