契約と対価
「結論から言うと、あなたの不眠はやはり、そのタキノモリ神社が関係していますね。」
「そ、そうなんですね……。」
ナナミも薄々気づいてはいた。だが、実際にこうして断言されると、鉛を飲んだように胸が重く、冷たくなる。
「……やっぱり、二人を職場から追い出した罰が当たったんでしょうか?」
ぎゅっと拳を膝の上で握り、恐る恐るミツムネに訊ねると、彼は大きな瞳を何度か瞬き、その後に天を仰いだかと思うと豪快に笑い出した。
「ハハハハハッ!!なるほど、そう考えるのか!面白いな!」
失礼なほどにヒーヒー腹を抱えて笑っている。ナナミが狼狽えていると、隣でジュースを飲んでいたムツキが「兄さん」と嗜めてくれた。
「はは、すみませんね。可笑しくてつい。」
ミツムネはお茶を一口啜り、まだ口元を緩ませたままナナミに向き直った。全然すまないとは思ってなさそうだ。
「そんなことくらいで罰は当たりませんよ?タキノモリ神社の神様が、あなたの願いを叶えた対価として“睡眠”を貰っただけです。」
「……?対価……?」
「えぇ、そうです。何かを施されたらその手間賃がかかる、人間界でもそうでしょう?」
「……は、はい。」
「まさか、タダで願いを叶えてもらおうと思っていたんですか?叶えるのだってエネルギーコストがかかるんですよ?」
ミツムネの表情は、いつの間にか嘘くさい営業スマイルに戻っていた。その笑顔で詰められるのは正直つらい。思わず俯くと、ムツキが肩にそっと手を乗せて助け舟を出してくれた。
「知らない人間の方が多いから仕方ないよ。兄さんも分かってて、そこに目をつけたんでしょ。」
「まぁ、そうだけど。」
ミツムネはつやつやの小豆が乗った水無月を、菓子切りで一口大に切って次々と口に運んでいる。
ここまでのミツムネの様子を見ていて、ナナミは分かったことがあった。おそらく、彼は接客ごっこをしているのだ。子供がおままごとをするように、人間の接客を真似て楽しんでいるように見える。先ほどから安定しない態度はその為ではないか。
しかしこの際、態度なんかどうでもいいので問題の解決だけはきっちりやってもらいたい。
「あの、すみません。どうにかなりますか……?」
「もちろんです!」
ミツムネはテーブルに置いてあった黒いファイルをナナミの前に置き、表紙を開いた。中のポケットにはカラー印刷された図解が入っている。
「人間にはそれぞれ突出した“要素”があります。例えば体が強い、運が良い、仕事ができる、人に好かれるなどです。基本的にはその突出した要素を対価として貰います。」
ナナミは図解を見ながらうんうんと話を聞いた。意外にも説明が上手い。
「あなたは見たところ、“幸運”がずば抜けていますね。“健康”も他に比べると良さそうですが……、“健康”と“睡眠”は互いに影響し合っています。今は“睡眠”を一部取られたことによってバランスが崩れていますね。」
ミツムネがじっとナナミを見つめる。静かに艶めく漆黒の瞳は、まるでオニキスのようで吸い込まれそうになる。そういえば、今朝ムツキに会ったときも同じ感覚になった。あのとき、ムツキもナナミの“要素”とやらを見ていたのだろう。
ミツムネはふむふむと言いながらナナミから視線を外し、手元のメモに何か書いている。
「以前はどこででもすぐに眠れるくらい、睡眠には困ってなかったんです。それが対価として貰われて無くなってしまった、ということでしょうか?」
「そうです。ただ本来であれば、元通りとまではいかなくとも、ある程度回復していくんですがね。あなたの“幸運”は信じられないくらい回復してますから。しかし“睡眠”の方は回復する力までは無かったようですね。“睡眠”が回復しない、そのせいで“健康”がバランスを崩す。さらに“睡眠”の力も弱っていく、この悪循環に入っているようです。」
ミツムネは少し身を乗り出してファイルのページをめくった。
「ここからは、あなたがどうしたいかで決まります。」
流れるような無駄のない動きでファイルを指差した。
「選択肢は三つです。」
一、願いを返上する
二、対価を交換する
三、このまま
「……あの、もし、一を選んだら、二人が職場に戻ってくるということですか?」
「いえいえ。時間を戻すわけではないので、似た状況になるということです。あなたの場合だと、また誰か厄介な人間が職場に現れる、ということですね。」
「な、なるほど……。」
ナナミは目の前の三つの選択肢を見つめて考えた。
(まず三は絶対ない。一も嫌だなぁ。二かな?二だとまた何か起こるんだよね……?それも嫌だけど、職場が元の状況に戻るより全然マシだよね?どうしよ……?)
頭では結論は出ている。二だ。だが、次は何が起きるのか分からないため、なかなか選ぶ勇気が出なかった。
「ねぇ、一旦、代わりの対価を聞いてみたら?」
見兼ねたムツキがナナミの顔を覗き込みながら提案した。背もたれに体を預け、腕を組んだまま居眠りをしていたミツムネが、それを聞いてゆっくり体を起こす。
「そうですね。それを聞いてから決めてもらいましょう。」
「はい、……ありがとうございます。」
「あなたの場合は“幸運”の一択ですね。他に取れそうなものは…………。」
ミツムネが再びナナミをじっと見つめる。数秒考えていたが、諦めたように笑いながら頷いた。
「やはり“幸運”一択ですね。」
「そ、そうですか……。じゃあまた、良くないことが起こる、ということですよね?」
「そうですね。でもあなたなら、すぐに持ち直しますよ。ただ……、」
ミツムネがわざとらしく視線を外した。口元には堪えきれていない笑みが溢れている。何だろう、怖い。
「こちらに支払っていただく対価も“幸運”にしてしまうと———」
「身に危険が及ぶかもしれません。」
「えっ?」




