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牡鹿の夢  作者: redzou
17/18

17 かき消して

【2026年9月27日(日)昼前 五輪通り、真駒内アイスアリーナ交差点】

 どうしたら……。

 タクシーの中で、ずっと考えてた。

 恐い。

 純くんに聞くのが恐い。

 


"ピピッと電子音がなって、私は体温計の数字を確認した。

 38.1。

「凛……どう?熱下がった?」

「……全然。あーまいったなー。インフルじゃないとは思うけど。せっかく取材したのに……」

「無理しちゃだめだよ……おかゆ作ったよ!置いとくから、好きな時に食べて」

「……てかあんた、仕事は?」

「え?……いや……なんか僕も体だるくてさ。僕も休もうかな?熱あるかも!」

 潤は自分の禿げ上がった額に体温計を向けた。

 ピピッ。

 私はそれをひったくった。

「……36.4。平熱!バカなこと言ってないで、さっさと仕事行ったら?」

 潤はあたふたと出勤して行った。

 ……ばかな男……優しい男。"


 

 もし……もしも。

 純くんが……わたしが思ってるような人じゃなかったら?事故のせい……とかじゃなくって、わたしの知ってる純くんが……無理してた、とか……気を使ってるだけだった、とか……だったら?

 本当の純くんは……今の純く——


 ガクン!と衝撃、そしてシートベルトが食い込んだ。また鹿の角のまぼろしが見えた。純香も、わたしの腕の中で前に飛び出しそうになった。

「危ねえっ!」

 交差点だ。青信号。タクシーが動き出してすぐに急ブレーキを踏んだ。

「全く自転車は……お客さん、お怪我ないですか?」

「は、はい……すみません!降ります!」

「……は?……はい……」


 交差点を渡ってからタクシーを降り、歩道で叫んだ。

「凛ちゃんッ!待って!!」

 さっき鹿の角のまぼろしと同時に、チラッとだけど、自転車の前カゴにマイメロが見えた。凛ちゃんだ。


 ……聞こえない、か。立ち漕ぎで爆走してった。もうあんなに遠くに……。

 え、止まった?自転車……戻ってくる?

 凛ちゃんは戻ってきた。立ち漕ぎで。

 前カゴのマイメロの長い耳が、後ろ向きに伏せられて。

 

 キキーッ。

「ハァ……ハァ……呼んだ?」

「りんちゃん!マイメロ!きゃはははは!」

 純香が、両手をあげてはしゃいだ。



「……よく、聞こえたね……」

「ん?耳は良いんだぁ。キャハッ!」

 わたしたちは歩きながら話した。純香が重くて、抱っこし直す。

「ママー!おさんぽー!」

「だいじょぶ?ぽんぽん」

「ぽんぽん!なーい!」

 純香は元気そう……純香。もう純香だけ……。

 降ろして、手はしっかり繋ぐ。


「どうしたのぉ?スミカ」

「うん、ちょっと……吐いちゃって。病院行ってたんだ」

「え!マジ!……でも良かったねぇ!」

「……え?」

「治ったんでしょ?元気そうじゃん!」

「……そうだね……」

 立ち止まった。

「おさんぽー!」

「凛ちゃん……」

「ん?どしたん?」

「あの……ちょ、ちょっと、聞きたいことあるんだけど……」

「はい?なぁにぃ?」

 ごくんと、唾を飲み込む。

「あ……あの。純くんの……こと」

 凛ちゃんはきょとんとして、わたしを見た。

「お……教えて!純くんのこと!……し、知ってるんでしょ?!わたしの知らないこと!」


「ふうん……いいよぉ!」

「……え?」

「いいよって言った。全部、教えてあげる!てか、今までも言ってたけどさぁ。キャハッ!」

「あの……ちゃ、ちゃんと話して、ね?う……嘘、とか、無しで……」

「はあ?あたしがなんで嘘つくのぉ?」

「いや、その……あたしに、気を……気を使ったり、しなくて、いいから……ね?」

「んん?なんそれ?……なんかわかんないけど……だいじょぶ?カナコ」

「だ……だいじょぶ、だから。……たぶん」

 凛ちゃんに、じっと見つめられた。


『ほんとに大丈夫?』

 ……え?

「……わかった。んーと……どっかに、座らない?」



【同日昼 真駒内曙公園】

「牧羊管理実況の地……なにここぉ?またヒツジ?」

「ひちゅじ!アン!」

「……いなくない?どこにいるのぉ?ヒツジ」

 少し歩いて、曙公園の芝生に入った。さっきちょっとにわか雨が降ったから、芝生は濡れてる。凛ちゃんは、モニュメントを見てる。

「今はいないよ、ヒツジ……昔は、ここでたくさん飼ってたみたい」

「もふパーのおっちゃん、あのヒツジと一緒に暮らすのかなぁ?なんかウケる」

「うん……そうだね……」

「アン!メエメエ!」

「あーあそこ!階段?あそこに座ろ!」

「うん……乾いてる、かな?」

「いいから!知りたいんでしょ?ジュンくんのこと!」


 階段は乾いてた。10段くらいの、白くて広い、スタンド席みたいな石の階段。空はもう晴れてて、陽当たりが良くて。もうすっかり秋だけど、ぽかぽかして暖かい。


「ロクツィオしてもいいけど……別にいっか!のんびりゆっくり話すね!シンユーだし!」

 とりあえず聞き流そう……またそういう話ばっかりになったら、困るし……。

「なにから話そっかなぁ?……んーと……」

 凛ちゃんは、ちょっと考えてから、ニッコリ笑って言った。

「あのね?山下凛は……」

 ……ん?

「死んだのぉ!あたしは凛の死体に入ってんの!」

 

 …………。

「い、いや……あの……凛ちゃん……あの、ね?」

「凛じゃないの。あたしはスリエル!」

 スリ……前にも言ってた気はするけど……。

「……凛ちゃん?あの……」

「地獄で処刑係やってんの。なっかなか楽しいお仕事だよぉ!で、マイメロがさぁ、人間に捕まっちゃってさぁ——」

「凛ちゃん……待って?……」

「使い魔にする時、約束してたんだよね!ねー、マイメロ!だから、助けに来ちゃったぁ!」

 

「……凛ちゃん!あの……待って?……」

「あー、やっぱりあたしのことなんかどーでもいっか。ジュンくんのことだよねぇ?」

「うん、でも……あの……」

「あいつもあたしとおんなじ。ってか、たぶん、天から来たんだと思うよ?地獄のやつならあたしを無視なんてできっこないしぃ。なんてやつかはわかんないけど、鹿の——」

「凛ちゃん……凛ちゃんってば!待って!」

 

 ……凛ちゃん。なんなの?わたしは……わたしは、真剣なのに。頑張って……普段のわたしならこんなこと、聞いたり出来ないのに、頑張って……なのに。こんな変な話ばっかり……からかわれてる?バカにされてる?

「んー。まあそうだよね。信じられなくて当たり前かぁ。どうすっかなー……」

「り、凛ちゃん、あのね?わ、わたしも、そういう……お話、好きだよ?でも——」

「よし。じゃあ、これは?」

 凛ちゃんが、急に立ち上がってわたしを見下ろした。そして。


 目が。凛ちゃんの瞳が、ぼーっと……光った。

 赤く。マイメロの——

 ——それだけじゃなかった。


 頭?髪?……髪の毛が……逆立ったような……風もないのに、髪……髪じゃ、ない?……え?……み……耳?

 白……いや、銀色?……耳みたいな、マイメロの耳、みたいなものが、頭に——


「やめてッ!」

 純香を抱き寄せて、叫んだ。

「……ひどい!ひどいッ!もうやめてッ!そんな……おもちゃで!」

「……カナコ?ご、ごめん、驚かすつもりじゃ——」

「もう、いやぁッ!!」

 立ち上がって、喚いた。涙が出た。

 純香がビクッとして、わたしにしがみついた。

「ママ——」

 そのまま階段を駆け上がり、わたしは……逃げた。


 ……恐い?違う……今は……悲しい。辛い。

 ……悔しい。


 わたし……わたしは、一生懸命、考えた。純くんのこと。凛ちゃんのこと。最近起きた、いろんなこと。なのに……なのに、あの子は。


 親友?……みんなそう言う。昔から、みんな。わたしに、にこにこして近づいてきて、優しいフリして。

 わたしが、心を許して……仲良くなったって、友だちだって、思わせて……わたしを。わたしを……バカにして。

 ひどい。みんなひどい。凛ちゃんはひどい。ひどすぎる。

 わたしは……わたしは。いつも……騙される。裏切られる。ひどい。みんな、わたしを……わたしを。


 純くんだって……純くんも、そうだった?そうだったのかな……わたしに、優しくして。わたしを……騙して。ひどい。なんで?なんで、みんな、わたしを……いじめるの?どうして?

 ひどい。ひどい。ひどい。ひど——


「……ママぁ?だいじょぶ?」

 ……純香……。

「……ご……ごめんね、純香……ごめんね……」

「ママ……いたいの?」

 純香……純香……。

「だいじょぶ?えんえん……」

「ごめんね……ママ、泣いちゃった……」

「……ごめんなさいママ……」

「……え?」

「……スミカがげーしたから?」

「純香……違うよ?純香……純香は、悪くないよ?」

「ママ……おうち。かえろ?」


 純香……ごめんね?純香……ママが……ママのせいで……ごめんね?……でも……。


「うん……おうち。帰ろっか……」

 おうち。帰りたい……もういや。お母さん……お父さん……。

 

 おうち。わたしの、おうち。

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