表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
School Savage VS. Identity Fragment  作者: ジョシュア
第四話:方舟のプリンセス
15/21

鬼門遊仁:メイカイな答え

 遊仁の能力は極めて限定的である。

 まず、時間の問題があった。満月かその前後頃の月が昇る夜でなくてはならない。月からの光量が、彼の能力の発動条件と密接に関わるものである。雲がかかっていてもだめなのだ。ビルなどの建物に遮られてもいけない。

 さらに言えば、満月が昇って時間が浅くある、もしくは月が沈む直前である必要もあった。これは条件というより、遊仁が最も能力を生かせる時間である。

 ……つまり遊仁の能力は、一ヶ月に三日か四日ほどしか、発動することができない。いかに優秀な能力と言えども〈方舟〉の中でそれは、かなりの制約だった。戦うことはろくにできず、そもそも能力をまともに披露することもできない。

 だが、彼はいま、その力に感謝している。

 なにせいまが、その時であった。偶然ではないだろう。占い師の能力で、人をあえて狂わせているというのならば、満月の夜であるのは道理だ。

 ルナティック、という言葉がある。月を起源にする言葉であり、意味は「狂っている人」である。満月というのは太古の昔から人を狂わせるものである。月の女神アルテミスが放つ病いの矢、それを起源を持つディアナ女神がローマ皇帝カリギュラにかけた呪い、狼男に変身するという伝承、吸血鬼が最も能力を発揮する時間。

 果たしてそれほどの力かはわからないが、夢に関わる能力であると言うなら、おかしくはないだろう。

 遊仁は両腕を広げた。ゲートから差し込む月の光が、遊仁の体にあたり影を作り出す。

 なるべく、影は大きい方がいい。それこそが、遊仁の力の源であったから。


 影から何かが出てくる。気づけば、影はただ地面を黒く染めているだけではなくなっていた。

 底が見えない暗さ、である。深淵だ。覗き込んでしまえば最後、取り込まれてしまうのではないかと思うほどに。


「さあ、来い……地獄の番犬!」


 そう言うと、現れたのは真っ黒な犬である。

 いいや、犬などと言っていいのか。涎を垂らし、冷気をまとうそれは、狼だ。

 能力で生み出された存在なのか、どこかに本当は存在しているものを呼び出しているだけなのか、わからない。

 だが、これこそが遊仁の能力であった。

 すなわち、地獄の者たちを呼び寄せる力であった。

 その名は〈死を授け賜え(ワイルドハント)〉である。

 他にも使い方はもう一つあるが、それは禁じ手である。いまは彼の者を呼び寄せるだけだ。

 影と線でつながった狼は、ガルムかケルベロスの眷属だろう。その狼は数を増やし、四匹にもなった。


「頼む、力を貸してくれ……妹を止めるんだ!」


 そう指示を出すと、狼たちは一斉に悠果へと飛びかかった。

 〈鬼神奮迅〉を発動した悠果は圧倒的である。遊仁が呼び出した鬼は、彼女のような力を持たない。

 圧倒的な膂力に加えて、強靭な鋼の肉体、そして神通力までもを使ってみせる、日本伝承における鬼の姿をとる。オーガ、という訳を遥かに超えており、その力を知っても尚、侮っていると言えるほどの認識しか持たぬ者もいるほどだ。

 だが、そんな彼女が相対するのは、冥府の者どもである。

 氷の息を吹きかける狼たちによって、暴走する悠果の腕が凍らされる。関節に張り付いた氷は、彼女の動きを阻害する。忠実な狼たちは遊仁の願いをきちんと聞いていた。可能な限り傷つけずに、悠果を足止めするという役割を果たしていた。

 だが、ぴしり、という音とともに悠果は氷を砕いた。薄氷では止めることはできない。そう判断したのは狼たちであった。

 より強い氷の吐息を。一匹が囮となって、他の三匹が追い詰める。狼の狩りであった。

 彼らの本当の力は、社会性であった。真に恐るべき能力である。

 悠果は止まらなかった。氷の息を吹きかけられる前に、狼を殴りつける。弾き飛ばされた狼は倉庫の壁に叩きつけられるも、未だ健在である。その隙を狙って他の狼たちも飛びかかるが、効果はあげられない。

 悠果の理性が失われた瞳は涙を流していた。

 どんな夢を見ているのだろう、と思った。泣いてしまうほど悲しい夢なのだろうか。誰が彼女を悲しませているのだろうか。

 友人だろうか、エリュースだろうか。だとしたら自分は、その者たちを許せるのだろうか。

 それとも、泣かせているのは自分、なのだろうか。

 そうであればいいと思った。

 妹が恨むのは、自分でいい。妹を泣かせるのも、自分でいい。

 ただ自分のために泣いているのだとしたらと思えば、胸が苦しくなった。


「出でよ、巨人のかいな!」


 叫べば、影から浮かび上がってくるのは巨大な腕である。ヘルヘイムに眠る、巨いなる者の腕であった。

 その腕は、悠果をつかんだ。狼たちによって身動きがとれなくなった彼女は、腕から逃れることができないでいる。


「助けてやるからな、悠果!」


 そう叫んだ。

 妹を助けるために、ここまで来たのだ。

 たまには兄らしいことをしないとね。そんな風に冗談めかして言いたかったが、そんな余裕は一切ない。

 悠果が雄叫びをあげた。恐怖心をかきたてる咆哮だった。鬼の力の一つなのだろうか、それとも臆病な自分の心がそうさせているのだろうか。

 狼たちは怯んだ。その隙に、悠果は巨人の手から力任せに逃れる。ぐっ、と呻いたのは遊仁であった。

 ここから先は、この世そのものを危うくしてしまう。自分の制御ができる範囲でどうにかしなければ、そう思っていたが、やはり彼女を侮っていたようであった。

 遊仁の力は強力であった。深景がいうに、その力を際限なく振るうことができてしまえば、この世はあの世と変わらなくなってしまうと。

 だから、できる限り抑えて戦おうと思っていた。しかしそれは、悠果という妹を侮っていたと言える。彼女はいま、意識を失っている。自我は夢の中におり、夢の中の何かによって突き動かされている。それはある意味で〈鬼神奮迅〉を全力行使している、という意味であった。

 奥の手を使うしかない、と思った。

 だが、それよりも早く悠果が動く。

 狼を一匹つかんだ。そしてそれを大きく天井へと投げつける。

 狙ったのは、明かりであった。バチン、と一瞬だけ光が大きくなる。


「しまった……っ!」


 月明かりによる影が光に塗りつぶされる。生まれた影は、月のものではなくなってしまう。

 悠果はまだわずかに理性を残していたのだ。しかしその理性さえ、遊仁の能力を潰すことに使ってしまう。

 自分の影と接続していた狼たちや巨人の腕が消滅してしまう。それこそが狙いだったのだ。

 視線を一瞬、蝶ノ芽と占い師の方へと向けた。二人は膠着状態に陥っている。占い師が持ち出したナイフのせいで、蝶ノ芽は足止めするので精一杯なのだ。尤も、それこそが彼女の狙いであった。

 光が晴れる。もう一度、能力を行使しようとした。

 しかし、それよりも悠果が迫る方が早い。

 潰される、と思った。妹に殺される。不肖の兄だ、仕方ないとも思った。半ば諦めていた。

 もしここが屋外であったら、遊仁が勝っていたかもしれない。妹を取り押さえて、占い師が折れるまで耐えられたかもしれない。

 だが、戦いではそんな想定は意味を為さない。もしも、などということはない。戦いとは、戦場が整えられた時点から始まっており、本来想定すべきは、そこからなのだ。

 悠果の腕が迫った。巨人の腕を再度呼び出すが、彼女の動きを止めたところで、もはや無意味である。その腕は十分に、遊仁を射程にとらえていた。

 やられる、と思った。殺されるのだ。ここで死ぬのだ。

 だが、目は閉じない。せめて最後まで、妹を見ていようと思った。

 最後に見た兄の姿が、怯えて目を閉じているみっともないものであってほしくはない。

 そう思ったのは、わがままだろうか。


 そのときだった。

 赤い嵐が吹いたのは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ