シロヤマ神社御朱印帳デザイン会議
「やはり捕まってしまいましたか。」
ナナミの顔を見た宮司のミズノは、眉を下げて苦笑した。
「あぁ、捕まってくれた。」
ミツムネは上機嫌でミズノの隣で胡座をかいた。そんな何気ない動作一つとっても、絵になるほど洗練されていた。
ナナミは自分の考えの甘さと意志の弱さを恨みつつ、靴を脱いで社務所に入った。
そこには、もう一人男性がいた。ブリーチ一回では済まないだろう綺麗なホワイトブロンドの短髪で、白い開襟シャツに黒いスラックス姿。シンプルなのにおしゃれだ。
ナナミが軽く頭を下げてミツムネの隣に腰を下ろすと、青年も「おはようございます。」と挨拶した。
ナナミが座るのを見届けてから、ミズノが口を開いた。
「アサヒさん、申し遅れましたが私は宮司のミズノと申します。ミツムネ様から、当社にお力添えいただいているとお聞きしております。誠にありがとうございます。」
「いえ、そんな大したことは何も……。」
「こちらは息子のケンタです。アパレル会社に勤務していますが、たまにこうして経営のためのアイデアを出し合っています。」
三人で頭を下げ合っていると、とたとたと足音がして、奥から女性が姿を現した。
「お待たせしました〜。あら。」
藍色の麻楊柳の着物姿の女性はケンタの隣に正座した。
「こちらは妻のトキコです。こちらが前に話したアサヒ ナナミさんだ。」
「あら、この方が。トキコと申します。お世話になっております。」
「いえ、こちらこそお世話になっております。」
トキコが深々とお辞儀をしたので、ナナミも慌てて頭を下げた。
「ナナミさんに意見を聞きたいのはこれです。」
琥珀糖を食べながら自己紹介を眺めていたミツムネが、半円になって座る五人の前に置かれた冊子を手に取った。受け取って中を見てみると、金襴生地の色見本だった。
「ここ最近、御守りの種類を増やしたんです。」
「最近と言っても九年前ですけどね。」
ケンタが苦笑いを浮かべた。
「ありがたいことに人気のようで、せっかくなので朱印帳の授与も始めようと思っているんです。」
「これです。」と、ミツムネが御守りを二つナナミに見せた。呂色に紺碧色と金色が入り混じる墨流し模様のものと、丁子色の市松模様に白い霞小花模様のもの。光を受けてキラキラ輝いている。
「あ、これ。この前、これを持って写真撮ってる人を結構見かけました。」
「そうなんですよー!」
ケンタが嬉しそうに大きく頷いた。
「やっぱり、うちの最大の売りはミツムネ様ですよ〜!」
その言葉を聞いたミズノが顔をしかめてケンタを小突いた。
「?これがどうして俺になる?」
「ミツムネ様のイメージカラーですからね。」
彼はケンタの説明にあまりピンときていないようだ。
「ふーん……。先週来ていたカオルさんを覚えていますか?」
「はい、覚えてます。」
「彼女は過去の依頼人に付き添ってこの神社に訪れた、と言っていましたよね?ですから、この御守りが私かどうかはともかく、また違う色合いにした方が幅が広がると思うんです。———ですが、」
ミツムネがミズノとケンタにちらりと視線を向けた。
「三人とも御守りと同じ色にするの一点張りで……。」
「そういうことですか。」
「こちらの意見としましては、まだ参拝される方のほとんどはミツムネ様のお客様です。ですから、まずは御守りと同じ色合いにする方がよろしいかと。」
ミズノの意見にケンタはうんうんと大きく頷く。
「私は、この色が良いのではないかと思っているんです。」
ミツムネは流れる動きでナナミが持つ色見本をめくり、薄藤色の金襴を見せた。
「わぁ、綺麗ですね。」
「ふふ、そう思いますか?」
目を輝かせたナナミに、ミツムネは満足げに微笑んだ。
「そうですねぇ……。ミツムネ様がお選びになった色はもちろん美しいですが、ミツムネ様を彷彿とさせる色合いにした方が人気が出るかと思いますよ?」
トキコは眉を八の字にしてミツムネを宥めるように言った。それを聞いた彼は訝しげな表情を浮かべた。自分を表す色、という発想が無いのだろう。
「ナナミさんはどう思いますか?」
オニキスの瞳が再びナナミを映した。
「えっと、私も御守りと同じにした方がいいと思います。」
「何故ですか?」
ずいっとミツムネの顔が近づく。珍しく眉間に皺が寄っている。ナナミは思わず身を引いた。
「そりゃあ……、ミツムネさんが…………」
言葉を探して目を泳がせていると、トキコと目が合った。彼女は優しく微笑んで小さく頷いた。
もう一度視線を上げると、ミツムネは不思議そうな顔でナナミの言葉を待っていた。
「……ミツムネさんが、女性受けするからです。」
ミツムネは、目を瞬いた。
「…………。」
やがて、ふっと口元を緩ませて膝の上で頬杖をついた。
「私が、誰に受けているんですか?」
ニヤニヤとナナミの反応をうかがっている。
耳が熱い。きっと顔が赤くなっている。
どういうつもりで聞いているのだろうか。誰に受けているのか。ナナミもその内に含まれているか。そう聞いているのか。あの顔の造形を綺麗だと思うのは、決して珍しいことではない。だから照れる必要も焦る必要もない。それなのに、返す言葉が何も浮かんでこない。
「ミツムネ様は広く女性に好かれる、ということですよ。」
トキコがすかさず助け舟を出してくれた。「誰でもそう思っちゃいますよね?」と、ケンタも慌ててフォローに回った。穏やかな笑みを浮かべるトキコと、ナナミとミツムネを交互に見て落ち着かないケンタ。
二人の言葉を聞いたミツムネは、ふーんと意味ありげに顎を上げると、今度はミズノに悪戯な笑みを向けた。
「そうか、じゃあハルオもそう思ってるのか?」
「誠に恐れ多いことですが……。」
そう言って、彼は困った顔で少し頭を下げた。
(……男性にも同じ態度なんだ。)
ナナミは少し安堵したような、少し拍子抜けしたような気持ちになった。彼の前では老若男女関係ないらしい。焦る必要などなかったのだ。
「ははは!この頃、ハルオを困らせるのは難しくなったからな。」
ミズノの困り顔を見たミツムネは、満足したように肩を揺らした。
「ん?これは……、キタハラ リリカさんか。」
ぴたりと肩を止めて、ミツムネは拝殿がある方向を振り返った。おちょくったり、笑ったり、実に忙しい人である。人ではないけど。
「今日はみな、朝早いな。」
そう誰に言うでもなく呟いて、滑らかな所作で立ち上がった。
「彼女にも聞いてみて同じ意見だったら従おう。」
まだ納得していなかったのか、意外と諦めが悪い。
下駄を履いて扉を開くのと同時にすっと姿を消したミツムネを、四人は苦笑いで見送った。
「きゃあぁ!!ミツムネ様!?」
ほどなくしてリリカの嬉しそうな悲鳴が聞こえた。一人なのにまるでライブ会場のような歓声だ。
そんなことを呑気に考えていると、ミツムネがリリカを連れて戻ってきた。
「おはようございます。」
リリカはおずおずと部屋に入りながら挨拶した。簡単に自己紹介をして、本題に入る。
「リリカさんはどう思いますか?」
ミツムネが期待のこもった目でリリカを見つめた。
「え、ぜっっったいにミツムネ様のイメージカラーですよ!」
(ほらね。)
口に出さずとも、そう思ったのはナナミだけではないだろう。
ミツムネは不服そうに「イメージカラー?」と呟いた。
「黒髪とデニムジャケットで、黒と青!ミツムネ様っぽいじゃないですか!」
この社務所という場にそぐわないほど、声高々にリリカは語った。相変わらず、場に慣れるのが早い。
「この薄い紫も綺麗ですけど、これにするなら“ミツムネ様が選んだ色!”とかどこかに書いとかないとかなって思います。」
「そうですよね。でもまずは、分かりやすく黒と青にしましょう。記念すべき御朱印帳一冊目ですから。」
ケンタの言葉に四人はうんうんと頷いた。全員の視線がミツムネに集まった。彼は腕を組んで数秒考えた後、「分かった。」と首を縦に振った。
「ありがとうございます!これで発注かけるように準備します。」
ケンタは弾んだ声でそう言い、鼻歌を歌いながら社務所の奥に消えていった。それに続いてミズノも、そろそろ朝の支度を始めなければと席を立った。
「お二人はもう少しゆっくりされていきますか?」
「少しだけ、いいですか?」
遠慮がちにそう尋ねたリリカに、トキコは「もちろんです。」と優しく微笑んだ。
その彼女もお茶を出した後、支度のため奥に下がったので、三人だけがこの場に残された。




