第67話 月光
「話って?」
桜藍がもそもぞ布団の奥に入って、毛布の端で顔を隠した。
「うん。本当はもっと早く話すべきだったんだけど、春馬さんには、なかなか言えなくて」
その言葉に、なぜか、柚子の顔を思い出した。
別れ際、柚子もこんな声をしていた。
「……うん」
「先月、わたしの叔父が訪ねてきたの」
「えっ、だって桜藍は」
叔父?
桜藍に本当の家族が?
「うん。わたしは保護された時、何も覚えてなくて。だから、いきなり叔父だと言われても信じられなかったんだ。でも、その人、真剣で。目と髪の色がわたしそっくりで」
「そっか」
桜藍と初めて会った時。
俺、桜藍になんて言ったっけ。
——『君、親戚とかいないの?』
肩が震える。怖い。
この先を聞きたくない。
「その人がいうには、わたしの本名『サラン•フォーチュン』。父親はイギリス人で、旅行中に天災に巻き込まれたと」
「フォーチュン……。名前は今と同じなんだね。そっか叔父さんか」
俺は、何も見えない天井に手を翳した。
「それでね」
「うん」
「その叔父さんが、『イギリスに戻ってこないか』って」
「それってどういうこと?」
「わたしの本当の……父は母と大学で出会ったらしくて、同じ大学にわたしを通わせるのが夢。そう生前に言っていた、と」
「うん」
「学費も生活費も全部出してくれるらしいです」
——俺は、初めて会った時、桜藍に『出て行って』って言った。
「ははっ」
暗闇にかざした腕を、何度か握った。
「春馬さん?」
「きっと、有名な大学だよね」
「大学名は……です」
桜藍の口から出たのは、俺でも知っているような名門大学の名前だった。
「そっ……か」
桜藍がどうしたらいいか、なんて。
決まりきっている。
「そしたら、わたしのために通帳のお金使わなくてもいいかなって」
ダメだ。
桜藍の言葉が頭に入ってこない。
「……すげーじゃん」
だから、これはきっと相談じゃない。
報告だ。
俺は、桜藍に背中を向けた。
毛布を掴んでたぐよせる。
何か言わないといけないのに。
何も言葉が出ない。
「それでね、大学を本気で考えるなら、『高校からイギリスに来ないか』って」
俺は毛布の端をギュッと握った。
「叔父さんは、どんな人なの? お金とか大丈夫なの?」
大丈夫だから迎えにきた。
そんなこと、分かりきっている。
でも、俺は。
その叔父さんが『貧しければいい』、って思っている。
「イギリスで事業を営んでいるらしくて。先々は、わたしもそれに関わって欲しいって」
ああ、そうだよな。
俺は、なぜか、かぐや姫を思い出した。
かぐや姫って、最後はどうなるんだっけ。
「桜藍、かぐや姫ってさ」
「え? 急にどうしたの?」
「かぐや姫って、最後どうなるんだっけ?」
カーテンが揺れて。
月の光が桜藍の顔を照らした。
「えっと、確か。月に帰って幸せに暮らすんじゃなかったかな」
そうだ。
でも、少し違う。
かぐや姫は、月に帰る時に、地球のことを全部忘れるんだよ。




