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牡鹿の夢  作者: redzou
8/13

8 話して

「キャハッ!こんにちわぁ、カナコ!」

 山下さんは口を大きく開けて、白い歯を輝かせて笑った。カン高い笑い声。

「……こ……こんにちは……」

 純香がわたしにしがみついて顔を埋めた。怖がってる?恥ずかしがってる?

「そのちんこいのがスミカか!キャハハッ!」

 

 な……なにがそんなに可笑しいのかな……平日の午前中に、制服で……いやそんなことより、なんでわたしたちの……純香のことまで知ってるの?

 純香はもじもじしてる。あんまり人見知りする子じゃないのに。

「こんにちわ、スミカ!」

「あの……お体は、もう——」

「オカラダ?あーこれ?なっかなかいいよぉ?あたしに合ってるかも?」

 ……なに言ってるのかいまいちわかんない……今どきの子はこんな喋り方なのかな……。

 

「そ、それは良かったです……あの時は——」

「いやーほんとにありがとねぇ!おかげで助かっちゃったぁ!しくったかもとか思った!キャハハハハッ!」

「きゃは、ははは!」

 純香が笑った。

 山下さんは自転車から降りて、目の前にしゃがみ込む。

 

「そんなことよりさぁ。また助けてくんないかなぁ?ちょーっと、困っててぇ」

「ど……どうなさったんですか?やっぱりまだ、具合が?」

「お金」

 …………え?

「お金ちょうだい!20万円!」

 

 山下さんはまるで純香みたいなニコニコ顔で、手を出した。その姿が歪んでくる。また気絶しそう。

「すみません……なんておっしゃい——」

「20万円いるのぉ!キャハッ!」

 ……これは……もしかして、恐喝……カツアゲっていうやつかな……どうしよう……どうしたら……悲鳴、あげるとか?……周りをキョドキョド見回す。人は何人か歩いてる。制服の男の人もいる。そういえばここは消防署だった。叫べば誰か、来てくれるかな……。 

「……きゃぁ……たすけて……」

 

「んん?なぁに?聞こえない。早くちょうだい?20万円!」

「い、いや、あの……そんなお金、持ってません……」

 じっと、覗き込むように顔を見られる。純真そうな顔してるのに……こんな子がカツアゲ——

 スッと立ち上がった。びっくりして純香をギュッとした。

 

「そっかぁー。カナコはお金ないのかぁ。スミカは?持ってなぁい?」

「……え。に、2歳なんですけど……」

「あーそっか。子どもはお金ないよねぇ。うーん……困ったなぁ……マイメロ……」

「マ……マイメロ?……ですか?」

「うん。マイメロ、20万円」

 ……マイメロ……あの、マイメロ?サンリオの?

「ど、ど……どういうこと、でしょうか……」

「んー。人間のお金って、あんまよくわかんなくってさぁ……地獄はお金なんていらないしぃ」

 じご……金を出せ!さもなくば地獄行きだ!って意味かな?カツアゲって、ほんとに言うんだ、そんなセリフ……ど、どうしよう……お金は、ないけど……。


「マ、マイメロなら——」

 確か、あるはず……ハンドバッグを探す。あった。マイメロのボールペン。

「よかったら……どうぞ……」

「は?なにこれ?」

 不思議そうな顔して、ボールペンをしげしげと見てる。

「それしか、マイメロなくて……」

「……カナコってバカぁ?それか……ふざけてんの?」

 目つきが変わった。目が合う。睨まれる。……こ、怖い!

「いっ、いえ!そんなつもりじゃ!」 

 ぱあっと顔が明るくなった。

「あーそういうこと!違う違う!ウサギ!」

「はい……マイメロ……」

「生きてるやつ!ふわふわ!ぴょんぴょん!」


 山下さんは両手で頭の上にウサ耳を作ると、いきなりウサギ跳びを始めた。

「きゃはは!きゃはは!」

 純香が大喜びで笑った。


 な……なにこれ。わけわかんない……。

 凛……凛なら、どうする?

 

『なにこの子?おもしれー女!子どもも喜んでるし、悪いひとじゃなさそ!』

 そ、そんな……チョロくない?それじゃ……でも……純香をこんなに笑わせてくれて。うさぎ跳び、なんか一生懸命——

 

 ——転んだ。横倒しに。

「いてて……コケちゃったぁ……」

 テ……テヘペロって顔してる?思わずちょっぴり吹いた。

「……あの。山下さん……」

「ん?あたし?」

「山下さん……ですよね?お名前……」

「りん!」

 ……え?

「名前でしょ?山下、凛だよ!」


 嘘でしょ……。



 それからわたしたちは、上町公園まで歩き、木陰のベンチに座って、おしゃべりをした。マイメロという名前の白ウサギ《ジャパニーズホワイトラビット》について。

 

 なぜかはわかんない……でも、なんだか楽しかった。凛ちゃんは変なことばっかり言うし、全然理解できないこともあったけど……こういうの、久しぶり。高校ぶりかも。純香もきゃっきゃ言って。

 不思議。知らない人と、こんなにおしゃべりできるなんて。

 わたしの創作した川園凛が、実在する山下凛ちゃんとおしゃべりしてる?

 ううん、違う。わたし。


「——15歳なんだ……10コ下かぁー。びっくりしちゃうな」

「はあ?10年くらい、一瞬じゃん?それにカナコって、ガキっぽいから変わんないよぉ?」

「ガ……ガキ。わ、若く見えるってことかな?ははは……」

「それでさぁ……マイメロ、鼻ヒクヒクがかわいんだって!本人はただ匂い嗅いでるだけなんだけどさぁ?あと、頭突き!甘えん坊でさぁ!」

「そ、そう。それは、かわいいね」

「タップすごいんだよぉ?デビューできるね、あれは」

 凛ちゃんは石のベンチに座ったまま、足でタンタン地面を叩いた。

「すみかも!タンタンする!」

 

「……そうだね、うん……凛ちゃん、マイメロ大好きなんだね」

「うん大好きィ!あの真っ白でふわふわのお腹……触りたいなぁ……」

「……そうだね。ふわふわ……」

「地獄から見てるだけだとさぁ……触れないんだよね……」

「……ん?うん、そう……かな。よくわかんないけど」

「もっと早く転生すれば良かったなぁー」

 ……この子はアレかな。地獄、とか、転生、とか言って……わたしと……同じなのかな。


 流行ってるもんね、転生モノ。おもしろいし、いろんなお話たくさんあるから……ハマって、ずっと読んでると、その……拗らせちゃうって言うか。厨二病、とかよく言うけど、違うんだよね。

 わたしも昔からそうだった。変わりたい!とか、今のわたしは嫌い!とかでもなくて……ただ、楽しい。いろんなこと想像して、お話考えて。いつの間にか時間過ぎちゃう。嫌なことがあっても、すぐ元気になれる。


 凛ちゃんとわたしは、性格は真逆みたいだけど……だからわたしは、凛ちゃんみたいに喋れないし、ひとりで頭の中で考えて、でも書いてみたらすごくスッキリして。

 きっとわたしとおんなじだ。だから——

「——だから、20万円……なんとかなんないかなぁ」

「……あ、ごめんなさい……なんだっけ?」

「あー聞いてなかったの?カナコひどくない?」

「ご、ごめんなさい!えっと……」

「20万円かかるんだって。もふパー」

 

「……もふパー?」

「知らないのぉ?サッポロ——」

「——もふもふパークだよね?小金湯の?」

「そうそう、そこ!行ったことある?」

「……うん、あるよ?何回か……小学生の頃オープンして、お父さんが連れてってくれた」

 その後も何度か行ったっけ……同好会のイベでも行ったし、純くんとデートでも行った。でも、もふパーは、もう——

「おおー!じゃあ話が早い。20万円ないと……マイメロ解放できないんだ」


「……解放……?」

 ゲームのレアキャラの話とかじゃないよね?解放……自由にしてあげたい、とか、そういうこと?

「もふパーぶっ潰れたの知ってる?ナワバリ問題らしいけど」

「ナワバリ……市街化調整区域がどうこうって話のことかな?」

「そうそれ!カナコやっぱり天才?」

「え?……い、いや、そんな——」

「それで、動物たちの引き取り手探してて、マイメロ欲しいって人がいて……」

 

「うん。良かったね……あれ?良かったんだよね?」

「良くないし!カナコやっぱりバカァ?それじゃダメじゃん!」

「ご、ごめんなさい!……で、でも……何が、ダメなのかな?わたしバカだからわかんなくて——」

「檻から檻じゃん!場所変わるだけじゃん?」

「じゃん!きゃはは!じゃん!」

 純香が無邪気にはしゃいだ。

「とりあえず20万円払えば、キャンセルできるんだ。相手は遠くの人だからぁ、今度引き取りに来るまでに20万円ないと、マイメロ遠くに行っちゃうんだよぉ?!」


 涙?……違うか。でも……。

 そういうことか……凛ちゃん。大好きなマイメロに会えなくなっちゃうのが悲しいんだ……子ども。まだ15歳だもんね。去年までは中学生だったんだよね……かわいい!

 ……いや、ていうか、うん。

 そうだよね。凛ちゃんにとってマイメロは、きっとすっごく大切なんだろうな。もしかしてだけど……友だちあんまりいないとか、家庭の事情とかもあるのかも。寂しいんだよね、きっと……こんなわたしみたいな女に、こんなにお話してくれるくらいだもん……。

 わかっちゃった、わたし。おんなじだったから。純くんと純香がいなかったら、わたしだって——


「ママー。カレー!」

「え?お腹すいた?」

 腕時計を見て驚いた。

「……えっ!もう2時?!」

 表彰式が11時前に終わったから……3時間。そんなにおしゃべりしてた?!わたし史上新記録だ……初めて話した女子高生と。信じられない。わたしがこんなこと……わたしに、できるなんて!


「あーあたしも腹減った!てかヤバい!ええ?!カナコ!」

「ど、どうしたの?!」

「腹から変な音する!なにこれぇっ?!」

「ポンポン!グーグー!きゃははは!」

「ポ……お腹、痛いの?」

「痛くはない、けどぉ!?」

 さっきのは涙じゃなかったけど、今度はほんとに泣きそうだ。

「どうしよう……うち来る?カレーなら……ご飯もあるけど……」


 凛ちゃんは自転車を押してうちに来た。お腹を押さえて、泣きそうになって。そして、こどもカレーをおかわりして、今度こそ涙を流した。

「……カナコ……天才か?!こんな……こんな悦びが地上にあったなんて!!」

 純くんみたい。

「い、いや、きっとお腹空いてたから——」

 スマホが振動した。ラインの通知……純くんだ!純くんのこと考えてたら。


『夜 今日のお祝いするんだって カナコどうする?あと壮瞥会も』

 送別会、かな。……鹿係になるから、いっぱい調べてるから、変換候補が変なんだよね、きっと……えらいなあ。でも……夜は行けるわけない。純香いるし……。

 

『良かったね!わたしも行きたいけど、夜はやめとこうかな?どうしよう?行った方がいい?❤️』

 

「なになにィ?なんかおもしろいこと?」

 凛ちゃんが身を乗り出してきた。

「……え?いや、帰り遅くなるって……う、うちのひと」

 ……ニヤけてたのかな?わたし……恥ずかしい——

「うちのひと……あージュンくんかぁ!スミカのパパ!」

 純くんって……言ってたのかな、わたし——

「だから嬉しそうなのぉ?帰ってきたらアレすんの?」

「……アレ?」

「生殖!キャハハッ!」

 


 ……それからは、ヘンなことばっかり考えちゃって真っ赤になっちゃって……ごまかそうと思って、お金のこと純くんにも相談してみるねって言ったら、ありがとう!って言って帰っちゃった。

 15歳かあ。アレコレ考える年頃だよね……。

 

 純くんは返事をくれなかった……。

 既読無視……仕事中だもんね。


 あんまり遅くならなきゃいいなあ。

 飲み過ぎないでね、純くん。

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