交渉
記名が終わると、ミツムネが紙をひょいと回収した。
「アサヒ ナナミさんですか。そういえば申し遅れました。私はミツムネと申します。そこにいるのは弟のムツキです。」
「あ、いえ、こちらこそ申し遅れましてすみません。」
ナナミは軽く頭を下げた。
「あの、それじゃあ対価を交換してもらいたいです。お願い出来ますか?」
「分かりました。それでは、今からタキノモリ神社に電話しますね。いろいろ話しましたが、向こうの出方次第では予定を変更する可能性もあります。」
ミツムネはノートパソコンのそばに置いてあったスマホを手に取り、なにやら操作している。
確かに、今までこちらの都合だけで話を進めていたが、タキノモリ神社の神様が却下してしまえばどうすることも出来ない。だが、ここまできたらミツムネを信じるしかない。
「そうですよね。でも、お任せします。」
そう言い切ったナナミを、ミツムネは少し驚いたような顔をして見た。それからまたすぐに笑顔を作り、パチン、と音がしそうな勢いでウィンクした。
「お任せください。今のところ、成功率は百パーセントです。」
ミツムネはスマホを耳に当て、シーっとナナミに静かにしているようにジェスチャーで合図した。
「こんにちは。シロヤマ神社のミツムネと申します。…………。えぇそうです。初めまして。……。突然のお電話すみません。」
その様子を見ながらナナミはお茶を一口飲んだ。ムツキは何も言わず、皿を指して水無月を勧めてくれた。
「はい、そのアサヒ ナナミさんです。対価は何を?…………。やはりそうですか!今、不眠に悩まれていまして。…………。はい。………………。よろしいんですか?…………。助かります〜!」
ミツムネは窓際へ歩きながら、時折り声を弾ませていた。何だか上手くいきそうだと一安心して、ナナミは水無月を頬張った。もっちりとした食感と小豆の粒感、上品な甘さが口いっぱいに広がる。
「はい!こちらもその方が。………………。ありがとうございます。………………。はい、伝えておきます。…………。失礼いたします。」
ミツムネはスマホを耳から離し、ナナミへぱっと笑顔を向けた。その笑顔はどこか無邪気で、初めて作りものではないように感じた。
「お待たせしました。」
ナナミの真正面に腰を下ろしてミツムネは話し始めた。
「お優しい神様でした。本当にあなたは運が良いですね。すべて予定通りです!いやぁ、本当にツイていました!」
良かった良かったと、ミツムネは念書に穴を開けてから先ほど要素を見たときのメモを貼り付け、別のファイルにしまっている。そのファイルには、他にも何十枚も紙が挟んであった。
「タキノモリ神社の神様が、ナナミさんに申し訳ないことをしたと謝っていましたよ。“睡眠”はすべてお返しするそうです。故意ではなかったようですから、悪く思わないでください。」
「はい!ありがとうございます!本当に、ありがとうございます!」
このときナナミは、ミツムネの言葉の本当の意味を理解していなかった。




