ミツムネの憂鬱
「もう彼氏いらないので、元に戻すことって出来ますか?」
リリカがそう言うと、ミツムネはファイルのページをめくり、三つの選択肢を手で指した。
「もちろんです。このように選択肢は三つありますが、一の“願いを返上する”、でよろしいですか?」
「それにします!」
リリカはきっぱりと返事をした。すごい決断力だ。来る前はあんなに弱気だったのに、今は別人のようにハキハキとしている。
「分かりました。こちらが頂く対価を決めたいところですが、先に取られたものを取り戻しましょう。」
ナナミはさくさく進んでいくこの様子を見て、正直驚きを隠せなかった。こんなにもあっさりと理解して受け入れられるものなのか。昨日終始もじもじしていたナナミがおかしいのだろうか。だからミツムネもあんなに愉快そうにしていたのか……?
(あれ、そういえば……、なんかミツムネさんテンション低いな。)
ミツムネはお茶を一口飲んで、わずかに眉間に皺を寄せてため息を吐きながら立ち上がった。
「電話中はお静かに。」
すらっと長い人差し指を口元に当ててそう言い、くるりと背中を向けた。スマホを耳に当て、窓際までゆっくり歩いて行った。
「今のうちに食べてね。」
それまでずっとゲームをしたり、おやつを食べたり、お茶やジュースを飲んで自由に過ごしていたムツキが、二人に水羊羹を勧めてくれた。つるんとなめらかな舌触り。舌で潰すとじゅわっと甘い蜜が口に広がり、小豆の香りが鼻に抜けた。
「いつもお世話になっております。シロヤマ神社のミツムネでございます。……………。ははは、そう仰らず。」
昨日はあんなに声を弾ませていたのに、今は淡々と話している。
(やっぱり元気ないよね……?)
「はい、キタハラ リリカさんです。イケメンの彼氏がほしいと願った。」
リリカは少し気まずそうに苦笑いを浮かべた。あんな言い方をされたらそりゃあ恥ずかしいだろう。
「…………………。確かにそうですが、願いを返上したいと言われています。対応を———」
ミツムネは何か言いかけたが、急に首を傾けてスマホを耳から離した。
「……………。」
長いこと黙って聞いていたミツムネの眉がピクッと動く。
「……えぇ、たかが石っころごときがすみません。」
その声は地を這うように低く、氷柱のような鋭い冷たさがあった。部屋の温度が一気に下がったかのように寒気がして、ナナミは危うくグラスを落としそうになった。
「…………。ありがとうございます。……………。はい、それでは失礼します。」
二秒、重い沈黙が流れた。つんと空気が張り詰めている。ミツムネは電話が終わったというのに振り返らない。窓の木枠に左肘をついてスマホを見つめている。声を発することが憚られ、ナナミとリリカは息を殺して彼の背中を見つめることしか出来なかった。今、どんな顔をしているのだろう———
「お待たせしました。」
永遠にも感じられた沈黙を破ってこちらを振り向いたミツムネの顔には、いつもの嘘くさい笑顔が貼り付けてあった。
「無事に願いは返上されましたので、ご安心ください。」
「すみません!私が無茶なことを頼んだせいで……。」
リリカは勢いよく頭を下げた。それを見てミツムネは目を丸くした。
「いえ、無茶ではないですよ。願いを返上したいと申し出があれば、承認して対価を返却することは規則ですから。」
「そ、そうなんですね。……でも、すみませんでした。」
ミツムネはリリカに笑顔を向けた。
「アメガオカ神社の神様は口が悪く、仕事も少々雑なところがありますが、人間の願いを叶えることに誰よりも注力されています。」
口角の上がった口元に人差し指を当て、さらに続けた。
「ひとつ、忠告しておきましょう。願い事をするときは、大雑把に伝えるのはやめた方が無難です。あなたが何を望み、何に幸せを感じ、何を苦痛に思うのか。神様は言われた以上のことは分かりません。」
「た、確かに……。」
ミツムネはリリカの前に置かれたファイルを手に取り、とびきりの営業スマイルを見せた。
「何事も慎重に。」




