カオルの依頼②
「まずは何故こうなったのか、ご説明させていただきます。」
そう言って黒いファイルの表紙を開き、カオルの前に置いた。
「神様に願い事をして、それが叶うと対価を支払うことになります。対価は人によって異なり、我々が“要素”と呼ぶもので支払われます。」
「その“要素”とは、人それぞれの資質のようなもの。例えば、体が丈夫、運が良い、仕事ができる、人に好かれる、などです。対価はその中でも突出した“要素”から取られるのが基本です。」
ミツムネの台詞のように流暢な説明を、カオルは図解を見ながらうんうんと頷いて聞いていた。
「カオルさんの場合はおそらく……。」
ミツムネがカオルの目をじっと見つめると、彼女は居心地悪そうに身を縮めた。
「おそらく、複数の“要素”を少しずつ取られたのだと思います。その中で比較的多く取られたのが“健康”だったのでしょう。それで頭痛の症状が出たというわけです。」
「少し取られる分には何も起きないんですか?」
「良い質問です。」
カオルからの質問に、ミツムネは満足そうに頷き、人差し指を一本立てた。
「仮に一つの“要素”が十あるとして、四ほど取られる分には、何も問題は生じないことがほとんどです。五から六で軽度、それ以上だと人によっては生命の危機を感じるほどの問題が生じることもあります。」
「せっかく願いを叶えたのですから、幸せに生きてもらわなければいけません。しかし、元々備わった“要素”の量や回復力によっては、やむを得ず半分以上を対価として頂いてしまうこともあります。」
ふむふむとナナミとカオルはミツムネの説明に聞き入った。人間には見えていない世界を垣間見ているような気分になって、少し楽しい。
「難しいお話でしたね。」
一拍間をおいて、ミツムネはわずかに眉を下げ、目を細めた。
未だかつてない柔らかい表情に、ナナミは「こんな顔出来たのか」と驚きを隠せなかった。
「それでも、神は規則に則った正しい取り引きをしなければいけません。」
ミツムネはファイルのページを一枚めくりながら話し始めた。
「このように選択肢は三つありますが、カオルさんは二の“対価を交換する”で問題が解決出来ます。いかがなさいますか?」
「もし一の“願いを返上する”を選んだら、資格ってどうなるんですか?」
「……そこは難しいところです。」
ミツムネは珍しく言葉を探しているようだった。
「神の力がどこまで作用したのか、そこまでは我々にも分からないからです。願いを返上しても、資格はそのままかもしれません。……ですが、もし神の力で合格していたのであれば、結果が取り消しになる可能性もあります。———そうなれば、取り返しがつきません。」
「……な、なるほど。じゃあ、二にします。」
「かしこまりました。」
ミツムネはにっこりと笑顔を見せた。
「代わりの対価ですが、……そうですね。」
カオルを再び見つめた。腕を組み、とんとん肘を叩いた。
「“思考力”と……、“家庭運”にしましょうか。“健康”を少し返してもらい、この二つを追加で支払う。これで問題は解決します。」
「分かりました。それでお願いします。」
丁寧に頭を下げたカオルに、ミツムネは眉を下げて目を細めた。
「とんでもない。こちらの落ち度ですから。」
スマホを手に取り、すっと立ち上がった。
「今から祭神に電話しますので、お静かに。お茶を飲みながらでもお待ちください。」
ゆったりとした足取りで窓際まで歩いて行った。
「……。ミツムネです。………………。今はお客様がいらっしゃっているので後にしてください。」
額に手を当てて、ため息混じりに話していた。御祭神様に電話をすると言っていたので、相手はおそらくシロオオイワ様だろう。随分と気安い態度で、ナナミは意外に思った。
「一ヶ月ほど前、資格試験に合格するようにと願われたイノタカ カオルさんです。」
「………。“健康”を取りすぎたせいで頭痛に悩まれています。………………。そこから一度見てください。入って右側の方です。」
ちらっとナナミとカオルの方を確認して、格子窓の木枠に左手を置いてとんとんとんと、リズムをとっている。
「“健康”を少し戻してください。代わりに“思考力”と“家庭運”を。……………………。」
ミツムネは困ったように眉を下げ、小さく苦笑した。
「ふふっ、しっかりしてください。」
そんな穏やかな声を聞きながら、ナナミは若鮎を頬張った。求肥のもっちりとした食感と、優しい甘さに心が和んだ。
「…………。えぇ、後で伺いますから。…………。ムツキはもうすぐ戻ってくるはずです。………。もういいですから、そろそろ切りますよ。」
プツッとミツムネは電話を切りながら、笑顔でこちらを振り向いた。
「お待たせしました。」
カオルの前に腰を下ろして、テーブルの上で手を組んだ。ミツムネはこういった何気ない仕草もドラマのワンシーンのようにサマになる。
「予定通りに対価の調整がされました。じきに頭痛は無くなるはずです。」
「ありがとうございます。……本当にもう無くなりました。」
カオルは何度もミツムネに頭を下げた。彼は満足そうにそれを見つめ、少し体を乗り出した。
「それを聞いて安心しました。」
笑みを浮かべたまま、右手を口元に添える。
「今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。」
まるで内緒話をするように声をひそめてそう言った後に、綺麗に片目を閉じた。
赤面するカオルを大変ご満悦の表情で見るミツムネ。無事に解決して人をからかう余裕が出来たのか、今なら何しても許されると思ったのか。
(また訳わかんないことしてる。)
ナナミは呆れながらお茶を啜った。




