表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
School Savage VS. Identity Fragment  作者: ジョシュア
第四話:方舟のプリンセス
13/21

荒砥静志:選択

『あなたには、二つの選択肢が、ある』


 ユグドラシル、と名乗る者はそう言った。

 はっきり言って、静志は悪趣味だと思っていた。

 自らのコールサインはオーディンである。北欧神話に曰く、主神であり戦と死と魔法の神であり神々の王である。そんな彼に智慧を与えたのはミーミルの泉に住まう女神たちであり、その泉は世界樹、すなわちユグドラシルの源泉であった。

 また、世界樹はあらゆる可能性の暗喩ともされている。やがては燃え尽きるそれが示す事柄は、絶対であった。

 黙って耳を傾ける。いまはユグドラシルを疑ったところで、仕方ないのだから。


『ひとつは、犯人を追い詰めること。居場所については、フタバが教えてくれる』


 それはいい知らせだ、と思った。

 だが、あくまで選択肢の一つであるということ。

 静志は言葉を待った。


『もうひとつ、それはエリュースを止めること。このままでは、人を殺してしまう』

「……っ!」


 脳裏に過ぎったのは、助けに入る彼女の姿、次いでパンケーキを食べる姿だった。

 あの優しい少女が、人を殺してしまう。

 暴走事件であるから、彼女の意思ではないのだろう。あの優しい少女が、人を殺める姿など想像できなかった。

 しかし、人が死んでしまうということ以上に、静志はエリュースへの想いが先にあった。

 きっと苦しむだろう、と。


「エリュースを止める」


 すると通話の向こうから、わずかな笑みの気配を感じた。


『……彼女を死なせる覚悟はある?』


 それこそが、暴走を解除する条件であると言った。

 一瞬の怯み。静志の決意は、それを乗り越える。


 大通りには誰もいない。人払いは完了していた。

 静志はサーベルをすでに抜いている。諷護との戦いで満身創痍であるが、戦意はまったく衰えていない。

 そこに少女が現れる。二人の距離は百メートルは離れているはずだが、お互いはその姿を捉えた。

 少女の黄金の髪は逆立ち、青い瞳には正気がない。その身に赤い紋様を浮かべていた。血の涙を流しているかのようだった。

 口から吐く息は荒々しく、獲物を見定めているようであった。あいにくであるが、ここには静志しかいない。狙うは自分のみである。

 エリュースの姿は異形、怪物のようにも見えた。

 いいや、姿形が完全に変化してしまった方がマシであったかもしれない。人の姿をしながら人をはるかに凌駕してしまっているから、なおのこと恐ろしい。

 きっと伝説の戦士たちはこういうものと戦ってきたのだろう。なんとなく、静志は思った。

 例えば、卑劣なる王との戦い。

 例えば、愚昧なる神との戦い。

 例えば、邪悪なる竜との戦い。

 幾たびの戦いがあって、いまに至るのだろうと思った。

 ……もしかすると、先駆者とはそういうものであったかもしれない。数多ある英雄たちへの先祖返り、子どものときに見る夢のカタチ。

 エリュースを見ていると、そんな予想ができた。彼女の〈肉体強化パワード・サイン〉は字面通りのものではないのだろう、と思った。荒々しい時代に生きていた、そして眠っていったものではないか。そして、眠っているときに見ている夢を引き出しているものなのではないか、と。

 ふっ、と笑った。余裕ではない。騎士として、戦場での笑みは時として相手への不敬にもなるだろう。

 だが自然と笑みがこぼれた。


「俺は君に救われたんだ、エリュースさん。思い出したよ。正しさだけでも、優しさだけでも、人は救えないことを。守りたかったものがあったことを」


 そしてそれは、君のような人だった。

 居場所に悩み、力に悩み、誰かの手を求めないような。


 口にはしなかった。直接に伝えるには、恥ずかしすぎる。

 剣を構えた。地面から垂直に剣を構えるそれは、騎士が己へ誓いを立てるときのもの。


「風紀委員基本会則に従い、能力限定使用権の承諾を求める」


 戦闘における能力の使用は、VS-Driveによる申請と相手方の承認という二つを通さなければならない。現状、相手を傷つけない、もしくは正当防衛の範囲で、個人の範疇であれば能力の使用は黙認されている。

 それでは治安維持行為はできない。能力を使う者の相手は、同じく能力を使う者でなければならない。

 ゆえに、〈方舟〉内の各校にいる風紀委員には、共通して適応される会則があった。

 それこそが風紀委員基本会則。


 第五条:風紀委員は以下の事柄を申請することができる。

 第六条:以下の七項目に該当する限りにおいて、風紀委員は対象への能力行使による武力行為を許可する。

 第一項:能力による人員的、物品的被害が認められる場合。

 第二項:特に人の生死に関わる場合。

 第三項:〈方舟〉の運営に多大な被害が発生する、またその恐れがある場合。

 第四項:対象が自我を喪失している等、戦闘の承認をする判断能力が失われている場合。

 第五項:国家間の事情に依るものでない場合。

 第六項:本条項が私的な目的で使われていない場合。

 第七項:各校風紀委員長による申請である、または各校風紀委員長による承認がある場合。


『能力限定使用権—————承諾。荒砥静志の能力行使を許可する』


 VS-Driveから電子音声が響いた。

 静志は構えを変えた。

 弓矢を振り絞るような構えであった。切っ先をエリュースへと向けている。刃を手で支えて、刺突する最速の構えであった。

 エリュースは静志の様子をうかがっているようであった。理性的判断ではなく、獣としての本能によるものだろうと思えた。

 一撃で仕留めよう。そう決意する。

 自分はいまから、エリュースを殺す。そして助ける。覚悟は固いが、成し遂げるのは難しいことだ。静志がいまから取る方法は、彼であっても困難を極める。いいや、彼以外になしうることではない。

 風が凪いだ。静志の持つ能力〈廻転風車ウィンドミル〉が発動し、回転し始めたのだ。

 次いで、爆発的に風が渦巻いた。

 空気を擦れさせ、ねじれさせ、電気が発生する。発生した電気は剣に宿る。

 集中力と精神力が必要で、能力の極めて限定的な行使によってようやく実現する技だ。

 これこそが、静志の持つ必殺技である。

 彼の異名は〈聖騎士〉〈自由の翼〉の他にもう一つある。

 〈聖なる雷槍〉……彼の持つ奥義のひとつから取られた名であった。

 オーディンの持つ槍、心臓を貫き戦士に死を与えるグングニル。

 世界中の神話を紐解けば同じようなものを見出すことができるだろう。ゼウスのケラウノス、インドラのシャクティ、悪魔バアルの槍とてそうだ。

 ともすれば、静志は未だ現れぬ複数能力者であるとさえ言われる。それは先の火鷹双葉も同様である。

 静志の力〈廻転風車ウィンドミル〉の最大の強み、それはひとつの能力で複数の能力の真似事が可能であることだった。相当な集中力と鍛錬が必要であるが、そのための努力を怠る静志ではない。

 避けられない光速の一撃。空気を焼き、背中に風の翼を生やし、彼は力を溜めた。

 そこでようやく、エリュースは気づいたのだろう。様子をうかがっていたことは下策であったことを。彼女は体をしならせる。赤い紋様がさらなる輝きを増した。

 二人は同時に踏み出す。アスファルトが爆ぜた。声はなかった。

 駆けた後には、赤と緑の光が残る。

 圧倒的だったのはエリュースだ。静志が自分の速度へ能力のすべてを掛けて、ようやく同じか、それよりも速い。身体能力強化の頂点に位置する彼女の力は〈肉体強化パワード・サイン〉、シンプル故に最強であることを証明している。

 だが、静志は理解していた。防戦に徹すれば〈七聖曜輝〉相手でも戦えるという自負はあるが、今回必要なのは攻めの姿勢であった。次期〈七聖曜輝〉と言われているエリュースを相手にして勝てるなどと思ってはいない。

 それでも、いま必要なのは勝利でないことも、正しく理解していた。

 相手の方が速ければ、それを前提にして動けばいい。

 自分は刃を置くだけだ。速さは諸刃である。ときに己に牙を剥くのだ。

 相手の方が早ければ、それを前提にして動けばいい。

 後の先という技術がある。先に動くというのならば、自分は合わせて動けばいいのだ。

 ただの一撃だ。相手が自分の実力を把握していない瞬間こそ、最も勝機にあるときなのだ。

 これを外せば、後はない。ただの戦闘であれば、自分の実力を錯覚させることもできるだろう。しかし、これは正真正銘の本気だ。

 静志は、交錯の瞬間を狙った。

 まっすぐ心臓へサーベルが伸びる。

 人が多い筈の、しかしがらんどうの大通りに、二人の影が重なった。

 静寂が訪れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ