救済措置
ミツムネはナナミの反応は予想通りといった様子で、ニヤニヤとこちらを見て大層ご機嫌である。
「おやおや、またタダで願いを叶えてもらおうと思っていたんですか?私たちもこんなに手間をかけているんですから、対価を貰う権利はありますよ?」
ムツキがやれやれと小さくため息を吐いた。そんなことはお構いなしでミツムネは続ける。
「あなたから取れる候補は二つあります。“幸運”と“健康”です。ただ、今のお困りの様子を見るに“健康”は取る訳にいかない。」
ミツムネはファイルを手に取り、背表紙をトントン叩いた。
「しかし、タキノモリ神社に続いてこちらでも“幸運”を取ってしまうと——身の危険を感じるほどの不運に見舞われるかもしれません。それではこの問題を解決する意味が無くなってしまう。」
ミツムネはまるで舞台の台詞のように、一切の淀みなく話しきった。
一方、ナナミは頭が真っ白になった。息苦しくて、ミツムネの顔をまともに見ることができない。
願いを返上したら、また毎日地獄のような職場で働くことになる。タキノモリ神社に加えて、ここでも“幸運”を支払えば、命の危機に直面するかもしれない。だがこのまま不眠が治らなければ体は持たない。
「……あ、じゃあ……、どうにもできない、ってことなんでしょうか……?」
待ってましたと言わんばかりに、ミツムネは立ち上がり、テーブルに両手をついてナナミに顔をぐっと近づけた。
「ご安心ください。」
わずかに口角を上げ、口元にそっと人差し指を当てて、声のトーンをひとつ落として言った。
息がかかりそうなほど近くにミツムネの綺麗な顔がある。それなのに、呼吸も体温も感じない。
ミツムネはふわりと体を起こし、立ったままファイルのページをパラパラめくっている。あるページで手を止めると、こちらにあの営業スマイルを向けた。
「ご安心ください。弊社は分割払いも可能です。」
「あっ……、分割払い、ですか?」
「はい。私が要素の回復を見ながら少しずつ差っ引いていきます。ひとつだけ条件はありますが、それさえ守ってもらえるなら可能ですよ。」
「その条件って、……何ですか?」
聞くのが怖い。でも、もうこれしかない。身構えていると、ミツムネはファイルから一枚の紙を取り出してスッとナナミの前に置いた。
「週に一度、参拝に来てください。条件はそれだけです。」
「それだけですか?」
「それだけです。夜間や早朝でも社務所は閉まっていますが、参拝のみなら出来ますからね。」
「ありがとうございます!!」
まったく怪しくないとは言えない。それでもナナミは胸のつかえが取れて、ようやく一息つくことが出来た。これであの長い長い夜とはお別れ。地獄の職場に戻ることもない。
視界まで晴れたような気がして、胡散臭いミツムネの営業スマイルすらやけに輝いて見える。
彼はトントンと、目の前の紙を指先で軽く叩いた。
「こちらに署名を。———それと都度、手数料分を割り増しして取りますが、それは問題ありませんね。」
ムツキがペン立てからボールペンを取ってくれた。
「分かりました。大丈夫です。」
紙をよく見てみると、分割払いの念書だった。ミツムネが先ほど説明してくれた内容が、そのまま書かれている。最後に米印で“条件に違反した場合、残りは一括で支払うこと”と書かれており、ナナミは必ず守ろうと心に固く誓った。




