第99話 追撃
タダではひけない。
俺はまた立ち上がった。
「あの、そこ納骨堂ですけど。俺、その物件も価格調査で下見したんで、現地で見たんです」
「はぁ? それがどうしたの。霊園は霊園でしょ。問題なし。ねっ、専務?」
部長は専務に同意を求めた。
パンッ。
次長がテーブルを叩いた。
「部長は、墓地がなんで嫌われるんだと思いますか?」
「それは気持ち悪いからでしょ。嫌悪施設っていうくらいだし」
次長は首を横に振った。
「違う違う。生い茂る木々と放置された御供物。そこから発生する虫と猫、カラス。鳩。それらの虫害、鳥害、異臭も嫌悪される理由なんですよ。なぁ、山路。その納骨堂には屋根ついてるんだよな?」
「あっ、はい。綺麗に整備されてて、ドームみたいな建物でした」
次長と視線が交差する。
「ほらね、納骨堂と墓地は全然違いますよ。条件が違うものは参考事例にはならない。部長、あんた不動産屋だろ? もうちっとは勉強しろよ」
パンッ。
すると、専務が電卓をテーブルに叩きつけた。
取れたボタンが床に転がる。
「山路課長も課長だけど、それを育てた次長の方も大概だな。お前ら、そもそも上司に対する態度ってものがなってない。あー、ダメダメ。話にならない。物申すのは礼儀を覚えてからにしたまえ」
専務は資料を束ねた。
立ちあがろうとする。
「あの。それで、売り出し価格はどうなったんですか?」
俺の質問に、専務が目を細めた。
「9,980万で決定に決まってるだろ。同条件の成約事例がある。直近の成約事例はない。そして、マンション価格は天井知らず。正直、価格を下げる理由が一つも見当たらない」
次長が口を開いた。
「ちょっと待ってください。ずーっと売れない物件は、仲介に警戒されるんです。レインズにはそんな物件が山ほどある。専務、どうしてそうなるか分かりますか?」
その声は小さくて掠れていた。
「知らんよ。単に魅力がないから売れないんだろ?」
「違います。その大半は、欲張って高値で売り出したんです。その結果、不名誉な名物物件になってしまう。結局は、初動で適正価格で売り出すのが一番なんですよ」
「それで君は、何が言いたいの?」
専務の口元が歪んだ。
「売れるのが遅ければ、価格を下げざるを得ない。利益も減るし、インセンティブのタイミングも遅れる。部下に稼がせるのが俺らの仕事でしょ?」
ガタンッ。
専務は立ち上がった。
「君ね。会社があってこその社員なの。だから、会社が儲かるのが優先。そんなの当たり前でしょ。君、何年管理職してるの。値付けに不満があるなら、エビデンスを持ってきなさい」
専務は部長に鞄を渡すと、ドアに向かった。
出て行かれたら終わりだ。
「専務、ちょっと待ってください! エビデンスならあります」
俺は立ち上がった。
鞄に手を突っ込んだ。
手には封筒。
これが俺の切り札だ。




