蝶ノ芽惰烙?:ライヘンバッハ
二人が向かったのは、海辺にあるショッピングモールの倉庫であった。トラック一台が入れるゲートを突き破って、女子大生と男子高校生は突入する。
いいや、そこは本当は倉庫などではない。そのショッピングモールは、十分な容量のバックヤードがある。
では、そこは一体なんなのか。不自然なほどスペースをとっているその空間は、誰のどんな目的で作られたのか。
それを理解するのは、そう時間がかからなかった。
「おや……これは、困りました。蝶ノ芽惰烙さんと……そちらは?」
占い師がそう言った。
彼女は鬼門悠果を連れて、倉庫の真ん中に立っている。たくさんのモニターが設置されており、そこには様々な光景が映し出されていた。
どこかの監視カメラをジャックしているのか、あるいは自ら仕込んでいたのか。
暴れまわる先駆者たち。能力を振るって、破壊活動をしていく。その中にはエリュースの姿もあった。彼女もまた、占い師の術中にハマったのか。
「鬼門遊仁、そこにいる悠果の、兄だ!」
「ほう、お兄様でしたか。けれどもその能力は、なるほど、妹さんと比べてかなり役にたたなさそうですね」
いちいち癪に障る話し方をする。少なくとも、その場に立っている女子大生はそう思ったのだった。
「ふうん、他人を値踏みする権利がお前などにあると思ったか、腰抜けめ」
そこにいた女子大生の口調が、変わる。
正しくその現象を、すぐに理解できた者はいないだろう。遊仁は口を開けてぽかんとし、占い師は眉をぴくりと動かした。
いくらかの逡巡の果てに、占い師は口にする。
「あなたは誰です?」
「ほう、いくらかはましな受け答えをするようだな。だが、所詮は小細工を弄する輩の思考能力だ。劣等だ。私の正体など、自分の能力から推測できよう」
まるで自分の方が上の者であるかのような言い様であった。そしてそれを疑っていないのだとも。
顔色が目まぐるしく変わる占い師は、やがてひとつの結論に至った。
「まさか、複数人格者!?」
「ご名答。と言っても、私のそれは先駆者としての力であるがね」
ネタばらしをする奇術師のような口調で、女子大生、蝶ノ芽浪漫は言った。
「岐怒の炎を寸でのところで避けてみせたようだが、今度は逃すまい」
浪漫はそう言った。さながら、犯人を崖まで追い詰めた刑事のようであった。
刑事であることを祈ろう。探偵であれば、そこは崖ではなく滝壺だ。
「さて、ではこちらの答え合わせを願おうか」
それはこの倉庫に来る道中に、遊仁と話していた推論だ。
一人の思考ではない。惰烙を除く六つの人格がそれぞれ推論を出し合い、そのうちから妥当な線を選んでいく。尤も、いくつかの人格についてはその力になれていなかったが。
その果てに出た、ひとつの結論である。
「貴様の能力は、心に植え付ける病だ。その者の欲望、夢を引き出し、見せて、煽り、思うがままにする。細かい操作ができる人数は限られているが、その方向性さえ決めてしまえば放置していたとしても構わない。現に、貴様は自分が見込んだ先駆者たちを暴れさせている。そして、その力は一度振るってしまえば、他人が解除するのは困難だ。違うか?」
浪漫はそう言って、追い詰める。
甘い夢を見せる能力。しかしその実、簡単に相手を利用することができる力である。
夢魔の力、というのは的を得ているだろう。
議論を重ねた上での推理は、拍手で迎えられる。
すなわち、正解であると。
「うんうん、素晴らしいよ。確かに私の力、〈蕩ける毒夢〉はそういうものだ。蝶ノ芽さんの妹さん」
「長姉だ」
「ああ、これは失敬。……まさか、みんな自分が長姉だと言ってるわけではないだろうね?」
それはさておき、と占い師は言った。
「残念だけれどね、探偵さん。この〈方舟〉では、犯人がどのような方法で行為をしたのか、なんてものは成り立たないよ。能力の数だけ方法がある。ああ、アリバイにしたってそうさ。そこにいないはずなのに、なんてことはいくらでもできるからね」
「ふん、図星か? 口数が増えているぞ。まあ、その論調に乗ってやろう。その上で言わせてもらうが、それでもわかるものはある。貴様は理解できるか?」
占い師は首をかしげた。
方法論について考えるのは無駄だと言った。アリバイについても無駄だと言った。
だが、それでもわかるものはある。ミステリーのお決まりだ。方法やアリバイの看破など、探偵がやってしまう。だが、それはそのミステリーの中にある条件の上であって、〈方舟〉では通用しないというのは、占い師の言う通りだろう。
だが、それでも、変わらないものがある。ミステリーが人を描き続けている限り、逃れられないもの。
「動機だ」
浪漫に代わり、遊仁が言った。そうだ、と浪漫は頷く。
「貴様の動機は、簡単だ。その力、おおよそこの〈方舟〉では使えるような代物ではあるまい? 戦闘においておおよそ価値のないものであるし、能力による過ぎた他人への干渉……後遺症を残す行為は禁止されているしな」
だから、覆したかったのだろう。
占い師の顔が強張った。それが本当の顔か、と笑う。余裕の笑みであった。
「お前に、何がわかる? 力なき者の嘆きが、わかるか? 虐げられる弱き者の慟哭が、聞こえるというのか?」
歯をむき出しにして、言った。
浪漫はそれを鼻で笑う。まるで幼稚、まるで稚拙。確かに行っていることは大それたことであろうが、あまりにも小さい心だ。
「説教は私たちはしないよ。君を責める者は、君の手による被害者に他ならない」
なにせ私たちは。複数の意思を滲ませた声音で言う。
「妹を助けに来たのだからね」
眠って夢を見させ続けられている惰烙を助ける。いまも自分の中で、丸くなって、ふさぎこんで、甘い夢に眠っている妹を助け出す。
それこそが蝶ノ芽の総意であった。それぞれが異なる性格と異なる能力を持つという〈方舟〉でも異彩を放つ力、〈哭く手七癖〉が出した願いなのである。
そしてそれは遊仁も同じ。占い師の隣に並ぶ妹を助けるべく、構えた。
「ふうん、ふうん……よおくわかったよ。君たち、そんなに私の邪魔をしたいか。そうか。じゃあ陳腐かもしれないけれど、追い詰められた者のとる手を使おうか!」
そう言って、占い師の手が動いた。
すると、悠果の姿が変わる。腕や脚の筋肉は膨らみ、服が弾ける。背丈はどんどん増していく。頭からは角が生えていた。
鬼だった。悠果の能力〈鬼神奮迅〉である。エリュースに次ぐ、とさえ言われる能力であるが、なるほどこれは恐ろしい。
女の子がこんな姿になってしまえば、傷つくだろう。自分がこうも醜く変わってしまうのは、可哀想である、と言う者もいるだろう。
だが、そんな彼女から目を逸らさない者が隣に並んでいた。
悠果の兄、遊仁である。
その姿を眺めて、浪漫は、美色の見る目は確かだと評価を下した。
「私はあの占い師を相手にする。君は君の妹を助けるがいい」
「はいっ!」
遊仁が返事をした。彼の能力は、どうやら準備ができたらしい。
浪漫は彼の姿を見届けて、業腹であるが自分の中にあるもう一人の自分と切り替わる。
「まあ、認められないっすよね。わかるっす。自分よりすごいやつとか、認めちゃうの。とっても難しくて。なんか、認めちゃうと、自分が惨めになっちゃうじゃないっすか」
緋嫉と名乗る人格だった。
こと、こういう場面では向いているという判断であった。
「まあ、ウチの妹の浪漫が言ったようにっすね、それはそれっす。ウチの可愛い方の妹、助けさせていただくっすよ」
緋嫉はそう言って、占い師を引き寄せたのだった。
引力と斥力を操る能力である。10m圏内であったら自由にものを動かしせしめる力であった。万物に作用するこの力から逃れるのは、難しいと言わざるをえない。
絶対に逃がさない。逃がしてなるものか。こいつは自らの罪を償わなければならない。そういう意思が、緋嫉にあった。
占い師が苦悶の顔に歪む。鬼となった悠果が間に入り、緋嫉に狙いを定めて襲いかかった。厄介な能力者から潰していくのは、先駆者同士の戦いでは常道である。
だが、占い師はまだ理解していない。ここにいるもう一人は、限定的で、普段は使えないものの、この時、この時間においてだけ、非常に有用な力を持っていることを。
「悠果……君に、人を傷つけさせたりなんかさせない!」
そう叫んだのは、遊仁だった。




