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牡鹿の夢  作者: redzou
11/16

11 また迷って

「スミカー!カナコ!」

 キキーッっと自転車が止まった。

「りんちゃん!うさちゃん!」

 凛ちゃんは、前カゴからウサギを抱き上げた。大きくて真っ白で、赤い目をしたウサギ。

「マイメロ!返してもらっちゃったぁ!」

 すっかり忘れてた。まだ純くんにも話して——

「きゃはは!ぴょんぴょん!」

「うん、ぴょんぴょんだよぉ!」

 凛ちゃんがウサギを両手で抱いたまま自転車を降りた。自転車が倒れる。慌てて純香を抱き寄せた。

 

「ん?マイメロは怖くないよぉ?」

 ウサギを地面に降ろした。というかウサギが飛び降りた。

「スミカ!触ってみて?ふわふわー!」

 ウサギはおとなしく地面に座って動かなかった。鼻をヒクヒクさせて。純香がわたしを見る。

「ママー。いーい?」

「ま……待ってね、純香……ばっ……ばっちい、から……」

「ばっちい?ちょっとぉ。マイメロはきれいだよぉ?」

「あ……でも、動物だし……ば、ばい菌とか……」

「はあ?……ったく、人間って細かいねぇ……だいじょぶだってば」

 純香は上目使いでわたしを見てる。ちょっと茶色っぽい黒い瞳。純くんに似てる目……やだ。そんな目で見ないで——


 いきなり、白いふわふわの毛の塊がわたしと純香を遮った。もさっと。

「ほらぁ!かわいいでしょ?キャハハッ!」

 凛ちゃんがウサギを純香とわたしの隙間に突っ込んで笑った。天使みたいな笑顔で。



「——それでさぁ。その社長さん、あたしのオネガイ聞いてくれちゃった!お金もいらないって!」

 わたしたちは少し歩いて団地から離れ、五輪記念公園のベンチに座って、凛ちゃんの話を聞いていた。純香はマイメロを撫で続けてる……あとで、しっかり手を洗わなきゃ。

「そう……良かったね……」

「んー?カナコ、話聞いてなくない?」

「え?き、聞いてるよ?お金……」

「むー。まあいいけど?カナコがお金用意してくれるって言ってたからぁ、もういらないって言いに来た。それだけだし?」

「うん……わざわざありがとう……」

「ジュンくんにも相談してくれたんだっけ?生殖してから」

「せ……生、殖……そんなことしてない……したくないよ、もう……」

「あっそ。まあしたい時にすればいんじゃね?生殖って楽しい?」

 

 ……なにこの子。こんな……ずけずけと。純香を抱き上げ、立ち上がった。

「純香。おてて洗いに行こっか」

「ん?なんか怒った?」

「いやー!マイメロー!」

 純香が駄々をこね始めた。

「やだー!もっとー!」

 泣き出した……ため息が出る。仕方なく、また腰をおろした。

「マイメロも、スミカと遊びたいってさぁ!」

 凛ちゃんがウサギの手を持って、スミカにちょいちょいと触った。

「きゃははははっ!マイメロ!」 

 純香が笑い出す。心から嬉しそう。

 

 わたし。どうしちゃったの?もうわかんない……純香が笑ってる。こんなに。それでいいかな。

 わたし……凛ちゃんに、聞いて欲しいのかな。純くんが変だって、相談したいのかな。15歳の、まだ全然よく知らない女子高生に。そんなこと。

 誰かに聞いて欲しい?そうなのかな。小説の中なら、それが自然だよね、たぶん。そうした方がいいのかな。わかんない……けど。


「なあに?あたしかわいい?」

 無意識に、凛ちゃんの顔をじっと見てた。目を逸らして俯いちゃう。

「……あの……聞いてもらって……いいかな」



 話しちゃった。純くんのこと全部。事故のこと。鹿のこと。変なこと。

 凛ちゃんはちゃんと聞いてくれた。うん、とか、へー、とか合槌打つ以外は口を挟まないで、真剣に聞いてくれた。

 

「あと……寝言なんだけどね?毎日じゃないけど……ときどき……あや、って……」

「あや?」

「うん……何回も聞いちゃったから、間違いないんだ……女のひとの、名前だよね……」

「あや……あや取り。怪しい。AyaSofya」

「え?」

「Ayala。Äijätär。Ayahuasca……アヤで始まる言葉なんかいっぱいあるけどぉ?女の名前とは限んないよ?」

「そ……そうなんだ?すごいね、凛ちゃん……いろんな国の言葉——」

「אַיָּל。たぶんこれかなぁ」

「な……何語?」

「アヤール。ヘブライ語」

「ヘブライ語……そ、そう?なんでそれなの?どういう意味?」

「鹿。牡鹿だから」


「鹿……どういうこと?」

 凛ちゃんは黙って団地を見上げてる。わたしの家の方を。

「……凛ちゃん?」

「反応しないなぁ……カナコ!おうち行こ」

「え?」

「呼びかけたけど反応ないんだよねぇ。虹彩絡めるかぁ」

 ……またわけわかんないこと言い出した……呼びかけ?反応?虹彩……絡める??

 凛ちゃんはさっさとマイメロを抱き上げ、団地へ入っていく。

「ま、待って!」

 わたしも純香を抱き上げた。


「おーい。鹿オタクー。こんにちわぁ」

「凛ちゃん?!ちょっと——」

 うちの鍵はかかってなかった。わたしが出る時、かけなかったからそのまま。凛ちゃんは勝手にどんどん入っていく。

「おーいたいたぁ。キャハハッ!寝てんの?」

 純くんはベッドにいた。お布団にくるまって。

 

「じゅ、純くん——」

「……おい。寝たフリ?スリエルさんだよぉ?」

「凛ちゃん?!ちょっと待って——」

 凛ちゃんがお布団を引き剥がした。純くんは……寝てる。縮こまって。

「……純くん?」

 凛ちゃんの横から覗き込む。寝てる。

「純くん?大丈夫?具合悪いの?」

「パパー。おねむー」

「ちっ」

 凛ちゃんが舌打ちした。大きな音。

「ご……ごめんなさい……」

「なんでカナコが謝んのぉ?」

「え……だって……」

「まあいいや。別に、来ちゃダメってわけじゃないしぃ。誰だか知らないけどぉ、あたしには関係ないかぁ……迷惑かけないでねぇ?」

 凛ちゃんは振り向いてリビングに戻った。

「カナコ!カレー食べたい!カレー!」


「あぁ……これこれ。ヤバすぎ……」

 凛ちゃんはカレーに夢中……もう純くんのことはチラ見さえしない。

「……あの。凛ちゃん?聞いても、いいかな……」

「んぐ?なふぁにい?」

「純くんのこと……前から知ってるの?」

 マイメロも……どうやって、返してもらったんだろう?20万円必要って……じょしこうせい……まさか、パパ活……まさか……純くんも?

 凛ちゃんがゲップをした。

 ……考え過ぎかな。やっぱり。


「ジュンくん?知ってるよ?カナコが教えてくれたから。……あれ?そういうことじゃなくて?」

「い、いや……なんでもない!」

「?……まあ、なんかあったらまた教えて?おもしろそうだし!……あー、恩返しもしたいし?」

 凛ちゃん……この子も、よくわかんない。

「とりあえず……あたしは、用が済むまでもうちょいこっちにいるからさぁ!」

「え?凛ちゃんどっか行っちゃうの?お引越し?」

「……お引越しかぁ。まあそんなとこかな!」

 それから、凛ちゃんはまた地獄とか転生とかの話を始めた。

 

 ……それどころじゃないんだけど。

 マイメロはニンジンを食べた。

 純香は寝かしつけた。

 ベッドじゃなくて、スミカマットで。

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