4 Localization
【2026年8月7日(金)早朝 札幌市南区藤野、十五島公園】
「くせえ……こりゃタヌキだべ」
警部補は、マスクをさらに手で覆っていた。若い警官も真似をしながら、その大量の糞を覗き込んだ。
「タヌキですか?……でも、こんなにたくさん……」
「タヌキはな。ご丁寧にみんなで同じとこにすんだわ。公衆トイレってわけだ」
「そうなんですか……」
「この臭えのは間違いない、タヌキだ」
「熊は……臭くないんですか?」
「こんな匂いはしねえ。けどな。俺たちがやることは変わらん。市のやつらが来るまで、誰も近づけるな」
警官たちはパトカーから三角コーンや虎縞のバーを出し、十五島公園の駐車場入り口の封鎖を始めた。
封鎖といっても、駐車場のひとつしかない出入り口は、今朝はまだ施錠されていた。
駐車場は無料で、日中はバーベキューや散策を楽しむ公園利用者以外にも、外回りの営業車が休憩で駐車したりしていたが、夜間は閑散としていた。早起きの老人たちが散歩を始める早朝までは、人の出入りはほぼなかった。
日が昇った今は、近隣住宅街から数人が様子を見に来ていたが、パトカーや警官がいても人だかりができたりはしていなかった。この辺りで暮らす人々にとっては、よくある事だったのだ。
「……また、熊かい。お巡りさんも大変だな」
「……こないだもツルハの駐車場にいたべや。あれはまだ子熊だったな」
住民たちは無警戒なわけではなかった。むしろ非常に恐れていた。人身被害があったわけではないが、万一出会せばタダでは済まない。
公園に面した、市道を挟んだ戸建ての中には、庭に電気柵を設置している家もあった。飼い犬を外に繋ぎっぱなしの家は見当たらず、日が暮れてから徒歩で外出する者も少なかった。ゴミステーションは、頑丈な鉄製の檻に囲われていた。
「……エゾタヌキですね。熊じゃない」
30分ほどしてやってきた札幌市環境共生担当課の職員が、糞を少量採取しながら言った。
「足跡も爪痕も無し。撤収でオッケーです」
十五島公園は、商業施設が集中する国道沿いから急坂を下った静かな住宅街の端、豊平川流域の自然公園で、園内を流れる川面にたくさんの奇岩が突出していることが地名の由来となっていた。吊り橋ができる以前は、人々はこの岩群を飛び移って渡川していた。
野生動物たちには、橋など必要なかった。住宅街の反対側には、硬石山の麓の森が鬱蒼と茂っていた。




