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第13話 後援会は、財布ではなく居場所です

「劇場の外に、公演を観終えた女性たちがたむろしていてよ。交通の邪魔ですわ」


昼下がりのフォンテーヌ座のロビー。厳しい声とともに現れたのは、上質な濃紺のドレスに身を包んだヴィオラ・レイン伯爵令嬢だった。

連日の満席で劇場が活気づく中、彼女は鋭い視線で私を射抜いた。

「素晴らしい舞台を提供したのなら、観客が余韻を語り合いたくなるのは当然のこと。それなのに、この劇場には終演後に落ち着いてお茶を飲み、感想を語り合う場所が一つもありませんのね」


ヴィオラの指摘に、私は終演後の人の流れを思い返した。歩道へあふれた客は、帰らずに舞台の話を続けていた。

「申し訳ありません、ヴィオラ様。すぐにお客様が歓談できるスペースの整備を……」

「……わたくしが言いたいのは、ただの休憩所の話ではありませんわ」

ヴィオラは持っていた扇をパチンと閉じ、少しだけ視線を伏せた。いつもの堂々とした彼女らしからぬ、どこか弱気な仕草だった。


「わたくし、社交界では浮いていますの。お茶会に出ても、令嬢たちが話すのはドレスの流行か、殿方の品定めばかり。舞台の照明の角度や、役者の間の取り方について真剣に語ろうとすれば、『可愛げがない』『理屈っぽい』と敬遠される……。わたくしには、心から演劇を語り合える友人がおりませんの」

彼女の辛口な観劇評は、ただの粗探しではない。誰よりも舞台を愛し、真剣に見つめているからこそ出る言葉だ。しかし、その熱量を受け止められる人間が、彼女の周りにはいなかったのだ。

「ですが昨日……この劇場の前で、商家の奥方と少しだけ言葉を交わしました。エリックの足捌きの滑らかさと、ミーシャが粉を被る瞬間の沈黙の長さについて。……本当に、楽しかった。身分など関係なく、ただ同じ舞台を愛する者同士として語り合う時間が、わたくしには必要ですのよ」


彼女の孤独な告白を聞き、私は深く頷いた。

「ヴィオラ様。当劇団の公式な『後援会』を設立しましょう」

「後援会? ああ、王立劇場のパトロンのようなものですわね。よろしいですわ。会費は最低でも銀貨五十枚。金貨を積んだ者には最前列の確約と、特別な称号を与える階級制にして、質の悪い客を弾きましょう」

「いいえ、金額による階級や序列は作りません」

私がきっぱりと否定すると、ヴィオラは目を丸くした。


「会費は少額の一律。特典は公開稽古と感想会です。払った額では席順を変えません」

私はロビーの長机を指した。

「必要なのは、身分を問わず同じ舞台を語れる場所でしょう?」


ヴィオラは私の提案を聞き、数秒の沈黙の後、ふっと美しく微笑んだ。

「……金額ではなく、愛着で集まる居場所。ええ、とても面白そうですわ。その感想会、わたくしが最初の仕切り役を引き受けてよろしくて?」

「はい。ヴィオラ様の深い見識で、ぜひ皆様のお話をまとめてください」

かくして、フォンテーヌ座初の公式後援会が発足することになった。


数日後。劇場のロビーに長机と椅子を並べ、第一回の後援会サロンが開催された。

集まったのは、ヴィオラをはじめとする貴族令嬢たちと、劇場街の商家の女性や職人の娘たちだ。普段ならまず同じテーブルを囲まない彼女たちが、お茶の入ったカップを片手に、熱心に身を乗り出している。

「あの場面のミーシャ、本当に素敵でしたわ! あんなに粉まみれなのに、誰よりも美しくて!」

「そうそう! エリックの情けない顔もたまらなかったわよねえ。最初は軽薄な男だと思ってたのに、あそこで一気に好きになっちゃった!」

身分も年齢も違う女性たちが、目を輝かせて「推し」の魅力を語り合っている。

ヴィオラは扇を優雅に揺らしながら、彼女たちの意見に深く頷いていた。

「皆様、わかっていらっしゃいますわね。あそこでエリックがミーシャに向ける視線の角度、そしてノエルの照明が当たるタイミング。すべてが計算され尽くした芸術ですのよ」


誰も彼女を「理屈っぽい」と笑わない。商家の女性たちは「さすが貴族様、目の付け所が違うね!」と感心し、ヴィオラもまた「あなたのその素直な感想、とても素晴らしいわ」と屈託なく笑っている。


私は少し離れた場所から、その温かい光景を見守っていた。

「大盛況のようだな」

不意に隣に立ったのは、灰色の外套を着たカイだった。彼はサロンの女性たちの邪魔にならないよう、壁際に身を潜めている。

「ええ。皆様、本当に楽しそうです。……そういえば、あちらのテーブルに出しているお茶菓子の山、カイ様が手配してくださったとセバスチャンから聞きましたが」

実は今日、パン屋組合から「匿名の支援者からの依頼だ」と、大量の焼き菓子やパンが劇場に届けられていたのだ。

カイは少し気まずそうに視線を逸らした。

「私ではない。……ただ、王都のどこかに、君の劇団が健全に運営されることを望む熱心な演劇好きがいるのだろう。気にする必要はない」

(またそんな無理のある誤魔化しをして)

私は小さく笑い、彼と一緒にサロンの熱気を見つめ続けた。


感想会がひと段落した頃、ヴィオラが立ち上がり、私の方へと歩み寄ってきた。

「リゼット座長」

「はい、ヴィオラ様。楽しんでいただけましたか?」

「ええ。わたくしの人生で、最も有意義なお茶会でしたわ」

ヴィオラは満足そうに微笑んだ後、ふと真面目な顔つきになった。

「魔法掲示板で、あなたのことを面白い名前で呼んでいる方がおりましたの。『推し活令嬢』と」

「あ……はい。なんだかおかしな呼ばれ方をしてしまって」

「おかしくなんてありませんわ。あなたはご自身の地位や名声のためではなく、ただひたすらに裏方として、役者を『推して』世に出すために動いていらっしゃる。あの舞台も、今日のこの素晴らしい居場所も、すべてあなたが役者と観客のために作ったものです」

ヴィオラは私の手を取り、はっきりとした声で言った。

「あなたはフォンテーヌ座の役者たちの、そしてわたくしたち観客の、最高の『推し活令嬢』ですわ」


その呼び名に笑って応えようとして、喉が一度だけ閉じた。

女性たちが好きな役者の名を重ねる声が、前世のカーテンコールへつながる。私の名だけ抜け落ちた順番まで、耳は覚えていた。

カップを持つ指に力を込める。今ここで呼ばれたのは役割の名だ。それでも、私へ向けられた声だった。


「座長! 大変です、座長!」

感傷に浸る間もなく、劇場の奥から魔法技師のノエルが血相を変えて飛び出してきた。

彼の手には、木箱がいっぱいに抱えられている。

「どうしたの、ノエル。そんなに慌てて」

「魔写絵です! ロビーの隅に、試験的にミーシャとエリックの『魔写絵』の予約箱を置いておいたじゃないですか!」

ノエルは感光紙に魔法で景色を焼き付ける技術を持っている。私は前世のアイドルグッズである「生写真」の概念を応用し、本公演の熱狂が冷めないうちに、役者の姿を写した魔写絵の予約販売を告知しておいたのだ。

「予約、全然入っていなかった? 単価が高いから、少し早すぎたかしら……」

「逆です!!」

ノエルは抱えていた木箱を長机の上にドンと置いた。中には、予約希望の紙と手付金の入った封筒が山のように詰まっていた。

「僕が魔法の力で一ヶ月に製作できる限界枚数は、せいぜい百枚です。なのに……予約の数が、すでに三百枚を超えています! 製作可能数の三倍ですよ!?」


「えっ……三百枚!?」

私は思わず声を上げた。

横にいたカイも、ヴィオラも、驚いたように木箱の中身を見つめている。

観客の「推し」への熱狂は、私の想定すらも遥かに超える速度で、劇団に莫大な需要を生み出し始めていた。


【本日のフォンテーヌ座収支】

借金残高:10,000,000リル

【声の広場・観劇板】

投稿者:匿名

後援会のサロン、すっごく楽しかった! 伯爵令嬢様とお話しできるなんて思わなかった。

返信:

あの座長、本当にファンの気持ちをわかってるよね。

まさに最強の推し活令嬢だ! 魔写絵も買う!

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