表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/36

第15話 失敗作にも、次の光を

「もう、魔法を使いたくありません」


朝の事務所で、ノエルは焼け焦げた感光紙を見つめていた。

三百枚の予約に対し、一晩で焼こうとした百七十一枚。そのうち商品として渡せるものは、二十六枚しかない。白く飛んだ顔、黒く焼けた衣装、輪郭を横切る光の筋。高価な紙の匂いが、焦げ臭さに変わっている。


「一か月で百枚が限界だと、僕は言いました。でも、皆が待っていると思ったら止められなくて……」

「徹夜を禁じた契約に違反しています」


私が告げると、ノエルの唇が震えた。

「なら、解雇してください。僕は期待された数も作れない。作れば壊す。こんな手で、もう何も焼きたくない」


彼は工房へ入り、内側から鍵を掛けた。

責める資格は私にない。限界を聞いていたのに、三百枚の予約欄を閉じなかった。売れる数字に浮かれ、製作日程も納期も決めないまま手付金を受け取ったのは私だ。


「座長、返金すれば手元の運転資金が足りません」

セバスチャンは原価表の一点を押さえた。

「遅配分の次の支払いにも響きます。外部の魔法工房へ委託しては?」

「役者の肖像を、契約のない工房へ渡すことはできません」

「では、待っていただくしかない。今すべて公表すれば、客は離れますぞ」


その反対も正しい。正直さだけで賃金は払えない。

私は二十六枚の合格品と、かろうじて顔が判別できる六十四枚を分けた。後者には、光が星屑のように散ったものもある。だが、こちらが勝手に価値を付け直してよい品ではない。


正午、私は劇場の玄関に立った。


『魔写絵三百枚の受注について、製作上限を設けなかったため、納期を守れなくなりました。責任は座長リゼット・フォンテーヌにあります。

全額返金、八週間以内の通常版、現物を確認した上での光模様版。この三つからお選びください。新規受注は、既存分をお渡しするまで停止します』


告知を読み終えた客の列から、低い声が飛んだ。

「限定版だなんて、失敗を飾って売るつもり?」


商家の女性が、予約票を私の前へ置いた。

「私は舞台で見たミーシャが欲しかったの。星模様が欲しかったわけじゃない。誕生日に間に合うと言うから払ったのよ」

「おっしゃる通りです。返金に加え、手付金を預かった日数分の利息もお返しします」


頭を下げると、別の男が「謝れば済むのか」と吐き捨てた。済むはずがない。私は返金帳簿に一件ずつ名を書いた。


光模様版を見て「星みたい」と喜ぶ子どももいた。けれど、その母親は紙の端の焦げを確かめ、首を横に振った。通常版を待つ者、返金を選ぶ者、傷の少ない光模様版を自分の目で選ぶ者。夕刻までに、返金は二十八件、光模様版は六十四件、通常版を待つ予約は二百八件となった。


誰もが私の対応を称えてくれたわけではない。《声の広場》には「先に上限を決めるべきだった」という評が並んだ。反論できない。


夜、工房の扉の下へ、私は新しい製作表を差し入れた。

一日三枚まで。十枚ごとに試験焼き一枚。二時間ごとに休止。合否を決めるのはノエル一人ではなく、役者本人と製作担当と座長の三者。


「今すぐ戻れとは言いません」

扉越しに話した。

「解雇もしません。契約を破らせる量を受けたのは私です。明日、外部工房へ技術協力だけを頼みます。肖像原版は渡さず、ノエルが戻るまで新しい焼き付けは止めます」


しばらくして、紙を引き寄せる音がした。それだけだった。


ロビーへ戻ると、カイが返金帳簿の前に立っていた。

「私は、君なら失敗さえ鮮やかな成功へ変えると思っていた」

「変えられませんでした」

「いや。変えなかったのだな」


彼は光模様版を一枚持ち上げた。

「これを好む人がいても、欲しくない人まで感動させたことにはできない。二十八の返金を記録に残した。それでいい」


慰めではなかった。その方がありがたかった。

カイは小脇の書類を差し出した。古い『幻影画』条例。被写体の同意と販売元の許可なく複製・転売することを禁ずる条項に、印が付いている。


「外部へ技術協力を頼むなら、肖像原版を守る契約が要ると思ってね」

「どうして、私が今欲しいものを知っているのですか」


彼の指が止まった。

匿名のKが手紙で使った言葉と、カイの言葉は時々、同じ角度で私の仕事へ触れる。


「研究員は、先回りして資料を探すのが仕事だ」

「そういうことにしておきます」


私が礼を言うと、彼は目を逸らした。逃げるようには帰らず、工房の明かりが消えるまでロビーに残っていた。


翌朝、工房の鍵が開いた。

ノエルは製作表を握り、目を伏せたまま言った。

「今日は焼きません。まず、外部工房の人と試験方法だけ話します。それでもいいですか」

「それが仕事です」


信頼は、一晩で元へ戻らない。だから、戻るまでの手順を作る。


【本日のフォンテーヌ座収支】

借金残高:10,000,000リル

【座長業務日誌】

魔写絵二十八件返金。新規受注停止。一日三枚、十枚ごとの試験焼き、三者検品を導入。信頼回復は継続中。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ