第32話 嘘の証言は、満席の記録に弱い
「リゼット・フォンテーヌ座長は、幼い役者を休ませることなく酷使し、不当に搾取しています! さらにサクラを雇って満席を偽装し、あまつさえ第二王子殿下を色仕掛けで誘惑し、劇団を私物化させたのです!」
文化評議会の大広間に設けられた公開公聴会の場。
証言台に立った元婚約者、ジュリアン・ボーモンは、大勢の傍聴人を前に自信たっぷりに声を張り上げた。
マルセル公爵を筆頭とする審査員たちが、わざとらしく眉をひそめて私を見下ろす。公聴会とは名ばかりの、私と劇団を社会的に抹殺するための吊るし上げだ。傍聴席には、心配そうに見守るヴィオラ様や後援会の女性たち、そして劇場街の商人たちの姿があった。
「……以上が、彼女の悪質な運営の実態です。このような劇団に、王立認定を維持する資格はありません!」
ジュリアンが勝ち誇った顔で私を指差す。
前世で芸能マネージャーをしていた頃、根も葉もない醜聞や悪意ある捏造記事を突きつけられたことは何度もある。そんな時、一番やってはいけないのは、怒りに任せて感情的に反論することだ。
私が用意した武器は、ただ一つ。
「証言は終わりましたか、ジュリアン様」
私は静かに立ち上がり、手元に用意した分厚い書類の束を審査員の机に提出した。
「ただいま提出したのは、当劇団の『全役者との契約書原本』『日々の休演記録』および『報酬台帳』です。……リリィ、前へ」
私が声をかけると、孤児院長と公選代理人に付き添われ、十一歳のリリィが進み出た。証言を断っても不利益はないと、公聴会前に三度確認してある。
「子供を証言台に立たせるのか! やはり搾取している証拠だ!」
ジュリアンが喚くが、リリィは全く怯むことなく、自分の名前が書かれた契約書の写しを開いた。
「リリィ。貴女の契約書の第五条と第八条を、皆様に聞こえるように読んでください」
「はい、座長!」
リリィはよく通る舞台用の声で、堂々と読み上げ始めた。
「第五条。子役は週に二日の休演日を必ず取得し、午後八時以降の稽古および本番への出演を禁ずる! 第八条。グッズ売上の利益の四十パーセントは、役者本人の独立口座へ直接振り込まれるものとする!」
その明確な条項に、審査員席がざわめいた。
「私は休演日にはちゃんと孤児院でお昼寝していますし、お給料も毎月遅れずに自分の口座にもらっています! 座長は私を搾取なんかしていません!」
リリィの言葉と、一切の誤魔化しがない報酬台帳の記録。
「なっ……子供に嘘を言わせる気か!」
「嘘ではありません。孤児院の院長と、口座を管理している商業ギルドの署名付きの証明書も添付してあります」
私が冷たく言い放つと、ジュリアンの顔からサッと血の気が引いた。
「では次です。観客を買収して満席を偽装したという証言について。こちらが、初演から現在に至るまでの『全公演の購入記録』と『魔写絵の販売台帳』です。すべてに公式印が押されています」
私はさらなる書類の束を突きつけた。
「仮に私がサクラを雇っていたとして、そのサクラたちが自腹を切って高価な魔写絵を何百枚も購入し、連日後援会のサロンで熱弁を振るうとお考えですか? ……それに、初演の満席については、最も確かな証人が傍聴席にいらっしゃいます」
私が振り返ると、傍聴席から一人の若い貴族令嬢が静かに立ち上がった。
彼女は、初演の日にジュリアンが私を嘲笑するため連れてきた令嬢だった。
「私は、ジュリアン様に誘われてあの日の初演を観に行きました」
令嬢は恥じることなく、凛とした声で証言した。
「目的は、落ちぶれた男爵令嬢の劇団を嘲笑し、途中で席を立って恥をかかせるためでした。……ですが、私たちはその舞台に心から感動したのです」
彼女の言葉に、ジュリアンは「お前、何を言っている……!」と狼狽えた。
「私たちは自らの意思で席から立ち上がり、涙を流して役者の名前を叫びました。私たちは、フォンテーヌ座から一リルたりとも受け取っていません。……あんなにも血の通った素晴らしい舞台を、買収だなんて言葉で侮辱しないでくださいませ!」
令嬢の毅然とした反論に、傍聴席の後援会の女性たちから「その通りだ!」と一斉に拍手が湧き起こった。
公聴会の場において、観客の生の声ほど強いものはない。
「……最後に。私が第二王子殿下を色仕掛けで誘惑し、劇団を庇護させたという件について」
私は、先日クラウス殿下自らが魔法掲示板で公開した声明文と、彼の後援契約書の写しを高く掲げた。
「殿下と当劇団が結んでいる契約には、演目や人事への『内容介入権』がありません。殿下の職務忌避、契約原本、送金経路はすでに公開されています」
私は公開済みの契約書と、商業ギルドが証明した送金票を横へ並べた。
「ジュリアン様。偽装だとおっしゃるなら、どの署名と、どの送金番号が虚偽なのか示してください。ここで指定された記録は、公証人が原本と照合します」
「そ、それは……契約の文面など、俺は知らない!」
「では、介入があったという証言の根拠は?」
ジュリアンは口を開いたまま答えられなかった。
休演記録。報酬台帳。購入履歴。そして本人の証言。
すべての嘘が、私たちが一公演ずつ積み上げてきた「満席の記録」の前に崩れ去ったのだ。
「……証言の裏付けはないようだな」
議長席に座るマルセル公爵が、手元の調書を閉じた。
公爵はジュリアンを助けない。評議会の権威を守るには、失敗した補佐官を切る方が合理的だからだ。
「文化の審査へ私怨を持ち込み、裏付けのない証言をした者を置いては、評議会の秩序が保てない。ジュリアン・ボーモンを補佐職から解く。商業圧力への関与は、独立調査官へ送致する」
「公爵閣下、私は指示された通りに……!」
「その発言も調書へ記載しなさい」
書記官に促され、ジュリアンは足元をもつれさせながら証言台を降りた。
傍聴席にいる誰一人として、彼に同情する者はいなかった。かつての貴族仲間たちも、彼に冷ややかな軽蔑の視線を送るだけだ。
初演の日、満席の中で彼だけが拍手できなかった。今度も彼を孤立させたのは、私の罵倒ではなく、自分で口にした嘘だった。
「これにて、公聴会を閉会する。フォンテーヌ座の認定に関する最終判断は、王国祭典の直前に行う本審査まで持ち越しとする」
マルセル公爵が木槌を一度叩き、公聴会は終わった。
「やりましたね、座長!」
「ざまあみろだ! 俺たちの舞台を馬鹿にするからこういう目に遭うんだ!」
傍聴席から降りてきたヴィオラ様やエリックたちが、歓声を上げて私を取り囲む。
私はホッと息を吐き出し、張り詰めていた肩の力を抜いた。
「皆様のおかげです。……特にリリィ、よく一人で堂々と証言してくれましたね。怖くなかった?」
私がリリィの頭を撫でると、彼女はえへへと笑った。
「全然怖くなかったよ! だって、座長が作ってくれた契約書には、私のことがちゃんと守られるって書いてあったから!」
その言葉に、張っていた肩から力が抜けた。
口約束の優しさではなく、紙に書かれた冷徹な契約こそが、いざという時に彼らの盾になる。私のやり方は間違っていなかったのだ。
「さあ、帰って夜の公演の準備をしましょう。……私たちにはまだ、一番厄介な敵が残っていますから」
私は公聴会の会場を後にしながら、密かに決意を固めていた。
ジュリアンは倒れたが、本丸であるマルセル公爵と文化評議会の腐敗は、まだ何も解決していない。
評議会の責任を問うには、エレノア様が残した『暗号』を解き明かし、不正帳簿を正式に保全する必要がある。
だが、旧王立劇場の保管庫はすでに空だった。公爵は証拠をどこへ隠したのか。
(……次は、推測ではなく原本を出す)
私は夜空を見上げ、深く息を吸い込んだ。
実名の手紙を交わした彼と、あの未遂の口づけの先へ進むかどうか。それも、戦いが終わった後に私自身が選ぶ。
【本日のフォンテーヌ座収支】
借金残高:6,300,000リル
【声の広場・観劇板】
投稿者:匿名
公聴会を見た。元補佐官は、自分の証言の根拠を一つも示せなかった。
返信:
座長の書類は分厚かったけれど、決め手は署名と送金番号だったな。
【座長業務日誌】
公聴会にてジュリアンの証言と記録の不一致を立証。同氏の評議会補佐職解任と、商業圧力に関する独立調査への送致を確認。




