8 話して
「キャハッ!こんにちわぁ、カナコ!」
山下さんは口を大きく開けて、白い歯を輝かせて笑った。カン高い笑い声。
「……こ……こんにちは……」
純香がわたしにしがみついて顔を埋めた。怖がってる?恥ずかしがってる?
「そのちんこいのがスミカか!キャハハッ!」
な……なにがそんなに可笑しいのかな……平日の午前中に、制服で……いやそんなことより、なんでわたしたちの……純香のことまで知ってるの?
純香はもじもじしてる。あんまり人見知りする子じゃないのに。
「こんにちわ、スミカ!」
「あの……お体は、もう——」
「オカラダ?あーこれ?なっかなかいいよぉ?あたしに合ってるかも?」
……なに言ってるのかいまいちわかんない……今どきの子はこんな喋り方なのかな……。
「そ、それは良かったです……あの時は——」
「いやーほんとにありがとねぇ!おかげで助かっちゃったぁ!しくったかもとか思った!キャハハハハッ!」
「きゃは、ははは!」
純香が笑った。
山下さんは自転車から降りて、目の前にしゃがみ込む。
「そんなことよりさぁ。また助けてくんないかなぁ?ちょーっと、困っててぇ」
「ど……どうなさったんですか?やっぱりまだ、具合が?」
「お金」
…………え?
「お金ちょうだい!20万円!」
山下さんはまるで純香みたいなニコニコ顔で、手を出した。その姿が歪んでくる。また気絶しそう。
「すみません……なんておっしゃい——」
「20万円いるのぉ!キャハッ!」
……これは……もしかして、恐喝……カツアゲっていうやつかな……どうしよう……どうしたら……悲鳴、あげるとか?……周りをキョドキョド見回す。人は何人か歩いてる。制服の男の人もいる。そういえばここは消防署だった。叫べば誰か、来てくれるかな……。
「……きゃぁ……たすけて……」
「んん?なぁに?聞こえない。早くちょうだい?20万円!」
「い、いや、あの……そんなお金、持ってません……」
じっと、覗き込むように顔を見られる。純真そうな顔してるのに……こんな子がカツアゲ——
スッと立ち上がった。びっくりして純香をギュッとした。
「そっかぁー。カナコはお金ないのかぁ。スミカは?持ってなぁい?」
「……え。に、2歳なんですけど……」
「あーそっか。子どもはお金ないよねぇ。うーん……困ったなぁ……マイメロ……」
「マ……マイメロ?……ですか?」
「うん。マイメロ、20万円」
……マイメロ……あの、マイメロ?サンリオの?
「ど、ど……どういうこと、でしょうか……」
「んー。人間のお金って、あんまよくわかんなくってさぁ……地獄はお金なんていらないしぃ」
じご……金を出せ!さもなくば地獄行きだ!って意味かな?カツアゲって、ほんとに言うんだ、そんなセリフ……ど、どうしよう……お金は、ないけど……。
「マ、マイメロなら——」
確か、あるはず……ハンドバッグを探す。あった。マイメロのボールペン。
「よかったら……どうぞ……」
「は?なにこれ?」
不思議そうな顔して、ボールペンをしげしげと見てる。
「それしか、マイメロなくて……」
「……カナコってバカぁ?それか……ふざけてんの?」
目つきが変わった。目が合う。睨まれる。……こ、怖い!
「いっ、いえ!そんなつもりじゃ!」
ぱあっと顔が明るくなった。
「あーそういうこと!違う違う!ウサギ!」
「はい……マイメロ……」
「生きてるやつ!ふわふわ!ぴょんぴょん!」
山下さんは両手で頭の上にウサ耳を作ると、いきなりウサギ跳びを始めた。
「きゃはは!きゃはは!」
純香が大喜びで笑った。
な……なにこれ。わけわかんない……。
凛……凛なら、どうする?
『なにこの子?おもしれー女!子どもも喜んでるし、悪いひとじゃなさそ!』
そ、そんな……チョロくない?それじゃ……でも……純香をこんなに笑わせてくれて。うさぎ跳び、なんか一生懸命——
——転んだ。横倒しに。
「いてて……コケちゃったぁ……」
テ……テヘペロって顔してる?思わずちょっぴり吹いた。
「……あの。山下さん……」
「ん?あたし?」
「山下さん……ですよね?お名前……」
「りん!」
……え?
「名前でしょ?山下、凛だよ!」
嘘でしょ……。
それからわたしたちは、上町公園まで歩き、木陰のベンチに座って、おしゃべりをした。マイメロという名前の白ウサギについて。
なぜかはわかんない……でも、なんだか楽しかった。凛ちゃんは変なことばっかり言うし、全然理解できないこともあったけど……こういうの、久しぶり。高校ぶりかも。純香もきゃっきゃ言って。
不思議。知らない人と、こんなにおしゃべりできるなんて。
わたしの創作した川園凛が、実在する山下凛ちゃんとおしゃべりしてる?
ううん、違う。わたし。
「——15歳なんだ……10コ下かぁー。びっくりしちゃうな」
「はあ?10年くらい、一瞬じゃん?それにカナコって、ガキっぽいから変わんないよぉ?」
「ガ……ガキ。わ、若く見えるってことかな?ははは……」
「それでさぁ……マイメロ、鼻ヒクヒクがかわいんだって!本人はただ匂い嗅いでるだけなんだけどさぁ?あと、頭突き!甘えん坊でさぁ!」
「そ、そう。それは、かわいいね」
「タップすごいんだよぉ?デビューできるね、あれは」
凛ちゃんは石のベンチに座ったまま、足でタンタン地面を叩いた。
「すみかも!タンタンする!」
「……そうだね、うん……凛ちゃん、マイメロ大好きなんだね」
「うん大好きィ!あの真っ白でふわふわのお腹……触りたいなぁ……」
「……そうだね。ふわふわ……」
「地獄から見てるだけだとさぁ……触れないんだよね……」
「……ん?うん、そう……かな。よくわかんないけど」
「もっと早く転生すれば良かったなぁー」
……この子はアレかな。地獄、とか、転生、とか言って……わたしと……同じなのかな。
流行ってるもんね、転生モノ。おもしろいし、いろんなお話たくさんあるから……ハマって、ずっと読んでると、その……拗らせちゃうって言うか。厨二病、とかよく言うけど、違うんだよね。
わたしも昔からそうだった。変わりたい!とか、今のわたしは嫌い!とかでもなくて……ただ、楽しい。いろんなこと想像して、お話考えて。いつの間にか時間過ぎちゃう。嫌なことがあっても、すぐ元気になれる。
凛ちゃんとわたしは、性格は真逆みたいだけど……だからわたしは、凛ちゃんみたいに喋れないし、ひとりで頭の中で考えて、でも書いてみたらすごくスッキリして。
きっとわたしとおんなじだ。だから——
「——だから、20万円……なんとかなんないかなぁ」
「……あ、ごめんなさい……なんだっけ?」
「あー聞いてなかったの?カナコひどくない?」
「ご、ごめんなさい!えっと……」
「20万円かかるんだって。もふパー」
「……もふパー?」
「知らないのぉ?サッポロ——」
「——もふもふパークだよね?小金湯の?」
「そうそう、そこ!行ったことある?」
「……うん、あるよ?何回か……小学生の頃オープンして、お父さんが連れてってくれた」
その後も何度か行ったっけ……同好会のイベでも行ったし、純くんとデートでも行った。でも、もふパーは、もう——
「おおー!じゃあ話が早い。20万円ないと……マイメロ解放できないんだ」
「……解放……?」
ゲームのレアキャラの話とかじゃないよね?解放……自由にしてあげたい、とか、そういうこと?
「もふパーぶっ潰れたの知ってる?ナワバリ問題らしいけど」
「ナワバリ……市街化調整区域がどうこうって話のことかな?」
「そうそれ!カナコやっぱり天才?」
「え?……い、いや、そんな——」
「それで、動物たちの引き取り手探してて、マイメロ欲しいって人がいて……」
「うん。良かったね……あれ?良かったんだよね?」
「良くないし!カナコやっぱりバカァ?それじゃダメじゃん!」
「ご、ごめんなさい!……で、でも……何が、ダメなのかな?わたしバカだからわかんなくて——」
「檻から檻じゃん!場所変わるだけじゃん?」
「じゃん!きゃはは!じゃん!」
純香が無邪気にはしゃいだ。
「とりあえず20万円払えば、キャンセルできるんだ。相手は遠くの人だからぁ、今度引き取りに来るまでに20万円ないと、マイメロ遠くに行っちゃうんだよぉ?!」
涙?……違うか。でも……。
そういうことか……凛ちゃん。大好きなマイメロに会えなくなっちゃうのが悲しいんだ……子ども。まだ15歳だもんね。去年までは中学生だったんだよね……かわいい!
……いや、ていうか、うん。
そうだよね。凛ちゃんにとってマイメロは、きっとすっごく大切なんだろうな。もしかしてだけど……友だちあんまりいないとか、家庭の事情とかもあるのかも。寂しいんだよね、きっと……こんなわたしみたいな女に、こんなにお話してくれるくらいだもん……。
わかっちゃった、わたし。おんなじだったから。純くんと純香がいなかったら、わたしだって——
「ママー。カレー!」
「え?お腹すいた?」
腕時計を見て驚いた。
「……えっ!もう2時?!」
表彰式が11時前に終わったから……3時間。そんなにおしゃべりしてた?!わたし史上新記録だ……初めて話した女子高生と。信じられない。わたしがこんなこと……わたしに、できるなんて!
「あーあたしも腹減った!てかヤバい!ええ?!カナコ!」
「ど、どうしたの?!」
「腹から変な音する!なにこれぇっ?!」
「ポンポン!グーグー!きゃははは!」
「ポ……お腹、痛いの?」
「痛くはない、けどぉ!?」
さっきのは涙じゃなかったけど、今度はほんとに泣きそうだ。
「どうしよう……うち来る?カレーなら……ご飯もあるけど……」
凛ちゃんは自転車を押してうちに来た。お腹を押さえて、泣きそうになって。そして、こどもカレーをおかわりして、今度こそ涙を流した。
「……カナコ……天才か?!こんな……こんな悦びが地上にあったなんて!!」
純くんみたい。
「い、いや、きっとお腹空いてたから——」
スマホが振動した。ラインの通知……純くんだ!純くんのこと考えてたら。
『夜 今日のお祝いするんだって カナコどうする?あと壮瞥会も』
送別会、かな。……鹿係になるから、いっぱい調べてるから、変換候補が変なんだよね、きっと……えらいなあ。でも……夜は行けるわけない。純香いるし……。
『良かったね!わたしも行きたいけど、夜はやめとこうかな?どうしよう?行った方がいい?❤️』
「なになにィ?なんかおもしろいこと?」
凛ちゃんが身を乗り出してきた。
「……え?いや、帰り遅くなるって……う、うちのひと」
……ニヤけてたのかな?わたし……恥ずかしい——
「うちのひと……あージュンくんかぁ!スミカのパパ!」
純くんって……言ってたのかな、わたし——
「だから嬉しそうなのぉ?帰ってきたらアレすんの?」
「……アレ?」
「生殖!キャハハッ!」
……それからは、ヘンなことばっかり考えちゃって真っ赤になっちゃって……ごまかそうと思って、お金のこと純くんにも相談してみるねって言ったら、ありがとう!って言って帰っちゃった。
15歳かあ。アレコレ考える年頃だよね……。
純くんは返事をくれなかった……。
既読無視……仕事中だもんね。
あんまり遅くならなきゃいいなあ。
飲み過ぎないでね、純くん。




