第100話 切り札
俺はバッグから封筒を出した。
中の紙を机に置く。
「なにこれ」
部長が手に取った。
「隣のマンション、2024年の成約事例です」
「えっ?」
部長の声は裏返った。
「どれ、見せてみろ」
専務は戻ってきて、紙を手に取った。
同じ墓地に接しているマンションだ。
そして、俺の物件より5年ほど築年が浅い。
「同じ5階、南向きバルコニー、55平米のフルリフォーム2LDKで6,800万円です」
「は? こんなのレインズになかったぞ。でっち上げだ」
部長の手が震えている。
握られた販売図面が折れ曲がった。
「いえ。下の帯を見てください。◯◯不動産。今回、媒介を出す予定の会社です」
次長が続けた。
「あぁ。そういうことか。地元特化の仲介は顧客の囲い込みのために独自のデータベースを持ってるんですよ。でも、山路、よく手に入れられたな」
本来であれば、社外秘にあたる資料だ。
売り値が上がりそうだと相談したら、山田さんが、保険にと言って貸してくれた。
「ええ。先方のご迷惑になるといけないので、できれば使いたくなかったのですが。どうですか? 部長のエビデンスよりも、私の物件に近いハズですが」
「やっぱ、9,980万じゃ……無理か?」
専務の声が小さくなった。
「無理だと思います。墓地の管理状態も良い訳ではありませんし。仲介も、この事例くらいが上限だと言ってました」
本当はそんなことは言われてない。
「そうか」
専務は再び椅子に座わった。
顎に手を添えて目を閉じる。
「……分かった。6,980万スタートだ。ただし、利益が少ないからな。指値には応じないし、最速で売るように。わかったな?」
「はい。ありがとうございます」
専務が判子を押すと、その横に部長も判子を押した。部長は判子を押す直前、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「山路君。『念書』のこと、忘れてないよね?」
すれ違いざま、部長がそう囁いた。
俺の心臓が大きく脈打つ。
念書の効果を争うということは、トップの飯島と争うということだ。
ガチャッ。
専務達が出てった。
「はぁー。6,980万か」
俺はため息をついて、うなだれた。
身体が重い。
次長に肩を叩かれた。
「お疲れ様。まずまずの結果だな」
「次長のおかげです。ありがとうございました」
「それにしても、成約事例をよく借りられたな?」
「見返りに媒介前の内見もOKしましたから。やっぱり、非公開事例は大切なものなんですね」
「あぁ。他の仲介と競合してる時に強力な武器になるからな。普通は社外に持ち出すこともできない資料だよ。それは」
すると、葛城が入ってきた。
「先輩、どうでしたか?」
「次長のおかげでなんとかなったよ」
葛城は次長に頭を下げた。
「先輩。今日もあのマンションに行くんですか?」
「あぁ。管理人の話も聞きたいし」
「こういう事例は勉強になるからな。葛城君も連れて行くように」
次長はそういうと、俺の背中を叩いた。




