02 亜人の扱い
ルードから発せられた言葉に俺は固まっていた。
異世界なのだから皇族は存在するだろうと思ってはいた。
思ってはいたがまさか自分がその一人になっていたとはまったく想像もしていなかったのだ。
帝国だからもちろん皇帝がいるのだろう。つまり血縁である皇子たちは皇位継承争いをする運命ということだ。
冗談じゃない。
あぐらをかいた足の上にある手に力が入って自然と拳を握っていた。
やっと出世だの会社内の争いだのから解放されたというのに、何が好きで争いをそれも国家以上のレベルの権力でやらなければならないのか。
皇帝になることだけは絶対に回避しなければと握った拳に更に力を込める。
国の、しかも民の命も背負うなんてつい先程まで普通の会社員だった俺には荷が重すぎるし、そんなに有能なわけでもない。
民の恨みを買い、政治もうまく動かせず国を滅ぼしてしまうのがオチだろう。
第四皇子ということは他にあと三人皇子がいるということなのであまり心配しなくてもいいかもしれないが、まあ後で対策を考えておこう。
しかし、皇族らしからぬ扱いを受けている感じがするのだが気のせいだろうかと握っていた拳をほどいたあと、腕を組んで部屋を見回す。
幼少期は過酷な環境で精神を鍛えるとか、あるいは全体的にこの衛生状態なのだろうか。
もしこの世界の衛生基準がこれだとすると耐えられないなと息をつく。
腕を組んだままうんうん唸っていると、「失礼いたします」とルードが俺の頭に巻かれた包帯をほどきだした。
ルードの細いきれいな指が頭上で動いているのを見て、手、腕をたどり彼のもふもふの耳が目に入る。
皇族だという衝撃の事実を理解するのに忙しくてこの耳と尻尾を完全に忘れていたが、ピクピクと微かに動く耳を見ていると体の奥からぐっと好奇心が湧いてくる。
知りたいことは山ほどあるが、まずは目の前の疑問から解決したい。
「ルードはその・・・亜人、なのか?」
興味からの興奮故に声が裏返ってしまったが、初めて見るその種族に勢い余って抱きつかなかっただけ良かったと思う。
ルードに消毒液の染みた綿を傷口に当てられた痛みで少し気持ちが落ち着く。
この世界で亜人と呼ばれているかはわからないが、いったん俺の知識の中の名前で問うことにした。
まあ通用しなければ彼の反応でわかるだろうし、俺は記憶喪失だと思ってくれてそうなのであまり問題はないだろう。
ルードは俺の問いかけに「そうですね。私は猫の亜人になります」と返して消毒し終わった俺の頭に新しい包帯を巻き始めた。
亜人という認識が間違っていないことに安堵しつつ必要以上のことを話す気は無いと言わんばかりの対応に少し苦笑する。
そうしなければいけないのか、はたまたルードがそういう性格なのか。
知りたいことがさらに増えたが、もう聞いてしまおうと「ルード」と言葉を投げる。
包帯にとめられていた赤い瞳が俺の方に向き、「なんでしょうか」と表情を変えずに聞いてきた。
「亜人に対してなにか縛りのようなものはあるのか?」
知っておかないと俺がルードに無意識のうちに強制させてしまうかもしれないし、この世界の常識だとしたらなおさら知っておきたい。
ちなみに俺が見てきた小説やアニメの中ではだいたい亜人の扱いはひどい。
奴隷だったり実験に使われたり人権がなかったりと、これでもかというほど残酷だ。
亜人の扱いが酷くない世界だといいが、淡い期待はだいたい打ち砕かれると会社内で嫌というほど思い知らされているためあまり期待はできない。
「主人に逆らうことは絶対に許されません。人間と亜人には圧倒的な身分差がありますので主人でなくても人間には基本逆らえません。自由や人権も認められていませんし、不条理な扱いは当たり前ですね」
サラッととんでもないことを言っているが、相変わらずの無表情でルード自身がそのことについてどう思っているかは分からなかった。
やはりというか、亜人に対する扱いはどこの世界でも同じようだ。なぜそのような扱いを受けなければならないのかは理解できないけど。
「しかし皇族に仕えている亜人は、多少ですが人権が認められます。亜人はもともと身体能力というか戦闘能力のようなものが人間より高いのですが、その中で特に飛び抜けて能力が高く、知力もある者が皇族にお仕えできます」
「そうか。宮廷内には他にも亜人がいるんだな」
「はい。皇族お一人には必ず一人専属の亜人がお仕えしております」
戦闘能力が高いということは、ただ単に世話係というわけでもなく護衛も兼ねているのだろう。
先程俺に仕えている、という言葉からするとルードが俺の専属亜人なのだ。
ルードはスタイリッシュな体型で戦闘向きとはいえないので大丈夫か少し心配だが、見かけで判断するのはどうかと思い心の中にとめておく。
頭の包帯を巻き終えたらしいルードはテキパキと片付けを進めている。
「ところで俺はなんで頭を怪我してるんだ?」
もしこの部屋に最初に入ってきたのが普通の人間だったら名前の次に真っ先に聞いたのだが、亜人を前にそれは無理な話だった。
「私も一部始終を見ていたわけではありませんが、恐らく本棚から落下した本があたったのだと思います。鈍い音がして駆けつけたときには血を流して倒れておられたので」
うーわ、痛そう。
血を流すくらいだから本の角があたったんだろう。
普通そんな勢いがなくても角に当たれば痛いのに落下してきた本の角に・・・考えただけでもう・・・。
そんな重症なら2日ぐらいは気を失ってそうだな。
「気を失われてから5日間ほど眠られていました。医者からは怪我の方は問題はないが記憶喪失は覚悟するよう言われていたのですが、まさか本当になられるとは」
俺の心を見透かしたように的確に教えてくれるルード。なんというか心なしか嬉しそうなのは気のせいだろうか。
思っていたよりも寝ていた日数が長くて驚いたが、何より記憶喪失の可能性を示してくれていた医者に感謝したい。
当たり前のこととかをルードに聞いても特に怪しまれることはないから都合が良すぎるなとルードに怪しまれない程度にほくそ笑んだ。
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