13 調べて
【2026年9月25日(金) 真駒内緑町団地】
◇AIによる概要
"旦那様の急な変化に戸惑い、不安を感じていらっしゃいますね。これまであなたを最優先に考えてくれていた旦那様が、相談なしに行動したり、好みが変わったりすると、「何かあったのでは」と心配になるのは自然なことです。浮気ではないと分かっていても、心にぽっかりと穴が空いたような気持ちになってしまいますよね。そのお気持ち、とてもよく分かります。
旦那様が変わったように見える背景や、これからの向き合い方について整理してみましょう。
1.なぜ旦那様が変わったように感じるのか?
心理的な自立や「自分時間」の欲求
これまであなたを最優先にしてくれていたのは愛情の証ですが、ふとしたきっかけで「自分の世界」や「新しい経験」を広げたくなった可能性が——"
……ふとしたきっかけ。事故だよね。鹿。鹿とぶつかったから、「自分の世界」や「新しい経験」を広げたくなった可能性?そんなことある?
はぁーぁ……凛ちゃんは変なことしか言わないし、AIは当たり前のことしか言わない。でも他に相談できるような人なんていないしなぁ。
お母さんに話してみる?……心配、かけたくない……。
はぁーぁ。
純くんは、あれからは普通なんだよね。比較的。仕事行って、定時に帰ってきて。凛ちゃんのことはいろいろ聞かれたけど、そりゃそうか。寝てたらいきなり、知らない女子高生にお布団引っ剥がされたんだから。
純香とも普通に遊んで、お風呂にも入れたりしてくれて、純香もパパ大好きだから喜んでるし……わたしだけなのかな。変なのは、わたしだけ?
「パパー!おかえりなさい!」
「はい、ただいまです」
今日も、金曜の夜なのにちゃんと定時に帰って来た、普通の旦那様。たぶんこういうこともAIや団地の奥様とかに言ったら、「いいご主人ですね!」とか言われるんだろうな……お酒もタバコもやらない、賭け事とか変な遊びとかにも興味ない、ただちょっと最近、急に鹿が好きになっただけの優しい旦那様。そうなのかな……こういうものなのかな。
「……おかえりなさい。親子丼、作ったよ」
「うん!匂いでわかった!親子丼!」
純香を抱っこして、無邪気な笑顔で。
お仕事のお付き合いとかより、娘と親子丼が大事な旦那様。普通、幸せに見えるよね?幸せな家庭だよね?元に……やっと、元に戻った……のかな——
「明日、SAPPOROもふもふパークってとこに行くから」
——また。突然。いいけど……え?待って?
「……もふパー?きゅ、急だね。それに……初めて行くみたいな——」
「え?……あー、前にも行ったことあったね。もちろん忘れてないよ?うん、覚えてるよ、もちろん!」
やっぱり変だ……でも、入院してた時、お医者さんが言ってた。一時的な記憶喪失……そうだよね?わたしが……わたしが、変なんだ。こんなちっちゃなこと気にして。純くんが悪いんじゃない。
事故のせいでおかしくなってるのは、わたしなのかも。
「わ……わたしも、行っても……いい?」
「え?……うん、いいよ!もちろん!スミカも連れて行こう!家族団欒!」
『というわけで明日もふパー行ってきます
カレーは明後日でもいいかな』
凛ちゃんには一応報告しなきゃ。あれでも心配してくれてるみたいだし……カレーが食べたいから、だけじゃないと思うし。たぶん。
キッチンで洗い物をしてたら、ダイニングテーブルでスマホがガタガタいった。
「カナコ!ラインだよ」
純くんがわたしのスマホを持ってきてくれた。
「ごめんね、手、濡れてるから……置いといてくれるかな」
「急用とかじゃない?読んであげようか」
「え……うん。ありがとう……」
「えーっと……リンちゃんさんから。……あっそ。カレーは明後日絶対頼む。だって」
「そ、そう……ありがとう」
優しい旦那様。前と……おんなじ。変わらない、わたしの純くん。
【9月26日(土) 真駒内〜小金湯、SAPPOROもふもふパーク】
朝。わたしは早めに起きて、サンドイッチを作った。タマゴ、キュウリ、レタス、トマト、そして……エゾシカハンバーグのサンドイッチ。エゾシカソーセージやサラミもタッパーに詰めた。純くんが好きなら、わたしたちも好きにならなくちゃ。
あの事故以来、うちのアクアは保険で修理したけどずっと駐車場に置きっぱなしだった。元々、純くんは徒歩通勤だし、わたしの買い物も徒歩。車を使うのは簾舞に帰る時くらいだったけど、アクアに乗らない理由は使わないからじゃなかった。嫌だったから……あの事故を思い出すから。
でも、いつまでもそんなんじゃダメだよね?もう忘れて、元に戻んなきゃ……戻さなきゃ。
アクアに久しぶりに乗って、わたしたちはもふパークに向かった。
できれば硬石山は通りたくなかったけど、余計な心配だった。純くんはナビをセットして、今日は石山通り空いてるね、と言って、平岸街道から石山通りに合流した。
「すごくいい天気。気持ちいいね!」
「そう?」
「日焼け止め持ってくれば良かったかな。どう思う?」
「うん」
「ツルハあるよ!寄っていかない?」
「はい」
……大丈夫。純くんは一生懸命、運転に集中してるんだよね。大丈夫。
広い駐車場にアクアを停めて、お店のカートに純香を座らせて。大丸で服を買った時とは、またちょっと違う気分。特別じゃない、日用品を家族で買い物するってすごく普通で、すごくほっとする。
「シャンプー買っとかなきゃ!どこかな……純くん、わかる?……あれ?純くん?!」
一瞬、パニックになりそうだったけど、すぐに見つかった。一緒に歩いてると思ってたけど、だいぶ手前で立ち止まってなんか見てる。
「……純くん?何見て——」
「あートイレ。トイレ行ってくる」
わたしたちが近づくと、走っておトイレに行っちゃった……大丈夫。おトイレ我慢してたんだよね、きっと。それだけ。大丈夫。
追いかけたいのを我慢した。がんばって。それからシャンプーを探してうろうろしてやっと見つけて、次に日焼け止めを探してたら、ちゃんと戻って来てくれた。
「だいじょぶ?具合悪い?お腹痛い?」
「……え?なんでもないけど?」
「……そっか……うん。良かった!」
その後は大丈夫だった。
セルフレジで支払いして、レジ袋に入れて。純くんはそれを持ってくれた。前みたいに。シャンプーと日焼け止めだから重たくはないけど、嬉しかった。大丈夫。
それからわたしたちはまた、石山通りを西に向かった。
「自然がいっぱいだね、カナコ!」
「え?……そ、そうだね!」
確かに、石山、藤野を抜けて野々沢川の橋を渡ると、国道沿いが急に開けた感じがする。郊外……街を出たって感じ。いつもここで、実家に帰ってきたって思う。ここの住所はまだ藤野だけど。
先月も通ったばかりなのに……なんだかすごく、懐かしい。純くんは、やっぱりお腹痛かったのかな?トイレから帰って来てから、急に明るくなって。嬉しい。
石山通りも、ずっと直線だったのにここからカーブや登り坂が増えて、景色も緑色になる。
目立つFu's《スキー場》の看板、その下に小さな、南嶺高等学校の看板。
……変なの。別に、久しぶりの故郷!ってわけでもないのに。
最後のコンビニを通り過ぎる。実家のすぐ近く。
お父さん、腰良くなったかな。さっきツルハに、腰痛サポーター売ってたな。買ってってあげれば良かったかな。
この先は、もう山って感じ。道路は広くて綺麗だけど。小金湯、豊滝……緑に囲まれた4車線の道路を走り抜ける。
「がおーだ!パパ!がおー!」
純香が目を輝かせて叫んだ。もふパークのライオン。
「ほんとだ……がおー!スミカ、食べられちゃうよ?」
純くんが笑った……その横顔を見て、わたしも笑った。
ライオンは本物がいたわけじゃない。おっきなライオンの像というか建物が目印だった。
『あのライオン……雁来のパチンコ屋のやつじゃねえべか?いやわからんけど』
初めて来た時、お父さんが言ってたっけ。
国道から左に入って坂を登ると、このライオンの手前に駐車場があって、ライオンの口が入り口になってる。
駐車場は空っぽだった。舗装されてない、土の駐車場。ライオンの口の周りにロゴが並んでるけど——
SAPP ROもふも パ ク
昔はすごく繁盛してた。札幌では見れない珍しい動物、アルパカとかカピバラなんかもいて、子どもたちがたくさん来てた。TV番組や芸能人とかも来て、CMも毎日流れてた。駐車場だって、大型バスが何台も停まってて、空きを見つけるのも大変だったのに……今は、ライオンの傍に自転車が一台、立てかけてあるだけ。
車を降りる。音楽とかもなくって、とても静か。
「……誰もいないのかな」
純くんはすぐに降りずに、ドアを開けて座ったまま鼻をクンクンさせた。動物臭い?と思ったけど、特に変な匂いはしない。
「がおーは?」
「がおーはいないよ。メエメエかな?」
「メエメエ!パパー、メエメエだって!」
車のそばで純香を抱っこして、純くんが立つのを待った。目頭を触ってる。運転で疲れたのかな?
「大丈夫?少し休む?」
「え?……あー、大丈夫」
なんか目をパチパチしながら立ち上がって歩き出した。ライオンの口をくぐって、奥へ進む。照明がついてなくて、薄暗い。
「こんにちわ……誰か、いますか?」
ガタガタ音がして、奥の引き戸が開いて、オーバーオールのおじさんが出てきた。
「はい?……どなたですか?」
「えーっと……南区役所の方から来ました……シカワです。園長さんですか?」
前に来た時もいたおじさんだ。前はもっと……すらっとしてた様な?うろ覚えだけど。純くんは覚えてないみたい。
「区役所……なにか?立ち退き期限は月末でしょう」
「いえ。ぼくはまだ新人で……見学したいなって」
おじさんが、わたしの顔をじっと見た。それからまた純くんも。それから、ゆっくりと笑顔になった。
「……あー、君たち!覚えてるよ!……高校生だった!何回か、来てくれてたよな?覚えてる!……純くんと、香奈子ちゃんだろ?」
……え?そ、そんな何回も来てないけど……なんで、覚えられて——
「——カナコ!キャハハッ!」
おじさんの後ろから、あのカン高い笑い声が聴こえた。
凛ちゃんが、ひょこっと顔を出す。
マイメロを抱いて。




