御菓子司 ニシヤ
「ミツムネ様。お待たせをいたしました。」
割烹着を着た高齢の女性が、トキコとミカに付き添われながらゆっくりとこちらに向かっている。
顔を上げたミツムネは、優しく目を細めて片手をひらひらと振った。
「おスガ、練り切り食べたぞ。」
「恐れ入ります。」
おスガと呼ばれた女性は隣のテーブルの椅子に腰を下ろした。
「こんにちは。お口に合いましたでしょうか?」
ミカと同じはつらつとした声。
「はい、とても美味しかったです。ごちそうさまでした。」
ナナミの言葉に彼女は目尻を下げた。
「ここの店主のニシヤ スガコと言います。ミツムネ様のお客様ですね?」
「……はい、そうです。」
「私も昔、ミツムネ様に大変お世話になりましてね。それから今でもこうして、様子を見にきてくださってるんですよ。」
「会いに来ないとおスガが寂しがるからな。」
ミツムネは右手の甲に顎を乗せて、にやっとスガコを見た。
「寂しいですよ〜。ミツムネ様にお会い出来ないと。」
彼女は慣れた様子で軽口に乗り、みんなで笑った。ナナミは周りに合わせて控えめに笑うしか出来なかった。
ミツムネはご機嫌だ。先週、社務所でミズノ一家と集まっていたときにも感じたが、応接室とは雰囲気が違う。
ナナミが初めて会ったときは、あんなに胡散臭くて、仰々しくて、作り笑顔で、本当に信用できるのか半信半疑だった。
今この場でも、人の目を見て微笑んだり、どこか思わせぶりな笑顔を浮かべたり、そこは変わらない。
だが言葉遣いのせいなのか、その表情は応接室にいるときよりもずっと柔らかい。ナナミは、これまで自分が見ていたミツムネとはまた違う一面を目の当たりにして、彼が遠く感じた。
(私、ミツムネさんのこと、何にも知らないんだな……。)
この数週間、頻繁に会って話をしたような気がしていた。だが、話をしていたのはナナミのことだけだ。彼はそれを聞いていただけ。彼が話したことといえば、神との契約に関する仕事の話だった。そのことが何故か、少しだけ寂しく感じた。
「ミツムネ様、こんにちは。……おや、こんにちは。」
五人でテーブルに所狭しと並んだ和菓子を囲っていると、調理白衣姿の中年男性が朗らかな声がした。
「キヨタカ、ナナミさんだ。」
「アサヒ ナナミです。お邪魔しています。」
「ナナミさん、キヨタカです。」
「ニシヤ キヨタカです。和菓子職人をしています。」
ミツムネは男性とナナミにお互いを紹介した。雑すぎる。
その様子を見たトキコが苦笑いしながら口を開いた。
「このニシヤは私の実家なんです。母のスガコと弟のキヨタカ、姪のミカです。ミツムネ様には、お店を経営難から助けていただいたことがありまして。そのご縁からお菓子をお供えしているんですよ。」
「そういうことだったんですね。」
「この間までトキコもキヨタカもあんなに小さくて、からかい甲斐があったのにな。」
ミツムネが鹿の子餅を切り分けながら、少し残念そうな声を上げた。
「いやぁ、昔はよくミツムネ様に遊んでいただきました。たまに遊ばれてるときもありましたが。」
当時を思い出してか、キヨタカは楽しそうに笑いながら、そう話した。
子供をからかうミツムネはすぐに想像出来る。
「なんでもね、先代の宮司さんのお使いで来ていたハルオくんが、ミツムネ様に頼んでくれたみたいなんですよ。そこからまた不思議なご縁でね。ハルオくんとトキコが結婚したでしょう?」
スガコは懐かしそうに目を細めた。
「今でも神社にうちのお菓子をお供えできるなんて、こんなに幸せなことはないですよ。」
「無くすには惜しい菓子だったからな。手を貸して正解だった。」
ふいに顔を上げたミツムネとナナミの目が合った。彼はごく自然に片目を閉じてウィンクした。鼻歌を歌い出しそうな程ご機嫌な様子で、二つ目の鹿の子餅に手をつけた。
「それに、ミツムネ様のお姿を拝見していたら、いつまでも元気でいられる気がします。」
スガコは茶目っ気たっぷりに笑ってみせた。
「ほんとに、おばあちゃんには長生きしてもらわないと。そのためにも、ミツムネ様はお店にたくさんいらしてくださいね。」
ミカがスガコの肩に手を添えてそう言うと、ミツムネは大きく口を開けて笑った。
「俺もおスガには長生きしてほしいからな。」
「ミツムネ様、そろそろ戻りましょうか。」
ムツキへのお土産を包んだ後、トキコが荷物をまとめながらミツムネに声を掛けた。
「先に帰ってくれ。俺はナナミさんを送ってくる。」
「え。」
予想外の言葉を聞いて、弾かれたようにミツムネの顔を見上げた。すると、彼はわずかに眉を下げて申し訳なさそうな顔をした。
「引き止めてしまったので。」
そんな顔をされたら断れる訳がない。断れる人がいるなら連れてきてほしい。
「……ありがとうございます。」
気恥ずかしくて、俯きながら口籠った。
「勝手口を開けて参ります。」
キヨタカが小走りで暖簾をくぐって店奥に消えていった。
ミツムネは「またな。」とスガコとミカにひらっと手を振って、ゆったりと歩き出した。
「ミツムネ様、またお待ちしております。」
勝手口でキヨタカが頭を下げる。ミツムネは思い出したように、ずいと近づき人差し指を顔の前に出して悪戯っぽく笑った。
「今日は鹿の子餅が一番好きだった。」
「ははは!恐縮です。」
キヨタカは嬉しそうに笑った。見た目は親子ほどの歳の差なのに、どこか兄弟のような雰囲気もある。長年の絆で培った、気の置けなさを感じた。
「行きましょうか。」
車に荷物を積み込むトキコとキヨタカに別れを告げ、ミツムネの背中を追った。




