ミツムネ
男性に促され部屋に入る。
八畳ほどの板の間には格子窓から柔らかな光が差し込んでいる。部屋のテーブルを挟むように三人掛けソファが二台置かれている。それ以外には何も無い、殺風景な部屋だった。
左手のソファには黒髪の青年が脚を組んで座っている。驚くほど小さな顔に、凛々しい眉と大きな目が印象的な美青年だ。センターパートのショートヘアで、束感が出るように整えられている。瑠璃色の着物に、かなり色落ちしたデニムジャケットを肩へ引っ掛けるように羽織る姿は、オシャレかどうかは分からないが、この顔だから成立しているのだと感じた。
その青年——ミツムネは脚を組んだまま声を掛けてきた。
「どうぞ、こちらにお掛けください。」
嘘くさい笑顔を作り、対面のソファを指している。まるで舞台俳優かのような、大きく、それでいて淀みのない動作にナナミは面食らった。
案内してくれた男性を振り返ると、彼はもう頭を下げながら扉を閉めて早々に退室してしまった。
勧められたソファでは、ムツキが寝そべってタブレットでゲームをしている。ナナミがおずおずと近づくと体を起こして顔を上げた。
「良かった。来たんだね。」
そう言ってふわりと笑う。花が咲いたように美しい。
「あっ、うん。ありがとうございます……。」
ムツキの隣に腰掛けながら軽く会釈する。
「さて、」
ミツムネがテーブルに両肘をつき、組んだ手に顎を乗せてナナミの目を真っ直ぐに見つめる。
「まずはじめに、こちらで対処できる案件かどうか判断するために、いくつかお聞きします。」
芝居がかった言い回しに、かえって緊張が少し解れた。
「今お悩みの問題が生じる前に、神社で願い事をされましたか?」
「あ、……はい。」
「そして、その願い事は叶いましたか?」
「……はい。」
「叶った直後から問題が生じましたか?」
「…………はい。」
「なるほど、詳しくお話を伺いましょう!」
青ざめていくナナミを尻目に、ミツムネは何とも楽しげに膝を打った。
「それでは、神社に行った経緯から聞かせてください。」
ミツムネはテーブルの上で手を組み、とびっきりの営業スマイルを浮かべた。
「はい、えと……。職場に、嫌な人が二人いたんです。その人たちのせいで辞めた人もいたくらい……。私も毎日辞めたいな、嫌だなぁって思いながら仕事をしてて……。あ、ありがとうございます。」
先ほど案内してくれた神職の男性がお茶をそっと置いてくれた。
「三ヶ月前、友人と旅行してるときに、願いを叶えてくれると有名なタキノモリ神社の前をたまたま通りかかったんです。それで、“職場の人間関係が良くなって仕事がしやすくなりますように”ってお願いしたんです。」
ミツムネはお茶を飲みながら静かに話を聞いている。
「そしたら、その直後に急に一人は異動になって、もう一人は退職したんです。」
「ほほーん!」
一体何が面白かったのか分からないが、ミツムネは楽しげに相槌を打った。
「その後から少しずつ眠れなくなって、今では薬を飲んでも効かないくらいになってます。」
「眠れない以外には?例えば、よく転んだり、風邪を引いたり、ツイてないと思うことがよく起こったりとか。」
「!ありました!咳が一ヶ月くらい治らなかったりとか、乗った電車がよく運転見合わせになったり、他にも色々ありました……。」
「ふーん、そんなもんか。」
つい先ほどまでとは打って変わって、何の感情も乗っていない声にナナミの背筋が凍る。その端正な顔がひどく恐ろしく感じた。
そんなナナミには目もくれず、ミツムネはノートパソコンのキーボードをカタカタと叩いている。
「タキノモリ神社、ですか。繁盛していましたか?」
チラリと視線だけこちらに寄越す。
「え?あぁ、賑わっていました。土曜日でしたし。」
「なんて羨ましい。」
ミツムネは顔を上げてにっこりと笑った。多重人格なのだろうか。表情が切り替わるたびに別人と話しているような気がした。もはや自分の相談内容よりもミツムネに対する恐怖の方が勝りつつある。




