エリュース・ディネラ:私が知っている人
エリュースは祖父の姿を見る。
おかしい。いま、自分は友を攫おうとする占い師へ殴りかかったはずだった。
だが、いま目の前にいるのは、アイスランドの故郷にいるはずである祖父だ。
大好きな祖父。尊敬している祖父。
ディネラ、というのはアイスランドに住む少数民族であった。
長らく誰も踏み込んでこなかったアイスランドは、西暦874年に初めての入植がされたと言われているが、発見されたのは紀元前300年ほどになると言われている。
だが、その島に……アイスランドという土地に人がそれまでいなかったか、と言われると、違うのである。
火と氷の国、アイスランド。いまでこそ産業革命によって森林が伐採されてしまったが、かつては緑豊かな島であった。
そんな場所に、ディネラ族はいた。
いまでこそ〈先駆者〉という名で呼ばれているが、実はディネラ族こそが、〈先駆者〉の中の先駆者であった。
先駆者とは人ならざる超常的な力を持つこと、そしてα、β、γ、δ、θに続く第六の脳波『ζ波』を発生させることを条件として認められる。
ディネラ族はそのすべての民において、それが認められている。太古の昔から受け継がれていた血脈のすべてに、認められているのだ。
その能力は共通している。人では及ばない怪力と、全身に浮かぶ赤い紋様。科学的に言えば、後者は未知であるものの、前者は筋肉繊維の密度が生まれつきの形質として高いのだという。
先駆者としての能力であると言われているが、その正体は知られていない。
いいや、知られるわけにはいかないのだ。
その正体をはっきりとではないものの、教えてくれたのは祖父である。
『ディネラに伝わる力はな、彼らが竜と呼ぶものなのだ』
竜という存在が実在したのは、実に白亜の時代である。
自分たちはその力を継承しているのだ、という。
聞く人が聞けば、笑うだろう。
しかし、ディネラは現実として、そういうものであった。
〈白亜の記憶〉と呼んでいる。
完全に使いこなしたとき、真に竜の力を手にいれると言うが、使いこなした者を見たことがないために、その真実はわからない。
だが、エリュースはこの〈方舟〉で戦闘を繰り返すたびにわかってきている。この身に宿る力を使いこなしてきており、内に眠る高ぶりを抑えられなくなってきていることを。
祖父はこうも語る。もう民族の時代は終わったのだ、と。先駆者という存在が明らかになった以上、自分たちは隠れ住む必要がなくなった、と。
エリュースは、そう言われて育ったのであった。
だから、ディネラ族として初めて、都市の学校にも通ったりもしたのだった。
……けれど、その結果は。
『化け物』『気持ち悪い』『こないでほしい』『見たくもない』『忌々しい』『どうにかしてくれないか』『なんで生きているのか』
心無い言葉の数々が、エリュースに浴びせられる。
先駆者に理解のない者・地ではあった。血管が浮かぶ紋様も、コンクリートさえ破壊してしまう腕力も、恐ろしいものであったことだろう。
けれども、エリュースは傷ついた。幼い彼女に、耐えることはできなかった。暴れそうになって、力があるからと堪えた。
しかし、彼らはディネラそのものを貶めるような言動をした。
それでも彼女は堪えた。
彼女の優しさがそうさせた。
むしろそれが、彼女の持つ歪みであった。
他人を悪しく言うことができたのなら。家を悪しく言うことができたのなら。
もしかしたらこれほど傷つかなかったのかもしれない。
けれども、エリュースは違う。彼女はそのときまでずっと、自分が罪と悪を被ると決めたのだった。
そして誓う。いつか、自分たちを認めさせよう。
ディネラが笑顔で、大手を振るって生きていける世界にしてみせる。
それこそが復讐であると、誓ったのだ。
そのための〈方舟〉である。頂点に立つことで己の存在を示す。それこそが私、エリュース・ディネラが己に課した使命であった。
自分はここにいる。私はここにいる。私たちはここにいる。
人とは違う。それぞれの個性があって然るべきなのだ。物言わぬ怪物ではないのだ。
生きたい。この世界で、生きたい。
それこそがエリュース・ディネラの悲願である。
「そうだ、その願いを果たすときがきたのだ」
目の前に現れた祖父がそう言った。
エリュースは拳を収める。そして祖父の言葉へと耳を傾けた。
「ここにいる者たちは、お前や私たちのことをわからぬ者たちばかりだ。我らこそが最高の民であり、人種であるのだ」
「おじいちゃん……」
「実はな、この〈方舟〉にいる者たちは、私たちを苦しめる者たちなのだ」
「そうなの?」
思考が鈍っていく。心地よい空気に包まれて、まどろんでいるようであった。
祖父の言葉が真実であるように感じられる。
夢。そう、それは夢であった。
自分たちを苦しめた者たちに目にものを見せてやりたいという思いがあった。
いまこそ、そのときだ。みんなをひどい目に遭わせるものを、許さない。
「エリュース、可愛いエリュース。ほら、見てごらん、後ろを」
そう言われて、エリュースは後ろを振り向いた。
風紀委員がいる。腕に巻いた腕章が、その証だ。
けれども顔は、見覚えのある者たちだった。かつて自分たちを貶めた者たちである。
「さあ、彼らを倒せ。すべてを壊せ。それこそがお前の力を証明することだ」
エリュースは頷く。拳を握り締める。
駆け出して、振るった。戦うときの自分は、赤い嵐に例えられる。
迫ると、彼らは散った。各々がなんらかの能力を発して、エリュースを襲う。
それらをただ速さによって避けてみせる。
吠える吼えるエリュース。彼女はこのとき、一匹の魔獣となっていた。身には血管が浮かんだような赤い紋様が走っている。
いまこそ果たすのだ。己の復讐を。
走り、壊し、戦い。そうこうしているうちに、自分がいまどこにいるのか、なにをしているのか、感覚を失っていく。
もう何が相手だろうと関係ない。すべてを打倒するのみだった。
大通りに出た。気づけば、誰もがいなくなっている。
誘導されたのだ、と途中から気付いていた。だからなんだと言うのだ。相手の企みがあろうと、打ち砕くのみだ。
そして、一人の人物が目に入る。無謀にも自分に立ち向かおうという人物であった。
その姿を見よう。自分たちディネラを馬鹿にし、コケ落とした者の顔を見よう。
やはり自分の知る顔であった。アイスランドで、自分を馬鹿にしていた同級生だった。
「……いや、違う」
だった、はずなのだ。
その姿、佇まいは静謐なものであった。
剣を構える姿はさながら、騎士のようであった。
私はその人を知っている。




