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参拝と肩揉み

『ここで一緒に働きませんか?』

この一週間、ミツムネの言葉が頭から離れなかった。急いで答えを出す必要はないとムツキは言っていたので、今日がまた神社に行く日だとしても参拝だけして帰ればいい。

(でも同席してるだけで、支払う対価が半分になるのは魅力的だよね……。)

いけない、また流されそうになっている。ミツムネは座っているだけで良いとは言っていたが、そんな上手い話があるだろうか。裏があるのでは……と、疑ってしまうのはナナミの性格の問題だけではないはずだ。相手がミツムネだから、というのが大きい。

(とりあえず、参拝だけは行かなきゃ。)

今日は午前中のうちに済ませてしまおう。先週、ミツムネが言っていた通り、あれから不運なことは一度も起きていない。

(悪いこと起きないと気が楽だなぁ。)

だから提案を受け入れた方が良いのではないか。——ほら、油断するとすぐに流されそうになっている。

ナナミはぶんぶん首を振って、ミツムネを頭から追い出す。そして日傘と鍵を手に取り、玄関のドアを開けた。

今日の空模様は曇り。敷き詰められた雲のわずかな隙間から、陽の光が漏れていた。気温はここ数日の晴天に比べればそれほど高くないが、蒸し蒸しとした空気で快適とは言えなかった。曇りの日こそ紫外線は強い、と昔小耳に挟んだ記憶があったため、ナナミはいつも通り日傘を差して歩き出した。





手水舎の冷たい水で身を清め、拝殿で手を合わせた。ここへ来るのは三度目だが、こうも足を運ぶスパンが短いとすっかり慣れたものである。

(やっぱり土日は人が多いんだなぁ。)

先週同様、境内には数人参拝客が訪れていた。一人帰っては、しばらくするとまた一人やってくる。そしてその参拝客は、年代こそばらばらであるが、みな女性であることに気がついた。

(…………あのスケコマシめ。)

女性たちを見ていると、何人かが片手に何かを持って拝殿に向かって撮影していた。何かと思い、すれ違いざまに手元を見てみると、御守りのようだった。

呂色に紺碧色と金色が入り混じる墨流し模様のものと、丁子色の市松模様に白い霞小花模様のもの。おそらく、というか確実にミツムネとムツキをイメージした御守りだ。

社務所を振り返ってみると、一人の女性が嬉しそうに、宮司のミズノから呂色の御守りを受け取っていた。

(推し活がこんなところにまで……。)

ナナミは再び前を向いて出口に向かって参道を歩き出す。———すると、三歩先のところにムツキがこちらを向いて立っていた。嫌な予感がする。だが無視して帰るわけにもいかない。

ナナミが声を掛けようと口を開いたその瞬間、ムツキは人差し指を口に当てて声を出さないよう合図した。

「他の人には見えないようにしてるから。」

ナナミは黙って頷いた。

「兄さんが、少し涼んでいったら?って言ってたよ。」




またここへ来てしまった。ムツキの水浅葱色の甚平とケヤキ色の引き戸を目の前に、ナナミは逃れられない運命を感じていた。結局ミツムネは、強引に自分の要望を押し通すのだ。そんな彼に少し苛立ちながら、ムツキに促されるまま部屋に入った。

「ナナミさん、こちらにどうぞ。」

いつものようにソファで脚を組んでいたミツムネが、例の営業スマイルで席を勧めた。ナナミは渋々それに従ってソファに腰掛けた。

「あれ、ムツキくんどこに行くの?」

くるりと背を向け、部屋を出ようとするムツキを呼び止めた。さすがにミツムネと二人きりは嫌だ。

「依頼人探しだよ。」

それだけ言って、ムツキはすっと出ていってしまった。

ナナミが名残惜しげに戸を見つめて固まっていると、ミツムネはおもむろに立ち上がった。今日の着物の色は爽やかな裏葉色だ。

「部屋の温度はどうですか?」

「……涼しいです。」

嘘くさい笑顔を浮かべたまま、ゆっくりこちらに歩いてくる。

(なに?)

ミツムネはナナミの背後に立って顔を覗きこんだ。オニキスの瞳がすぐそこにあった。

「肩、揉みますね。」

「いや、いいですいいです!!肩凝ってません!!」

「そう仰らず。」

ナナミの遠慮もお構いなしに、笑顔を崩さず肩に手を置いた。

確かに彼は「肩、揉みましょうか?」とは言わなかった。「肩、揉みますね。」と言ったので決定事項だったのだ。

仕方なくされるがままになる。ミツムネの肩揉みはとても不思議な感覚だった。首から肩にかけて包まれるように圧がかかり、じんわり温かくなって気持ちが良い。人の手によるマッサージとは違う、何かどこかでこの感覚と同じものがあったが、なかなか思い出せない。

(なんだっけ?)

ナナミがぼんやり考えていると、戸の向こうからミズノの声がした。

「ミツムネ様、お客様をお連れしました。」

「通してくれ。」

戸が開き、ミズノと三十代前後の女性が現れた。二人はナナミの肩を揉むミツムネを見て、目を丸くした。気まず過ぎる。

しかし、ミズノの顔を見た瞬間、ナナミは先ほどから考えていた謎が解けた。

(温めた小豆袋だ!)


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