第3話 師走の話
現在、歌殿には七人の歌守がいた。
お互いの腹の虫がおさまったのか、おとなしく二人でお茶を飲んでいる文月と長月、高笑いをしている卯月の前で、うなだれている如月、そんな様子をほほえましく見ている師走と神無月にお茶を出す弥生…すぐ横の歌櫓からは、葉月の歌が聞こえてくる。
「さて…いつの間にやら、人数が増えたみたいだけど、話しましょうか…弥生と如月を呼んだ理由を…」
「ようやくですか。それで、お話というのは?」
ものすごく落ち込んでいたはずの如月は、卯月を押しのけて師走に詰め寄った。
「あらあら…まぁ端的に言えばね。私は長年この町に住んでるけど、歴代の歌守や横丁の住人との関わりがあまりない気がするのよ…そこで、フレッシュな新人である弥生ちゃんや熟練者の如月にその辺の提案をしてもらおうと思ったの…もちろん、卯月ちゃんや神無月ちゃんも意見してもいいわよ」
師走は、多くの歌守が集まっているこの状況を好都合ととらえたのか、そんなことを言い出した。如月は、確かに、一か所に七人もの歌守が集まるなど、かなりまれなのかもしれない。などと考えつつ、自分の意見をまとめようとしていた。
「そうじゃな…ボランティアとやらをやるのはどうじゃ? これならば、住民との交流に加えて、歌守同士の交友、さらには、妾のイメージアップにつながるじゃろ?」
「確かに、卯月のイメージアップは余分だけど、いい提案かもしれないな…」
如月は、うんうんとうなづきながらそう言っていた。
この発言者が睦月だった場合、断固反対するのだろうが…
「でも、ボランティアって具体的に何をするんですか?」
ボランティアをするという方向でまとまりつつあったメンバーだったが、弥生の意見によりその動きが一斉にストップした。
「確かに一口にボランティアと言っても、いろいろあるからな…ゴミ拾いでもするか?」
「個人的にそれはどうかと…それだったら、植林とかどうです?」
「植林ですか…悪くないと思いますよ。何せ、今はエコの時代ですから」
師走の賛成により、植林のボランティアをするという方向で話がまとまりつつあったのだが…
「しかし、植林をするとなると、どこに植えるのじゃ?」
卯月の意見により、再び振り出しに戻ることとなる。
「それで…何のボランティアをするの?」
「植林する場所決めるだけでいいんじゃないですか?」
「仮に植林をするとなると、家を十軒ほど破壊する必要があるな…」
「確かに、ぶっちゃけ邪魔ですし」
仮にも世界の平和を守っているとは思えないような内容の会話が展開される中、さらに横槍を入れる人物が一人。
「……横丁をなくして、森に還せばいい」
「それ植林じゃなくて、ただの破壊工作じゃないですか!」
そんな物騒なことを言っている少女は、とにかく暗い歌守の皐月。
「……何言ってるの? 文明なんていつかは滅びるんだよ…それが、私たちの手によってほんの少し早まるだけだよ…」
「皐月先輩…私たちがどういう仕事してるかわかってて行ってるんですよね? 冗談ですよね?」
「そうじゃぞ。妾たちはがいるからこそ、この世界は安定しているのじゃ! つまり、妾たちがストライキを起こせば、文明を滅ぼすなどいとも簡単であろうが!」
くどいようであるが、歌守の仕事はその歌声で世界を安定に導くものだ。
そんな歌守が歌うことをやめれば、世界は荒廃にあえぐであろう。
「そうですね…いったん、すべての世界の文明滅ぼしてから、植林すれば、ちゃんとしたボランティアになりますね」
「なりません。あなた方、ボランティアの意味わかってるんですか?」
弥生が疑問を口にするが、一同はどこに植林するか…というか、どの国を滅ぼすかという内容にシフトチェンジした話に夢中である。
「先ほどから聞いていましたが、人類を滅ぼすのはやりすぎかと」
突然の声に一同が驚いて声の主のほうを振り向くと、そこには、霜月と水無月が立っていた。
やっとまともな意見が出た…と胸をなでおろした弥生であったが、それは数分と持たなかった。
「そう! どこ世界の人間も大いなる愛を…ロマンティックな世界を求めてさまよう小さな旅人なのよ! ボランティアをしたいなら、その人たちを支援すべきだわ!」
「とりあえず、全人類はやりすぎなので、全人口の半分プラス睦月殿ぐらいでよいかと」
「せっかくのまともな意見だと思ったのに、やっぱりそれなんですか!」
ダメだ。
弥生は瞬間的に悟った。おそらく、生涯かけたところで、このメンバーではイメージアップなど夢のまた夢だ。
「人殺しはボランティアじゃない…」
「確かに如月殿の言う通りだな…人を殺しては、ボランティアではない」
「そうですねぇ。これじゃ、歌守としてどうかというところもありますし…」
「はぁん! そう! すべての人類は、愛という名の祝福を受けるべきなのよ!」
ここにきて、如月がまともな意見をだし、皆がそれに同意する(約一名妄想の世界から帰ってきてないが…)。
「とりあえず、植林の方向でいいんですか?」
「そうだね。植林は大切だよ」
「環境保護の時代じゃしのう」
どうやら、如月の意見は、他の人のものに比べて通りやすいようだ。
「結局、どこに植えるんですか?」
弥生は、わずかながらの勇気を振り絞ってもう一度聞いてみる。
「わっ私は、そっその、横丁のはずれにある桜のあたりがいいかと…」
「あぁあそこか…いいかも! いいかも! 桜一本じゃさみしいし! いっそのこと、桜並木にしちゃおうよ!」
「なるほど…神無月殿の意見も一理ありだな」
「そう! 桜の木の下で初々しい男女が…」
横丁のはずれの桜と言えば、自分が葉月を呼びに行ったときに彼女が立っていた場所だ。
確か、すぐ近くに睦月が寝転がっていて話を盗み聞きしていた気がするし…
弥生は、少なからずあの桜のことが引っ掛かっていた。
なんというか、いつも明るく話しかけやすい葉月だったのだが、あの時の彼女は、どこか、話しかけづらい雰囲気があった。
「あの…」
弥生がそのことを聞こうととき、夕刻を知らせる鐘の音が鳴り響いて、それを妨げた。
「いけない。あたしの番だ。お先に失礼します!」
長月が、頭を下げて歌櫓へ向かう。
その様子を見ていた卯月も
「そうじゃった! そろそろ夕食を作らねば!」
などと言いながら、走り去っていく。
「……そろそろ帰らないといけない気がする」
「夕刻か…少々長くいすぎた」
「わっ私も帰らないと!」
「私は、夜のラブロマンスを求めて横丁をさまようの!」
みんな、それぞれ何かしらの理由をつけて帰り始める。
文月はいつの間にか帰ってしまったので、この場に残っているのは、弥生と師走、霜月の三人だが、この二人もまた、帰り支度をしていた。
「師走殿。先に失礼します」
霜月が頭を下げて帰っていき、師走も荷物をかたずけて立ち上がる。
「あの…師走先生!」
「…弥生ちゃん。気になることがあるのなら、自分で調べる努力も必要よ。いくら途中でトラブルがあって、時間がかかっても終わりが良ければそれでいいじゃない。恐れずに、立ち向かっていきなさい」
師走は、柔らかな笑顔でそう告げて、立ち去って行った。
「自分で調べる努力か…」
師走は、弥生がどの程度の疑問を持っているのか知っているのかいないのか…彼女のアドバイスを胸に弥生は、あの桜と葉月の関係について調べることにした。
読んでいただきありがとうございます。
今度こそ、歌守が全員登場しました。
次回は、横丁の住民が登場するかもしれません。
これからもよろしくお願いします。




